第百七話:農夫の矜持、騎士の矜持
王都グランゼールの北、数十キロ。緩やかな丘陵地帯に陣を敷いたヴィンセントの元へ、息を切らした斥候が飛び込んできた。
「報告! 王都より出陣した騎士団、その数およそ五千! 直進してこちらへ向かっております!」
「……そうか」
ヴィンセントの顔に影が落ちた。報告を受けたその手は、かすかに震えている。
かつて自分が背中を預け、共に王国の平和を誓い合った部下や同僚たち。彼らを「敵」として討たねばならないという残酷な現実が、聖騎士の心を鋭く削っていた。
「ヴィンセント……大丈夫か?」
傍らに立つガリウスが、柄にもなく落ち着いた声で問いかける。相棒の心の揺れを、彼は誰よりも敏感に察していた。
「ああ、大丈夫だ。……もう覚悟は決めている。彼らは誇りある王国の騎士だ。ならば、搦め手や策弄は無礼というもの。正面から正攻法で戦い、騎士としての誇りを全うさせてやりたい」
「あったりめぇよ! 俺ぁ小難しい策略は大嫌いだ。力と力のぶつかり合いなら望むところだぜ!」
いつものように野太い声を上げて笑うガリウス。その変わらぬ無頼な態度に、ヴィンセントの表情がわずかに和らいだ。
二人は陣幕を後にし、集結した民兵たちの前へと歩み出た。
「皆に告げる! 王都の精鋭騎士団五千がこちらに向かっている。これより正面からこれを迎え撃つ!」
ヴィンセントの号令に地響きのような歓声が上がったが、兵たちの顔には隠しきれない不安が張り付いていた。
ガリウスのもとでどれほど厳しい訓練を積んだとはいえ、彼らの本分は農民である。鋼の鎧に身を包んだ「本物の騎士」と殺し合うという恐怖が、彼らの足をすくませようとしていた。
それを見抜いたヴィンセントは、一段と声を張り上げ、兵たちに語りかけた。
「君たちは、自分が農民であることを恥じているのか? 案ずることはない。君たちは毎日、泥にまみれ、重たい鍬を振るって固い大地を耕してきた。その腕、その腰の粘りは、日々の重労働で培われた本物の力だ!」
兵たちが顔を上げる。ヴィンセントはさらに言葉を継いだ。
「対する貴族の騎士どもはどうだ? 贅沢な暮らしに溺れ、聞いた話では奴らは箸より重いものを持ったことすらないらしいぞ!」
民兵の間から、どっと笑い声が溢れ出した。張り詰めていた空気が一気に弛緩し、兵たちの瞳に熱い輝きが戻る。
「さあ、見せてやれ! 命の糧を育むその腕が、どれほど力強いかを! 騎士どもに農民の怒りを叩きつけてやるのだ!」
「おおおおおおおおおおおッ!!」
先ほどとは違う、腹の底から絞り出したような凄まじい歓声。
ヴィンセントを先頭に、ハルミナの民兵隊は「騎士」を超えるべく、決戦の平原へと進軍を開始した。




