第十六話:地獄のティータイム、あるいは悪夢の始まり
全然酔いが回らない……。
酒の味など微塵もせず、ただただ気まずい沈黙の重圧だけが、俺の胃をキリキリと締め付けていた。
おそらく、目の前で借りてきた猫のように縮こまっている女も、同じ気持ちだろう。
「リリスちゃんはさ〜、ヴィンセントのどこが良かったの?」
こういう時、空気を読まないイザベラの無神経さは、救いにもなればトドメにもなる。
「えっと……なんというか……この……魔ぞ……」
「ゴホン!!」
俺の、喉が裂けんばかりの咳払いで、リリスがハッとする。
「……私たちにはない、優しいところ……ですかね」
この女、一瞬本音(魔族にはない希少性)が漏れかけたな。油断ならん。
イザベラが笑いながら続ける。
「私たちって、同じ人間でしょ(笑)。あ〜、リリスちゃんは大家族で生活が厳しくて、家の中が殺伐としてるのね。かわいそう……」
勝手に「苦労人の一般人」と解釈してベラベラと喋るイザベラに、リリスが話を合わせた。
「そっ、そうなんですぅ。弟は可愛いんですけど、父が厳しすぎて家ではみんなピリピリしちゃって……」
さらっと俺への嫌味をぶち込んでくる。
俺の鋭い眼光を、リリスは器用に下を向いて回避した。
「ねえアステリオ、親友を取られたからってリリスちゃんに送る視線が厳しすぎるんですけど?」
「そうだそうだ! こんな可愛い子を脅してどうする、はははは!」
ガリウスが豪快に笑う。……頼む、誰かこの「何も知らない奴ら」を止めてくれ。
「いや……そんなつもりは……」
ヴィンセントを見ると、黙って酒を煽っていた。あの鉄面皮のあいつが、耳の先まで赤くしている。こんなところ、十年来の付き合いだが初めて見た。
そんな空気をぶち壊すように、ガリウスが爆弾を投下した。
「で……ヴィンセント。式はいつ挙げるんだ?」
ぶっっっ!!
ヴィンセントと俺は、同時に口に含んだ酒を噴き出した。
「汚いんですけど〜!」
俺の酒を顔面に浴びたイザベラが不機嫌に叫ぶ。だが、そんなことはどうでもいい。
リリスは顔を真っ赤にしてうつむき、ヴィンセントは天井を見上げて視線が泳いでいる。
「ま、まだ早いだろう……お互いのことを全然知らないのに。それに……その『厳しい父親』ってのが、素直に許可してくれるとは思えんしな」
リリスが下を向いたまま、上目遣いで俺をチラチラと見てくる。
俺は必死に視線を逸らしたが、イザベラの目は輝いていた。
「私が説得しに行ってあげようかしら……そうね! 決めた! ヴィンセント、リリスちゃん、私に任せなさい!」
「ふふふ、貴族と一般市民の恋をプロデュース!! バズること間違いないわ。リリスちゃん、連絡先教えなさい。企画が煮詰まったら連絡するわ」
「イザベラ!! お前はまたすぐそうやって……!」
俺は苛立ち紛れに叫んだ。
「うるさいわね〜、あんたに関係ないでしょ! あんたはリリスちゃんのパパではないんだから!」
……ぐっ。
その一言が、鋭い刃となって俺の胸に突き刺さった。パパではないが、ある意味パパ(総帥)なんだよ……!
翌朝。
自宅のベッドで目を覚ました俺は、鈍い頭痛とともに、昨夜の記憶を断片的にたどった。
いつまで飲んでいたのか、どうやって帰ったのか、全く記憶にない。
もし、この世に神という存在がいるのなら。
「魔王軍総帥の元へ、親友のヴィンセントとイザベラが挨拶(凸)に来る」という未来が、ただの悪夢であることを心から祈るしかなかった。




