第八話:潜入!深夜の学校に蠢く影
俺は学校での出来事、そしてノインを襲った黒い影についてイザベラに包み隠さず話した。
普段はやかましいこの女も、話を聞いている間だけは沈黙を守っていた。話し終えると、彼女は手元の魔法端末を操作し、ひとつの動画を俺に差し出した。
「実は……最近SNSでも『消える影』の目撃情報がバズってるのよね」
画面の中では、怯えた様子の若い女が、必死に自分が遭遇した影の様子を語っていた。
『突然目の前が真っ暗になって、何か冷たい手に首を絞められるような感覚がして……気づいたら消えてたんです!』
……ノインが言っていた特徴に似ている。ただの噂話と切り捨てるには、あまりに符合しすぎていた。
「で……どうすんの?」
イザベラが画面を消し、ぶっきらぼうに俺を上目遣いで見た。
「どうするって……なあ?」
「はっきり言いなさいよ。消える影の正体を調べる手伝いをしてほしいんでしょ?」
俺が言葉に詰まっていると、イザベラは苛立たしげにストローを噛んだ。
「あんた……そういう『察してください』っての、やめてもらっていい? なんか都合のいい女みたいで不愉快なんですけど」
「そ、そんなつもりじゃ……」
慌てて首を振る俺を見て、彼女は「ふんっ」と鼻を鳴らした。
「まあ、いいわ。手伝ってあげる。実は私も、その影の動画を撮ろうと思って色々調べていたのよ。ネタとしては最高だしね」
彼女は再び端末を操作し、地図を表示させた。
「目撃情報が多いのは、やっぱりカイトが通ってる学校の近辺ね。特に気になったのが、夜の学校で怪しく光る影を見たっていう書き込みが異常に多いのよ」
「夜の学校か……」
「よし、決めた! 新しい動画のタイトルは『潜入! 深夜の王国学校に行ってみた』。これで行きましょう。ジン、あんたがカメラマン兼ガードマンね。いいわね?」
有無を言わせぬ決定だった。
しがない設計士「ジン」として平穏に過ごしたい俺の願いは、今日もこの女の野望によってあっさりと踏みにじられた。
***
その日の深夜。
俺たちは静まり返った学校の校門前に立っていた。
俺は徹底した身バレ防止のため、いつもの「優しさカーディガン」を脱ぎ捨て、黒いジャージの上下に身を包んでいる。さらに顔の半分を覆う大きなサングラスをかけ、フードを深く被った。これなら、街の誰に見られても「設計士ジン」だとは思うまい。ジャージの下には、いざという時のための短剣を忍ばせている。
「いい? ライブ配信の準備は万端よ。視聴者も深夜なのに一万人を超えてるわ。あんた、うっかり本気出して魔法使ったりしないでよ? 正体がバレたら企画倒れなんだから」
「……善処する」
イザベラが飛ばす浮遊カメラが、赤く点滅しながら俺たちの後を追う。
***
その頃、自宅で翌日の授業準備をしていたリナ・ベルモンドは、ふと休憩がてらSNSを開いた。
「あら、イザベラさんのライブ配信……『深夜の学校潜入』? うちの学校じゃないかしら」
画面には、暗い校庭を歩くイザベラと、その後ろを歩く**「黒ジャージの男」**が映し出されていた。
「物騒な企画ねぇ……。でも、このガードマンの人、なんだかカイト君のお父様に体格が似ているような……」
***
そんな視聴者の視線に気づくはずもなく、俺は校庭の中央で足を止めた。
サングラス越しでもわかる。大気が、ねじ曲がっている。
「イザベラ、下がれ」
「えっ、ちょ、何……!?」
校庭の砂が、生き物のようにうねり始めた。
闇の中から染み出すように現れたのは、形を持たない「泥」のような黒い影。それはノインが言っていた「影」よりも、遥かに巨大で、邪悪な魔力を放っていた。
(魔族じゃない。……聖教会の術でもない。この、魂を削るような不快な魔力は……!)
影が、咆哮ともつかぬ異音を上げて俺たちに飛びかかってきた。
俺は短剣に手をかけようとしたが、カメラの存在を思い出し、咄嗟に「一般人のフリをした回し蹴り」を繰り出す。
ドォォォン!
地面が爆ぜるような衝撃音。
激しい動きをしたその拍子に、ジャージのポケットから何かがひらりと滑り落ちた。
カメラが、地面に落ちたその「紙切れ」を一瞬だけアップで捉える。
「あ……」
画面越しに、リナ先生の声が漏れた。
それは間違いなく、先週彼女がクラス全員に配った**「授業参観のお知らせ」**のプリントだった。端の方には、カイトが書いたと思われる小さな落書きまで見える。
「……ジンさん?」
リナ先生の疑惑が、確信に変わった瞬間だった。
一方、そんなことは露知らず、俺は影を消し去るために拳を固めた。影の核と思われる場所から、見たこともない**「禍々しい紋章」**が浮かび上がってくる。




