第七話:隠し名は「ジン」、再会は喧騒と共に
絶界宮に戻った俺は、まずグリルを呼び出した。地下の鍛錬場で、埃を被りかけていた武器や防具の手入れを命じ、同時に魔王軍の練度を確認する。
「おお、戦ですか! 久しぶりに腕が鳴りますな」
グリルは不敵な笑みを浮かべ、心なしか嬉しそうだ。やはり根っからの武人なのだろう。
「そうではない。ただ……少し気になることがある。最近、どうも全体的にたるんでいるような気がしてな。特にリリス、お前だ」
背後で書類を整理していたリリスが、ビクッと肩を揺らした。
「別に……たるんでなんかいませんけど。私はいつだって完璧に総帥をサポートしておりますし、事務作業だって山積みなんです。大体、お父様こそカイト様の教育に熱心すぎて……」
リリスは口を尖らせてブツブツと不満をこぼしている。俺はそれを受け流しながら、バルコニーから夜の空を見上げた。
あの「影」の正体は何か。明日、ヴィンセントに王宮の動きを確認しよう。何事もなければいいが。
***
数日が何事もなく過ぎた。
俺は王都の裏通りにある、落ち着いた雰囲気のカフェで「あの女」を待っていた。
約束の時間はとうに過ぎているが、あいつが時間通りに来るはずがないことは百も承知だ。俺は待ち時間を埋めるために持参していた建築デザインの本を読みながら、冷めかけたコーヒーを啜っていた。
不意に、店のドアについたベルが乱暴に鳴り響いた。
「アステ……じゃない、ジン! お待たせ!」
派手な格好で店に飛び込んできたのは、イザベラだった。
彼女は席に着くなり、周囲に聞こえないような小声で毒づく。
「あんた、いったいいくつ名前を持つ気よ。アステリオにヴェイルに、今度はジン? めんどくさいわね」
当然、遅刻に対する謝罪などひとかけらもない。それがこの女だ。
「……元気にしてるか?」
「当たり前でしょ。私は今や超有名インフルエンサーなの。今日も、ちょうどブランドとのコラボ商品の打ち合わせで忙しいんだから。あんたと違って分刻みのスケジュールなのよ」
自慢げに胸を張るイザベラ。案の定、店内にいた他の客たちが「あれ、もしかしてイザベラ様じゃない?」「本物よ、綺麗……」とひそひそ話し始めている。
(この女と一緒にいると、目立ってしょうがないな……)
「ジン・アルク」というしがない設計士として潜伏している身としては、この状況は胃が痛い。カフェで待ち合わせたことを少し後悔しながら、俺は本を閉じた。
「イザベラ、お前に頼みたいことがある。お前のその広大な情報網で、調べてほしいことがあるんだ」
俺の真剣なトーンに、イザベラは「ふーん」と興味深そうに片眉を上げた。




