第四章:双頭の災厄、神域の序曲
北の果て、永久凍土に閉ざされた魔城の玉座の間。
修繕を終え、人理を超えた威圧感を放つゼニスが、主であるゼインの前で静かに跪いていた。
「ゼニス。そろそろ始めようか?」
ゼインの冷徹な問いかけに、ゼニスは感情の欠落した声で「御意」とだけ答えた。その瞳には、かつての英雄の光はなく、虚空神ヴォイドスの不気味な胎動だけが宿っている。
ゼイン率いる魔軍南下の報は、瞬く間に王都グランセールへと届いた。平和を噛みしめていた時間はあまりにも短く、ヴィンセントは苦渋の決断を下す。
「アステリオ! ついにゼインが動いた。モルガウスも不気味な動きをしているが、今の王国に二面作戦を完遂する戦力はない。……申し訳ないが、君が魔軍を率いて北を迎撃してくれないか?」
ヴィンセントの言葉に、アステリオは迷いなく答えた。
「もとよりそのつもりだ。親父との決着をつけなければ、俺の、そしてこの世界の時計は進まない」
親子の殺し合いを強いる残酷な運命。アステリオの悲痛な表情を見たヴィンセントは、言葉を失い「すまない」とだけ絞り出した。
アステリオは、今や一人の戦士としての眼差しを持つノインを連れ、グランセールを出立した。道中、副官グリルが率いる精鋭魔軍と合流し、北の最終防壁へと馬を飛ばす。
城壁を離れる際、アステリオはまだ体調の完全ではないリナに別れを告げた。
「リナ……必ず、帰ってくる」
リナは震える唇を噛み締め、祈るように答えた。「……はい。信じて、待っています」
交わした言葉は短くとも、二人の絆が断たれることはない。
アステリオたちが王都を離れて数日が過ぎた頃、静寂を切り裂くように新たな急使が王宮に駆け込んだ。
「報告! モルガウスが大教主を名乗り、古代遺跡より進軍を開始! おびただしい数の魔獣アビス・ゲイザーを従え、一直線に王都を目指しております!」
この知らせに、王宮は蜂の巣を突いたような騒然となった。
「クソッ……! ゼインの進軍にきっちり合わせやがったな、あの腐れ神父め!」
ガリウスが卓を叩いて吠える。ヴィンセントは冷静さを保ちながら、鋭い指示を飛ばした。
「仕方がない、各個撃破は不可能だ。誰かエルフの里へ使いを走らせてくれ、ナユタたちの援護が必要だ。……我々はグランセールに籠城し、ここで奴らを食い止める」
「で……どうする? 打って出る策はあるのか?」とガリウスが尋ねる。
「王国の現兵力では平原での迎撃は不可能だ。だが、ただ守るだけではジリ貧になる。私は王のもとへ行き、古代遺跡封印の権能を確認してくる。ガリウス、お前はイザベラたちを呼んできてくれ。街の防衛ラインを構築する」
「わかった、任せろ!」
平穏な日々がまるで遠い幻であったかのように、王国は再び、いや、かつてない喧騒と絶望の予感に包まれていた。
北の虚空と、南の深淵。二つの「神」が、騎士の国の存亡を懸けて牙を剥こうとしていた。




