第九話:破壊神の紋章と、父の背中
砂の魔獣が、鋭利な鎌のような両腕を凄まじい速さで振り下ろす。俺とイザベラは間一髪でこれを左右にかわした。
「ジン! ちょっとヤバくない!?」
「何がだ!」
回避の勢いのまま、俺は声を荒げた。
「あの紋章よ!」
そう言われて、俺は魔獣の核に浮かび上がる紋章をまじまじと見つめる。
――それは、はるか昔の古文書に記されていた「闇の紋章」だった。魔王すらも凌駕する闇の力を持った破壊神、その象徴。幼い頃、父からこの伝説を聞かされた時、俺は「どうせ作り話だろう」と鼻で笑っていたものだ。
その時の、親父との会話が不意に脳裏をよぎる。
『でも……闇の破壊神が現れたって、お父さんがやっつけてくれるんでしょ?』
『そうだなぁ。……お前を守るためにも、もっと鍛えておくよ』
そう言って笑いながら空を見上げていた親父。
親父……。あの言葉、今でも信じていいんだよな。倒せるってことだよな。
「イザベラ……破壊神のことは後で考えよう。今はこの魔獣を何とかするのが先だ!」
「わかってるわよ!」
イザベラが短く叫び、高位魔術の詠唱を始める。俺はジャージの裾を翻し、詠唱が終わるまでの時間を稼ぐために魔獣の前に立ち塞がった。襲い来る砂の刃を短剣と体術で弾き、一歩も後ろへは引かない。
「いいわ! どいて!」
イザベラの鋭い声が響く。俺は魔獣の横振りの一撃を屈んでかわしながら、一気に彼女の攻撃射線から離脱した。
それと同時に、イザベラの両手から凄まじい魔力の奔流が放たれた。夜の校庭が昼間のように真っ白に染まる。
「うおぉぉぉぉぉぉぉ……!!」
耳を劈くような断末魔が轟き、破壊神の力を宿していたはずの魔獣は、ただの動かない砂の山へと戻っていった。
***
静寂が戻った校庭で、俺は膝についた泥を払いながらイザベラのもとへと歩み寄った。彼女は魔力を使い果たしたのか、膝に手を突き、肩で息をしながら呼吸を整えている。
「……撮れた、かしら」
「こんな時に動画の心配か?」
「当たり前でしょ……。世界を救うついでにバズるのが私の流儀なのよ」
強気な口調とは裏腹に、イザベラの指先は微かに震えていた。
再び静寂に包まれた学校。だが、俺の胸の中では、かつてないほど激しいざわつきが収まらなかった。
伝説の破壊神の紋章が、なぜ今、この場所に出現したのか。そして、親父がかつて口にした「覚悟」の意味は何だったのか。
カイトの平和な日常を守り抜くと誓ったばかりだというのに、運命の歯車は俺の意思を無視して、より巨大で残酷な方向へと回り始めていた。




