第十八話:偽装村、最初にして最大の危機
山間の貧しい農村の入り口。泥跳ね一つない豪華な馬車が止まり、中から「白馬の王子様」そのもののヴィンセントと、借りてきた猫のように淑やかなリリスが降り立つ。
その後ろに、この光景に全く似つかわしくない、騒がしい男女が続いた。
「ハクション! ……なんか悪口言われてる気がするわ。この超有名インフルエンサーに嫉妬してるのかしらね」
「そりゃそうだ! お前ほどのいい女、そうそういねぇからな、がははは!」
イザベラの悪態にガリウスが豪快に応える。
「ところで……アステリオはどうしたのよ」
「用事があるとかで、後で合流するらしいぞ」
「空気の読めない奴ね。配信の段取りが狂うじゃない」
指令室のモニター越しに二人の会話を聞きながら、俺は拳を強く握りしめた。
(……空気が読めないのはどっちだ……!)
リリスとヴィンセントは、緊張した面持ちで村の奥へと進んでいく。
「ちょっと待ちなさいよ。オープニング撮るわよ!」
「イザベラ、ちゃんと俺の顔は編集で隠してくれよ。今は謹慎中なんだからな」
ヴィンセントが困ったように言うが、イザベラは「もったいないわね〜」と軽く受け流し、魔導カメラを回し始めた。
「みなさ〜ん、こんにちは! 今日はこの二人の、結婚に向けた両親へのご挨拶をドキュメントしま〜す!」
俺は魔物どもに最後のアナウンスを入れる。
「そろそろ来るぞ。準備は大丈夫だな? シナリオ通りに進めろ。何かあればイヤホンで指示を出す」
スライムたちは必死に頷いた。誰も「魔王ゼリー」として売り飛ばされたくはないのだろう。
「俺はイザベラたちと合流する。横で見張っていないと、何を仕出かすか分からんからな」
俺はモニター室を飛び出し、裏道を駆けた。
***
「待たせたな」
リリスの実家まで半分というところで、俺は四人と合流した。
「遅いじゃない!」
噛み付くイザベラ、目を合わせないリリス、視線が泳ぐヴィンセント。いつも通りなのはガリウスだけだ。
しばらく五人で歩いていたが、突如イザベラが畑の方を指して騒ぎ出した。
「あれ〜? ジェシカおばさんじゃない!? おーい! ジェシカおばさーん! イザベラよ〜!」
畑仕事をしている女性に、イザベラが猛然と駆け寄る。
まずい!!
王都でスライムにコピーさせた一般人の中に、よりによってイザベラの知り合いが混ざっていたのか!
動揺してプルプルと震え始めるジェシカおばさん(スライム)。
「馬鹿野郎! こんな山奥にお前の知り合いがいるわけないだろう。農作業の邪魔だ、早く戻れ!」
俺は半ば強引にイザベラの腕を引き、道へと連れ戻した。
「えー、でも似てたんだけどなー……」
リリスの実家の前に着いた頃には、今日のために新調した俺のスーツは、イザベラを必死に抑え込んだせいで見る影もなくクシャクシャに縒れていた。
だが、本番はここからだ。
このボロ屋の中に控えているのは、「厳しい父親」役のグリル。
俺の正体がバレることなく、この茶番を完遂できる確率は……。
俺は冷や汗を拭い、地獄の扉(実家の玄関)を見上げた。




