第十七話:出陣の喧騒と、折れた希望
王都の空気は、昨日の静寂が嘘のように殺気立っていた。
街のそこかしこに武装した兵たちが集結し、鎧の擦れる音と馬のいななきが石畳に反響する。整列を終えた部隊から順に、重苦しい足取りで城門をくぐり、王都から出陣していく。
俺はその喧騒の中に、指揮を執るヴィンセントの姿を見つけ出し、声をかけた。
「アステ……ジン。すまない、今は時間が取れないんだ」
「わかってる。だが、急にどうしたんだ。この規模、王国中の兵を集めたのか?」
「ああ……ゲシュタール平原に、魔軍が現れた」
ヴィンセントの言葉に、心臓が跳ね上がる。
「なんだって。俺はそんな命令は出していない。リリスも、他の幹部も皆、絶界宮にいるはずだ」
俺は、グリルが行方不明であることをとっさに伏せた。
「わかってる。お前を疑ったりはしないさ」
「……すまない」
「お前が謝ることじゃないだろう。お互い、背負っているものが重すぎるだけだ」
ヴィンセントは短く首を振ると、「戻ったらゆっくり話そう」と言い残し、軍列の先頭へと消えていった。
「グリル……お前、本当にそこにいるのか?」
***
ヴィンセントと別れた俺は、その足でガリウスのギルドへ向かった。
懐には、昨夜バラバラに砕け散った聖剣の破片を詰め込んだ袋がある。自力で修復する術など知らない。伝説の武具の復活――それを託せるあてがあるとしたら、裏社会や職人の世界に顔が広いガリウスしかいない。
平和になったとはいえ、俺の支配が及ばない野良の魔物は存在する。ギルドはそれなりに賑わっていたが、ガリウスは俺の姿を見るなり、面倒そうに歩み寄ってきた。
「ええっと……ジン、だったか? 相変わらず、呼び名に困るめんどくせぇ男だな」
「悪いな。お前みたいに単純な人生じゃなくて」
「はっ、違いない。……で、俺に聞きたいことってのはなんだ?」
俺は無言で、粉々になった聖剣の入った袋を見せた。ガリウスが中を覗き込み、顔をしかめる。
「ひでぇな、こりゃ……」
「ああ。俺を守ってくれたんだ」
「……泣かせるねぇ。で、こいつを復活させたいってか? 腕のいい鍛冶屋をよこせと」
「ああ。心当たりはないか?」
ガリウスは腕組みをして「うーん」と唸った。
「腕のいい鍛冶屋ったってな、聖剣を鍛え直せる奴なんてそうはいねぇぞ。材質も製法も、人知を超えてるからな」
「わかっている。だからお前に聞いてるんだ」
しばらく天井を仰いでいたガリウスが、「あっ!」と声を上げた。
「いたいた、偏屈なクソオヤジが。腕は超一級だが、性格は地獄よりも最悪だぜ」
「どんな人間でも構わん。直してくれるならな。……その鍛冶屋は、どこにいる?」
ガリウスは少し口ごもってから、声を潜めて言った。
「……ゲシュタール平原の西にある、古い廃鉱山だ」
「ゲシュタール……か」
よりによって、王国軍が今まさに進軍している場所だ。だが、迷っている暇はない。ゼノスがいつまた襲ってくるかわからない今、聖剣という唯一の対抗手段を失ったままでいるわけにはいかない。
「ありがとう、ガリウス。助かった」
「死ぬんじゃねぇぞ、ジン。……いや、アステリオ」
俺はガリウスに背を向け、ギルドを後にした。
さて、どうしたものか。王国軍に気づかれず、魔軍の残党にも見つからず、最前線を突っ切って鉱山まで辿り着かなければならない。
アステリオとしての威厳も、ジンとしての平穏も、今は脇に置く。俺は、懐の重みを感じながら、戦場へと続く道を見つめた。




