第百十八話:月下の虚像、幻惑の魔道
ハルミナ村の広場は、一瞬にして幻想的かつ凄惨な戦場へと変貌した。
イザベラが躍り出た瞬間、背後に控える神官たちが一斉に祈りを捧げる。彼らに戦闘能力はない。だが、隠れ里として数百年守り抜いてきた「存在を消す」という一点において、彼らは超一流だった。
「さあ、イザベラ様はここよ。……どこを見ているのかしら?」
人造魔導兵が一点に殺到する。しかし、その刃がイザベラの喉元を裂く直前、彼女の姿は陽炎のように揺らぎ、霧散した。
――次の瞬間、兵士の背後から深紅の魔弾が放たれる。
「一体撃破! 次はそっちよ!」
神官たちの隠匿魔法がイザベラの魔力波長を完全に偽装し、敵の探知を狂わせていた。イザベラはまさに神出鬼没。右に現れては火炎を放ち、左に消えては電撃を浴びせる。感情を排した人造魔導兵たちは、標的を捉えられぬまま、効率的に各個撃破されていった。
「神官のあんたたち、いい腕じゃない! 私を最高に美しく隠してくれてるわよ!」
イザベラは配信カメラを意識しながら、華麗に舞う。
画面越しの視聴者たちは、その圧倒的な魔法戦に熱狂していた。教団の非道を暴き、一人で軍勢を圧倒するその姿は、まさに戦場の女神そのものだった。
人造魔導兵の亡骸が広場に重なっていく。このままいけば、村への被害を出さずに殲滅できる――イザベラを含め、誰もがそう確信しかけていた。
しかし、戦場は甘くない。
「……っ、はぁ、はぁ……」
一時間を超える連続した高位魔法の行使。イザベラの額には珠のような汗が浮かび、肩が激しく上下し始める。人造魔導兵は痛みも恐怖も知らず、どれだけ倒しても予備の部隊が闇の中から湧き出してくるのだ。
そして、決定的な瞬間が訪れる。
「おい、しっかりしろ! 祈りを止めるな!」
「だ、ダメだ……魔力が……もう、空っぽだ……」
神官たちから悲鳴が上がった。
彼らの魔力(MP)が限界を迎えたのだ。イザベラという巨大な魔力の塊を隠し続けるには、並大抵の精神力では足りなかった。一人、また一人と神官たちが膝を突き、村を覆っていた隠密のベールが、音を立てて剥がれ落ちていく。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ……! 今のは冗談でしょ!?」
イザベラが声を荒らげる。だが、無情にも彼女の周囲に立ち込めていた幻影の霧が晴れた。
標的を見失っていた数百の人造魔導兵たちが、一斉に首を巡らせる。その冷徹な、光のない瞳が、はっきりとイザベラの姿を捉えた。
「見つかっちゃった……。あはは、これは洒落にならないわね……」
残りの魔力を振り絞り、イザベラは杖を構え直した。しかし、目の前には壁のように迫る絶望が、ひたひたと歩み寄っていた。




