第七話:霊峰アイギスの告解
霊峰アイギス。
「盾」を意味し、かつては王国の守りの要だったその山は、今日も険しくそびえ立っていた。幼い頃、父の大きな手に引かれてグリフォン討伐に向かったこの場所へ、今度は俺が勇者として、かつての仲間を討つために来ることになるとは。
運命というのは、皮肉で、そしてあまりに不思議なものだ。
どんよりとした厚い雲が山を覆い、山頂を隠している。かつて父が切り伏せたグリフォンは、今度は魔王軍の戦力として、あの雲の向こうで俺を待ち構えているだろう。
あの日以来、絶界宮へは一度も訪れていない。俺が去った後、ノインや魔族たちがどうなったのか、知る由もなかった。
もしかしたら、今日この場所で、かつての「家族」たちと殺し合うことになるかもしれない。
ヴィンセントが馬を寄せ、俺の隣に並んだ。
「勇者アステリオの戦いぶりを見るのは、何年ぶりかな。……期待しているぞ、相棒」
俺は何も答えず、ただ雲に覆われた山頂を凝視した。
喉の奥に熱いものが込み上げるが、それを無理やり飲み込む。腹は……決まった。
「行くぞ!」
短く叫び、俺は馬を駆け出させた。
ヴィンセントや王宮の騎兵団が、土煙を上げてその後に続く。俺の手には、かつて父が振るい、そして俺に「自由」を願ったはずの聖剣が握られていた。
***
ヴェイルの去った後の絶界宮は、まるで通夜のように静まり返っていた。
ノインは部屋に閉じこもって食事も喉を通さず、リリスはどこかへ姿を消した。グリルだけがその責任感から、沈痛な空気の中で魔物たちを指揮し、崩れゆく戦線を必死に維持していた。
そんなある日。行方不明だったリリスが、どこからともなく戻ってきた。
その顔はいつもの明るさを失い、険しく、冷徹な色を帯びていた。リリスは絶界宮に戻るなり、ノインとグリルを奥の間に集めた。
「ノイン様……ヴェイル様を……見つけました」
「えっ、本当!? よかった……!」
ノインの顔に、数日ぶりに光が戻る。
「またヴェイルに会えるんだよね。僕……ちゃんと謝りたいんだ。人間を食べちゃってごめんなさい、って……。ねえ、早く会いに行こうよ!」
無邪気に詰め寄るノインに、リリスは声を震わせながら、残酷な事実を告げた。
「……それは、多分無理だと思います」
「えっ……どうしてさ?」
「ヴェイル様は今、霊峰アイギスに向かっておられます。――勇者、アステリオとして」
広間に、凍りつくような沈黙が流れた。
ノインの瞳から光が消え、グリルの拳がミシミシと音を立てる。
リリスが命懸けで持ち帰った「真実」という名の劇薬が、絶界宮のすべてを根底から覆そうとしていた。




