第十四話:聖剣の慈悲と、残された現実
対峙するだけで肌が焼けるようなひりつきを感じる。相変わらず凄まじい魔力だ。俺の緊張とは対照的に、ゼノスはまるで庭先で談笑でもするかのような涼しい顔をしている。
「この前は話の途中で邪魔が入りましたからね。わざわざ出向いてきたのですよ」
「お前の……目的はなんだ」
俺は何とか声を絞り出す。ゼノスは首を傾げ、心底不思議そうに問い返した。
「目的? 目的とは何でしょう。我々が望むのは『無』です。すべてを破壊し、何もなくなった世界に訪れる静寂――それが我々の望みです」
「なんだそれは……そんなものに、意味などない!」
俺が叫ぶと、ゼノスの魔力が一段と跳ね上がった。重圧に押し潰され、俺はたまらず膝をつく。
「人間の営みに何の意味があるのです。奪い、奪われ、愛し、裏切り、作り、そして壊す。いつだってあなたたちの答えはゼロだ。我らと何の違いがある?」
……確かに。人間とは愚かな生き物だ。こいつの言う通り、歴史を振り返れば、結局は破壊と再生を繰り返し、元の場所に戻るだけなのかもしれない。
だが。
(いや……違う)
たとえ積み上げたものが崩れようとも、そこには残るものがある。ほんの僅かな記憶、託された想い、誰かが流した涙の跡。たとえゼロに戻るように見えても、それはただのゼロじゃない。0.1でも、0.01でも、人間の行いの後には確かに何かが積み重なっている。
俺たちは、少しずつでも前に進んでいるのだ。
「……お前の考えには、到底共感できん」
俺は震える足に力を込め、立ち上がって短剣を構え直した。その意志を読み取ったのか、ゼノスの眉がわずかに動いた。
その瞬間だった。
見えない衝撃が俺の体を襲い、校舎の壁まで弾き飛ばされた。背中が砕けるような衝撃と共に、全身を激痛が駆け巡る。
(伝説の勇者の息子が、聞いて呆れるな……)
まったく歯が立たない。勇者としても、魔軍総帥としても、そして……何より息子を守るべき父親としても。俺は、何もかもが中途半端だ。
意識が遠のき、死を覚悟したその時。
背負っていた聖剣が、眩い光を放った。
胸の奥に、かつてないほど温かい不思議な感覚が広がる。それは破壊の力ではなく、守るための光だ。
聖剣は俺の手を離れ、意志を持つかのように宙を舞った。一瞬の閃光が校庭を駆け抜け、ゼノスの心臓を正確に貫く。
「……ぐっ」
ゼノスの短い呻きが聞こえた気がした。
彼の肉体は黒い霧となって霧散し、校庭を覆っていた闇を飲み込んでいく。雲が切れ、夕日の残光が校庭に差し込んだ。まるで、何事もなかったかのような日常の風景へと戻っていく。
唯一違うのは、俺の足元で砕け散った聖剣の破片と――二階の窓から、すべてを凝視してしまったリナ先生の瞳だけだった。




