第二十五話:血塗られた森の呼び声
翌朝、俺は頭の中で鐘が鳴り響くような重い二日酔いと共に目を覚ました。ベッドから這い出し、洗面所で冷水を浴びてようやく思考を整える。こんなに深酒をして気を抜いたのは、いつぶりだろうか。かつて魔王軍の総帥として戦場を駆け回っていた頃は、一瞬の隙も許されなかった。
身支度を整え、重い足取りでロビーへ降りる。窓際の席には、すでに身支度を終えたルカが座っていた。彼はコーヒーを片手に、昨夜の酔いなど微塵も感じさせない清々しい顔でこちらに手を振る。
……嘘だろう。昨夜、俺とあんなに飲み交わしたはずなのに。俺の敗北感が一層深まる。
「おはようございます、ジンさん!」
「ああ……おはよう」
ルカの向かいに腰を下ろし、店主に苦いコーヒーを注文した。二日酔いの頭には、突き刺すような苦みが心地いい。それを一気に飲み干すと、ようやく俺の中に溜まっていた昨夜の余韻が霧散していくのを感じた。
昼過ぎ、俺とルカは村を後にした。
目的地である「鉄鎖門」までは半日ほどの距離だ。ルカの明るい語り口は旅の退屈を忘れさせてくれる。もし俺がただの「ジン」という人間だったら、こんな風に気の合う友人と平穏な旅を続けていたのかもしれない――そんな非現実的な想像さえ浮かんだ。
だが、その平穏は、夕暮れが迫る森の入り口で唐突に断ち切られた。
木々の隙間から、一人の女性が飛び出してきた。衣服はボロボロに引き裂かれ、その表情は死人のように青白い。俺たちの姿を見つけると、彼女は縋るように駆け寄り、泥の中に跪いた。
「お願いでございます……! 父と母を、助けてください……!」
彼女の嗚咽が森に響く。
だが、俺の意識は彼女の背後へと向いていた。彼女が駆け抜けてきた北の方向――そこから、肌を刺すような冷徹な殺気が渦を巻いて流れ込んでくる。
(……魔物ではない。だが、ただの山賊という気配でもない)
俺はルカを背後に庇い、鋭い視線を北の闇へと向けた。
この空気感。かつてゼノスが俺の前に現れた時に感じた、あの「無」に近い、得体の知れない圧迫感。
「ルカ、下がっていろ」
俺は腰の袋に入った聖剣の破片が、かすかに震えているのを感じた。




