第百二十話:束の間の祝杯、予兆の問い
わずか数分の出来事だった。
ハルミナを蹂躙しようとした人造魔導兵の軍勢は、今や一人残らず物言わぬ骸と化している。イザベラが死力を尽くして戦った敵を、ノインはまるで鬼ごっこでも楽しむかのような無邪気さで、容易く全滅させてしまった。
(……やっぱり、魔王の血筋って怖いわね)
イザベラは内心で戦慄しながらも、安堵の溜息を漏らした。
そんな彼女の前に、白く美しい手が差し出された。グラシャだ。
イザベラはその手を取り、ゆっくりと立ち上がる。間近で見るグラシャの容姿は、月明かりの下でいっそう神々しく、凄絶なまでに整っていた。
(……ちょっと、女の私でも惚れちゃいそうじゃない)
ふと我に返り、配信用の魔導カメラを操作する。
「こんな絶世の美女、安売りしちゃダメね」
イザベラは即座に加工を施し、グラシャの顔に強烈なモザイクを被せた。
『おい!今すごい美人が映ったぞ!』『モザイク消せよ!』
荒れるコメント欄を鼻歌まじりに受け流し、彼女はカメラに向かって艶やかに微笑んだ。
「さあ皆さん、刺激が強すぎるから今夜はこのあたりで。チャオ!」
配信を切り、静まり返った村でイザベラはノインをひょいと抱き上げた。
「大きくなったわね、ノイン」
「うん!」
ノインが首にしがみついてくる感覚は、先ほどまでの圧倒的な破壊者としての姿を忘れさせるほどに愛らしい。ノインは興奮気味に、山での修行がいかに大変だったか、グラシャがいかに厳しかったかを一生懸命に話し、イザベラは「うん、うん」と優しく相槌を打った。
三人は屋敷に戻ると、簡単な食事と飲み物を用意した。
グラシャは酒瓶を手に取り、度のきつい蒸留酒を平然と喉に流し込む。その豪快な飲みっぷりにイザベラが目を丸くしていると、グラシャが静かに口を開いた。
「イザベラ、あなたは素晴らしい魔導士ね。けれど、少し邪念が多いわ。私のもとで修行すれば、今の数倍は高みに登れるでしょう」
「あら、ありがとう。自分が才能の塊だってことは知ってるわ。でも、私はこの『邪念』があるから私でいられるのよ」
イザベラは琥珀色のグラスを揺らして笑った後、少しだけ真剣な瞳で続けた。
「……でも、この戦いが終わって、まだ生きていたらお願いするわ」
ふと隣を見ると、ノインが大きなあくびをしていた。
「あらら、魔王様も眠気には勝てないわね」
イザベラは神官の一人を手招きして呼び、甘えるノインを優しくベッドへと運ばせた。
パチパチと暖炉の爆ぜる音だけが響く部屋。
二人きりになると、イザベラの顔から笑みが消えた。彼女はグラスを置き、グラシャの冷徹なまでに澄んだ瞳を見据える。
「ねえ、グラシャ……世界はどうなっているの? 配信のコメントや情勢を見ていれば分かる。でも、確信が持てないのよ」
一呼吸おいて、彼女は核心を突く問いを投げかけた。
「あのアステリオは……あいつはいったい、『何』と戦っているの?」




