第百十話:師を越えて、受け継がれる盾
数十合もの火花散る攻防。鋼と鋼がぶつかり合う凄まじい衝撃の余波に、周囲の兵たちは手を出すことすらできず、ただ圧倒的な威圧感の中で二人の決闘を遠巻きに見守っていた。
一度距離を置いた二人は、肩を大きく揺らし、熱い吐息を白く染める。
「ヴィンセント……腕を上げたな。その剣筋、迷いがない」
「あなたを目標に……あなたに届くことだけを考え、励んできました」
師の賞賛に、ヴィンセントは短く、だが誇りを持って答えた。バルダスは愛弟子の成長を噛みしめるように深く頷き、自らの剣を正眼に構え直す。
「お前のなすべきことのためには、私を超えていくしかないぞ。この鉄壁、容易く抜けると思うな」
「わかっています。今日、私は師を超え、その先にある明日を掴むためにここへ来ました」
その言葉を聞いた瞬間、バルダスの厳格な口元が、わずかに、そして嬉しそうに緩んだ。
「ならば超えてみせよ! 我こそは王国最強、鉄壁のバルダス・ヴォルフである!!」
バルダスが馬の腹を蹴り、地響きを立てて突進する。対するヴィンセントも一点の曇りもない瞳で愛馬を走らせた。
交差する瞬間、バルダスの渾身の斬撃がヴィンセントの頬を掠め、鮮血が舞う。だが、ヴィンセントはその必殺の刃を紙一重でかわし、流れるような動作で返す刀を突き出した。
――鈍い衝撃が、バルダスの厚い胸当てを貫く。
ヴィンセントの剣先は、師の心臓を的確に捉えていた。バルダスは力なく微笑み、そのままゆっくりと馬上から転げ落ちた。
「聖騎士団長、敗れたりッ!!」
その叫びと共に、民兵たちから爆発的な歓声が上がった。士気は頂点に達し、一気に戦線を押し上げていく。
混乱の極みにあった騎士団に対し、ガリウスが「今だ、畳み掛けろぉッ!」と咆哮を上げ、先頭に立って浮き足立つ敵陣を粉砕。精神的支柱を失った五千の騎士団は、ついに総崩れとなり、王都グランゼールへと敗走を始めた。
喧騒を遠くに聞きながら、ヴィンセントは震える足で馬を降り、冷たい大地に横たわる師のもとへ膝をついた。
「……バルダス殿」
血を吐く師を静かに抱き起こす。バルダスの瞳には、もはや敵意など欠片もなく、ただ一人の弟子を見守る慈父の光が宿っていた。
「よくぞ……師を超えた。見事だ、ヴィンセント」
バルダスは震える手でヴィンセントの腕を掴み、最後に残った力を振り絞って言葉を紡ぐ。
「王は……変わってしまわれた。すべては教団の、あのモルガウスの毒だ。我らに代わり、お前が王を……教団の野望を止めてくれ。この国を、頼む……」
「はい……必ず。私が、この命に代えても」
ヴィンセントの誓いを聞き届けると、バルダスは満足げに微笑み、静かにその瞼を閉じた。
握りしめた師の手から体温が消えていく。ヴィンセントの頬を、止めることのできない涙が幾筋も伝い、戦場に冷たく降り注いだ。




