第百八話:鉄壁と聖騎士、交差する誓い
北の平原を埋め尽くす両軍の距離が、互いの呼吸を感じ取れるほどに縮まった。
張り詰めた静寂の中、ヴィンセントが静かに一騎、前に出る。それに応えるように、騎士団側からも重厚な白銀の鎧を纏った大男が馬を進めた。
聖騎士団長 バルダス・ヴォルフ。
「王国の鉄壁」の異名を持ち、ヴィンセントがかつてその背中を追い続け、最も尊敬した師であり父のような存在。
「ヴィンセント……久しいな」
バルダスの深く重みのある声が響く。兜の奥にある瞳には、かつての部下への慈しみと、敵として対峙せねばならない厳しさが同居していた。
「お久しぶりです、バルダス殿」
ヴィンセントは馬上で深く頭を下げた。それは裏切り者としてではなく、一人の騎士として捧げる最大限の敬意だった。
「お前とは王国の未来のために、共に戦いたかった。……運命とは、実に皮肉なものだ」
「私も、心からそう思います。ですが、こうなった以上はもはや言葉は不要です。私は今でも、あなたを誰よりも尊敬しています。……ですから、どうか我が剣を受けてください」
「……ああ。楽しみにしておるぞ、ヴィンセント」
バルダスがその巨大な剣を天高く掲げ、裂帛の気合と共に号令を下した。
「さあ、騎士の誇りを王に、そしてこの大地に捧げよ! 王都を汚す賊兵どもを、一人として生かして返すな! ――突撃ッ!!!」
その叫びを合図に、五千の騎士団が地響きを立てて突撃を開始する。
対するヴィンセントも、迷いを振り切るように愛剣を抜き放った。
「新しい時代の幕開けだ! 忌まわしき過去を断ち切り、我らが新時代を創るのだ! ――突撃ッ!!!」
両軍が正面から激突し、瞬く間に戦場は混沌へと化した。
ハルミナの民兵たちは、個の武力では敵わぬことを自覚していた。彼らはガリウスに叩き込まれた通り、数名で一塊となり、組織的な連携で騎士の突進を受け流し、隙を突く。
だが、場数を踏んだ騎士団の猛攻は凄まじく、付け焼き刃の陣形には徐々に綻びが生じ、民兵たちは少しずつ後退を余儀なくされていく。
「押し戻せ! 逃げるんじゃねえ、泥臭く食らいつけッ!」
ガリウスが戦場を縦横無尽に駆け巡り、劣勢の部隊を見つけてはその剛腕を振るう。巨大な斧が一振りされるたびに、騎士たちが馬ごと吹き飛び、崩れかけた前線が辛うじて繋ぎ止められる。
一進一退の、血で血を洗う攻防。
その混戦の渦中、ヴィンセントの視線が真っ直ぐにバルダスを射抜いた。バルダスもまた、愛弟子の気迫を敏感に感じ取り、こちらを見据える。
二人の間に、もはや兵たちの怒号は聞こえなかった。
互いの存在だけを唯一の道標とし、両者は同時に馬を駆る。
「おおおおおッ!!」
「はああああッ!!」
戦場の中央、閃光のような一撃。
鉄壁と聖騎士、二人の魂を乗せた刃が激しく交差し、火花が散った




