第十七話:大赤字の偽装結婚狂騒曲
あの地獄のような飲み会から数日。
絶界宮は、かつてない緊張感に包まれていた。だが、それは王国軍との決戦に備えたものではない。近日中に訪れるであろう「ヴィンセントとイザベラ」を迎え撃つための、猛特訓の熱気であった。
作戦はこうだ。
王都から百キロほど離れた人跡未踏の山奥に、一夜にして「村」を建設した。リリスの嘘に合わせ、いかにも貧しく、今にも崩れそうな農村という舞台セットだ。
住民役には、見た者を完璧に模倣する特技を持つ「変幻スライム」の種族を動員した。俺が自らスライムたちを連れて王都を歩き、手頃な一般人をスカウト(盗み見)しては、その姿を村の住人として配置していく。
リリスの「実家」の二階には秘密の指令室を設置した。
最新の魔導モニターで村の全域と全居室をチェックし、魔道イヤホンを通じて俺が全ての指示を飛ばす。
とはいえ、俺自身もイザベラの書いた「お見舞い」という名の台本に組み込まれているため、指令室に缶詰めというわけにはいかない。俺の不在時は、あの上級魔族グリルが監視に当たる。
(……グリル、お前ほどの男がスライムに『もっと貧乏そうに歩け』と指示を出す羽目になるとはな……)
一方、リリスの熱量は凄まじかった。
自分を「最高にいい女」として演出するため、自身の偽の生い立ちから日々の苦労までを、スライムどもに徹底的に叩き込んでいる。
「いい? 私は家族のために自分を犠牲にして生きてきた、哀れな女なの。そこへ白馬に乗った王子様が救いに来る……これ以上ない展開なのよ。もしヘマをしたら、全員カップに詰めて『魔王ゼリー』として王都で売り飛ばしてやるから……分かった!?」
怯えてプルプルと震えるスライムたち。
可哀想に……本当に哀れなのは、リリスではなくスライムの方だ。
俺はバルコニーに出て、煙草に火をつけた。
久しぶりに吸った紫煙が、荒れた喉に痛いくらいに絡みつく。
ふと、手元の帳簿を思い出して頭を抱えた。
今回の偽装村建設とスライムの動員にかかった出費は、前回のゲシュタール攻略戦の三倍に膨れ上がっている。
「……一体、俺は何をしているんだ」
俺が作りたかったのは、世界を恐怖に陥れる最強の魔王軍だったはずだ。
それが今や、部下の恋愛ドキュメンタリーを制作する巨大な撮影スタジオの総監督に成り下がっている。
夜風に吹かれながら見下ろす偽の農村は、月明かりに照らされて、不気味なほど平和な静寂を保っていた。




