第三十八話:深淵の遺構、古の守護者
イグニールに導かれ、俺は「灰塵の顎」の最深部へと通じる古い真鍮の扉の前に立っていた。扉の隙間からは、冷気と共に、肌を刺すような濃密な覇気が漏れ出している。
「いいか、アステリオ。ここから先はドワーフの歴史からも切り離された、神代の領域だ。……死ぬかもしれねぇぜ」
イグニールが、俺の瞳の奥を覗き込むように問いかける。俺は腰のなまくらな剣の柄を強く握りしめた。
「死ぬことは恐れない。……ただ、何も成せずに終わることだけが怖いんだ」
自分に言い聞かせるようにそう告げ、俺は闇の中へと足を踏み入れた。
イグニールから渡された魔道石の松明は、青白い光で周囲を優しく照らし出す。数十年、あるいは数百年も人の出入りがなかったであろう坑道には、見たこともない巨大な発光苔や、奇妙な節足動物が蠢いていた。空気は重く、まるで古代の時間がそのまま結晶化したような錯覚に陥る。
どれほど歩いただろうか。静寂を破ったのは、激しい水音だった。
行く手を阻むように、洞窟の底を巨大な地下河川が貫いている。水流は狂ったように速く、一度落ちれば闇の彼方へと飲み込まれ、二度と浮き上がることは叶わないだろう。
「親父は……ここを渡ったのか」
川縁に立ち、渡河の手段を探して明かりをかざす。すると、対岸の岩柱に向かって、ひどく古びた、だが強靭な魔獣の皮で編まれたロープが渡してあるのが見えた。
「ふっ……」
思わず、乾いた笑いがこぼれた。
このロープを張ったのは、間違いなく若き日のゼニスだ。目の前の困難に毒づきながらも、不敵に笑ってこの濁流を越えていった親父の背中が、一瞬だけ見えた気がした。
俺の憧れた「伝説の勇者」の足跡を辿っている。その事実が、凍てついた俺の心に小さな灯をともした。
ロープを伝って川を越え、さらに勾配のきつい岩場を這い上がる。やがて、坑道の突き当たりに、不自然なほど広大な円形の空間が広がった。
その空間に足を踏み入れた瞬間、全身の産毛が逆立った。地面そのものが唸りを上げているような、圧倒的なプレッシャー。
「来るか……!」
俺は欠けた剣を引き抜き、正眼に構える。
刹那、轟音と共に地面が爆ぜ、大量の土煙が舞い上がった。煙の向こう側から、岩石のように硬質な鱗に覆われた、巨大な多頭の蛇――**『岩刻のヒュドラ』**がその姿を現した。
かつてゼニスが戦った、星核鋼の守護者。
数十年を経てさらに巨大化したその怪物は、濁った瞳で俺を射貫き、地響きのような咆哮を上げた。




