第十六話:消えた忠臣と、忍び寄る「無」
絶界宮のさらに北の果て。生きる者など何一つ存在しない、完全なる「無」の世界。
星一つない暗闇の中で、ゼノスはただ立ち尽くしていた。聖剣によって貫かれたはずの左胸には、深い傷跡とともに禍々しい紋章が浮かび上がり、脈動している。
闇よりもさらに深いその闇が、やがて破壊神の形を成し、ゼノスを包み込んでいった。
「アステリオ……ノイン……。必ず、この手で……殺す」
その声は、虚空へと消えた。
***
俺は興奮冷めやらぬ様子のリナ先生を何とか宥め、「仲間の話はまた後でゆっくりと」と約束して家まで送り届けた。
その後、すぐさま絶界宮へ戻る。
ノインの部屋を覗くと、リリスが彼に読み聞かせをしていた。今ではリリスも人間の本を器用に操るようになっている。俺の気配に気づいたノインは、ベッドから跳ね起き、一目散に駆け寄ってきて抱きついてきた。
「パパ! おかえり!」
「ただいま」
俺は昨日から続いている一連の騒動について、ノインには何も話していない。あいつには、ただ健やかに笑っていてほしいからだ。
「……いい子にしていたか? 今日はもう遅い、早く寝なさい」
ノインを寝かしつけた後、俺は自室に戻り、冷え切った身体を温めるためにコーヒーを淹れた。
安らぎを得ようとした、その時だった。
控えめなノックの音。
「……リリスです。少し……よろしいでしょうか?」
「入れ」
扉を開けて入ってきたリリスの表情には、隠しきれない動揺が滲んでいた。
「グリルが……いなくなりました」
「なに?」
俺は飲みかけのコーヒーを危うくこぼしそうになった。
リリスの報告は、俺の想像を超えるほど深刻だった。最近、絶界宮を守る魔物たちの数がじわじわと減り続けていたらしい。そして極めつけに、昨晩からグリルまでもが行方不明になったという。
あいつが、俺の許可なく無断で城を抜けるなどありえない。何者かに襲撃されたか、あるいは自分の意志で、何か重大な事態に巻き込まれているのか。
「リリス、グリルに最近変わったことはなかったのか?」
「……わかりません。ですが、何日か前から『知らない誰かの声が、頭の中に響く』と、そんなことを漏らしていました」
「なんだって……!?」
俺の脳裏に、ゼノスの冷酷な笑顔が浮かび上がる。
あいつは物理的な攻撃だけでなく、俺の周囲から信頼できる仲間を、精神的に浸食し、引き剥がそうとしているのか。
絶界宮の堅牢な壁が、今はひどく脆いもののように感じられた。




