第三十五話:火の記憶、鋼の系譜
俺は、彼が差し出してくれた無骨な木製の椅子に腰を下ろした。ほどなくして、立ち上る湯気と共に温かい飲み物が目の前に置かれた。
「ここは冷える。まずはそれを呑んで温まれ。山やぎのミルクだ」
イグニールはそう短く言うと、火に照らされた顔で俺の正面に座った。俺は言われるまま、そのミルクを一気に飲み干す。濃厚な温もりが、冷え切っていた内臓をじわりと解きほぐしていくのを感じた。
「で……聖剣がなんだって?」
イグニールが唐突に本題を切り出した。俺は頷き、懐から慎重に布包みを取り出す。そして、テーブルの上に、無惨に粉砕された「聖剣」の欠片を広げた。
イグニールは黙ってその一つを指でつまみ上げ、年季の入ったルーペを右目に当てて覗き込んだ。沈黙が坑道内を支配する。パチパチと爆ぜる暖炉の火の音だけが、やけに大きく聞こえた。
「う〜む……たしかに、これは聖剣だ。間違いない」
「……どうなんだ! 直せるのか!」
俺は身を乗り出し、はやる気持ちを抑えきれずに叫んだ。だが、イグニールはルーペを外すと、鼻で笑うように俺を見た。
「直せるかって? 誰に言ってんだ。ああ、そうか……お前は何も知らねえんだったな。いいか、そもそもこの聖剣はな――俺が、お前の親父のために打ったもんだ」
「なんだって……!!」
衝撃で声が裏返った。親父の持っていた伝説の武具が、目の前のこのドワーフの手によるものだったとは。
「おっさんが……これを作ったのか」
「ああ、そうだ。昨日のことのように覚えている。あの日、お前の親父がこの俺のもとを訪れた時のことを……」
イグニールは視線を俺から外し、暖炉の揺らめく火を見つめた。その瞳は、今ここにある現実ではなく、何十年も前の遠い過去を映し出しているようだった。
そして、彼は静かに語り始めた。かつての英雄と、一人の鍛冶屋が交わした誓いの記憶を。




