第十九話:偽りの団欒、本物の残光
「ただいまー……」
リリスが震える手でドアを開けた瞬間、部屋の奥から凄まじい「覇気」が漂ってきた。
隣にいたガリウスの三角筋が、防衛本能からかピクピクと痙攣している。あの怖いもの知らずのイザベラでさえ、カメラを回すのを忘れて口を閉ざし、緊張の面持ちだ。
俺も思わず息を呑む。
(グリル……貴様、厳格な父を演じようと必死なのは分かるが、それは「殺気」だ……。農家の親父が身に纏っていい濃度じゃないぞ……)
だが、ヴィンセントは動じなかった。冷静な顔で一歩前に出ると、非の打ち所のない完璧な所作で頭を下げた。
「この度は、このような席を設けていただき誠にありがとうございます」
その洗練された動作と美しい口上に、場の空気がわずかに和らいだ。
「よくいらっしゃいました。むさくるしいところですが、どうぞ」
母親が促し、俺たちは質素な部屋のテーブルを囲んだ。
正面に座る父親は相変わらず覇気を放っているが、ヴィンセントの騎士らしい毅然とした態度が琴線に触れたのか、どこか満足げな様子にも見える。
(グリルの野郎……お前は本当の父親じゃないだろう。役に入り込みすぎだ)
俺は小声で、配信の準備を再開したイザベラに耳打ちした。
「すまない。どうやら腹を壊したみたいだ。トイレに行ってくる」
イザベラから「こんな時に?」という軽蔑の視線を浴びながら、俺は母親に場所を聞くふりをしてその場を離れ、二階の指令室へと滑り込んだ。
モニターから階下の様子を窺う。
案に相違して、話は弾んでいた。育ちが良く、礼節を重んじるヴィンセントのことを、武人であるグリルは「人間にしては骨のある男だ」と本気で気に入ってしまったらしい。
イザベラもガリウスも、想定内の無茶しかしていない。俺はモニターの前で、ようやくホッと胸を撫で下ろした。
結局、顔合わせの会は滞りなくお開きとなった。
「結婚はまだ早い。もう少しお付き合いをして、互いを理解してから」という結論。これこそがリリスと描いた、最も自然な台本通りだ。
実家に残るリリスに見送られ、俺たち四人は馬車に乗り込んだ。
車輪が軋む音を聞きながら、俺はそっと目を閉じる。
今日一日、モニター越しに見たリリスの心底嬉しそうな表情。
ヴィンセントと酒を酌み交わし、楽しそうに笑っていたグリルの顔。
(……こんな日が、ずっと続けばいいな)
ふと浮かんだその想いを、俺はすぐに心の奥底へと叩き伏せた。
駄目だ、アステリオ。お前の目的を忘れるな。
この平和な光景は、俺の手で壊すと決めた「偽り」の上に成り立っているのだから。
暗い馬車の中、俺は再び「魔王軍総帥ヴェイル」の仮面を、心の中で深く被り直した。




