04あなたの役はロドリゴを深く愛し、彼のために全てを捧げる哀れな女、よ?
これは、新たな牢獄であり、新たな契約。微かな、確かに存在する自由という餌がぶら下がっている。
「分かり、ました」
かろうじて返事をした。
「賢明な判断ね」
オリヴィアは、満足そうに頷いた。
「では、明日から準備を始めなさい。必要な物資や兵士は手配させる。もちろん、彼らも監視下にあるけれど」
不敵な笑みを浮かべられる。
「忠実な犬として領地を立て直し、力となりなさい。そうすれば、いつか骨を一本、与えてあげましょう」
ロドリゴは唇を噛み締めた。屈辱だったが残された道は、それしかない。
オリヴィアは、ロドリゴが部屋を出て行くのを見届けると、静かにグラスを傾けた。
(さて、どうなるか、ロドリゴ。あなたは私に飼い慣らされることを選ぶか、それとも檻の中で朽ちていくか。ま、どちらでもいいけど)
瞳には、冷たい光があり報復は、まだ終わらない。くゆりとワインを回した。
ロドリゴが荒廃した領地へと旅立ってから、数週間が経つ。ヴァルデマー邸の日常は、以前にも増して静けさを取り戻している。自身の計画が順調に進んでいることに満足していた。
今頃、与えられた領地で必死に働いていることだろう。苦しみを想像するだけで、心は満たされた。
(でも、まだ終わっていない)
自身の執務室で紅茶を飲みながら呟いた。報復は、ロドリゴ一人に向けられたものではない。彼女が苦しんだ日々、心を蝕んだ憎しみはもっと広範囲に深く刻まれるべきだと考える。
「リーゼ」
オリヴィアが声をかけると控えめなノックの後、リーゼが部屋に入ってきた。
「はい、オリヴィア様」
「先日、依頼した件の報告は?」
リーゼは一枚の書類を差し出した。
それは、ロドリゴが通っていた酒場の娼婦たちの名簿。以前から名簿の作成を命じていたのだ。
「ええ。ロドリゴ様が頻繁に接触していた女性は、この四名に絞られました」
名簿を指差した中の一人の名前に、視線が止まる。
「カチュア。この娘が、特にロドリゴのお気に入りだった」
冷ややかに呟いた。あの夜、ロドリゴの腕にまとわりつき、媚びた笑みを浮かべていた女の顔が脳裏に蘇る。
「はい。彼女は、特にロドリゴ様と親密な関係にあったと他の娼婦たちが証言しております。中には彼女に高価な装飾品を贈っていた、という話もございます」
リーゼの言葉に瞳が冷たく光る。
(侮辱ね。あの男、私が贈った宝飾品すら彼女に与えていたの?横流しのさせ方が貴族らしくもない)
可能性に、胸中に怒りの炎が再燃。
「カチュア、か。背景について、詳しく調べなさい」
「承知いたしました」
きっちり背中を曲げて去っていく。
依頼してから数日後。リーゼが持ってきた報告書には、カチュアの生い立ちが詳しく書かれていた。
貧しい農家の出身で、一家の借金のために酒場で働くことを余儀なくされる。病弱な母親と幼い妹がいるという。
(なるほど。同情を誘うような話)
オリヴィアは、鼻で笑う。
(私には関係ない。怒りの引き金になった。それだけの理由で十分。わざわざ私を哀れんでバカにしたこととは、なんの理由にもならない)
オリヴィアは、カチュアが働く酒場に使いを遣わした。
「ヴァルデマー伯爵令嬢がお呼びです。至急、お会いしたいと」
突然のことに、カチュアは戸惑った。伯爵令嬢が、なぜ自分のような娼婦を?
彼女の頭の中には、様々な憶測が駆け巡った。もしかしたら、ロドリゴのことだろうか。自分に何か罰が下されるのか。
ヴァルデマー邸に到着したカチュアは、豪華さに圧倒される。案内された部屋は、オリヴィアの私室。優雅な椅子に腰掛け、迎え入れた。
「ようこそ、カチュアさん」
穏やかで、カチュアは拍子抜けした。もっと、冷たい言葉を浴びせられると思っていたから。
「わ、わたくしのような者が、伯爵令嬢様にお目にかかれるとは」
膝をつき、震える声で言った。
「畏まらなくていいわ。今日は、あなたに少し、お話がしたくて、ね」
オリヴィアは、ティーカップを傾けながらカチュアを見つめた。どこか観察するように、品定めをするように冷たく。
「ロドリゴ騎士爵の関係は、承知しているの」
カチュアは、ギクリとした。やはり、このことだったのか。
「申し訳ございません!わたくしは、ただ仕事を」
「言い訳は不要。あなたをね、咎めるつもりはない」
驚きの言葉に、カチュアは顔を上げた。
「ですが、私は、あなたにいくつか、お願いしたいことがある」
一枚の書類をカチュアの目の前に置いた。それは、ヴァルデマー家の名が記された、高額な契約書。
「こ、あの、これは?」
戸惑うとオリヴィアは微笑んだ。
「あなたと、あなたの家族の借金を、全てヴァルデマー家が肩代わりする。その上で、母親には優れた医者を手配し、治療を受けさせましょう。幼い妹には教育の機会を与え、将来、自立できるよう支援する」
目を丸くしてしまう、信じられないような申し出。
「ですが、なぜ?」
不利益しかしてない。
「その代わり、ある役割を演じてもらう」
カチュアは息を呑む。
「あの、役割、とは?」
「そうねえ。あなたの役はロドリゴを深く愛し、彼のために全てを捧げる哀れな女、よ?」
まるで悪魔の囁きのように甘く、恐ろしい。
「ロドリゴが、荒廃した領地で奮闘しているのは、あなたのためだと、世間に広めてもらう。彼があなたの家族を助け、あなたとの未来を築くために必死になっていると。なんていう茶番、なんていうロマンってね」
なんだろうそれはと、混乱した。




