第百六話:軍略の虚構、狂気の布陣
不落を誇る金剛宮。その絢爛豪華な軍略会議室には、重苦しい沈黙と、隠しきれない殺気が満ちていた。
円卓を囲むのは、古の家柄を誇る貴族たちと、漆黒の法衣に身を包んだ教団幹部。だが、卓上の地図を支配しているのは、もはや騎士団の将ではなく、大教主モルガウス率いる教団の面々であった。
「北からは、周辺の村々からかき集められた民兵とエルフの民が、裏切り者のヴィンセントに率いられて迫っております。数こそ多いですが、所詮は農民上がりの兵……。こちらには、高貴なる血筋の皆様が率いる騎士団を差し向けましょう。精鋭揃いの皆様なら、容易く防げるはずですな」
ヴェナールが扇で口元を隠し、嫌味たらしく告げる。その嘲笑を含んだ物言いに、居並ぶ貴族たちの顔がみるみる怒りで赤く染まった。
「おのれ……! 我らを愚弄する気か! 賊軍の始末を押し付けるとは!」
「いえいえ、滅相もございません。お気を悪くされたのなら謝罪いたします。……とはいえ、南から迫るのは勇者の息子アステリオが率いる魔軍本体。我ら教団はあえて死地である南を引き受けようとしているだけのこと。……どうしてもとおっしゃるなら、持ち場を代わりましょうか?」
ヴェナールがさらに追い打ちをかけるように薄笑いを浮かべると、貴族たちは苦虫を噛み潰したような顔で沈黙した。怪物ひしめく魔軍と正面からぶつかる恐怖に、彼らの虚栄心は容易く沈黙させられたのだ。
「ヴェナール! 王の御前だ、慎め!」
モルガウスの鋭い一喝が飛び、ヴェナールはわざとらしく首をすくめて引き下がった。モルガウスはそのまま、玉座で虚空を見つめる王に向かって静かに跪く。
「王よ、無礼をお許しください。南のアステリオ率いる魔軍に対しては、我らに策がございます。どうか、教団に全権をお任せいただけますでしょうか?」
「……よい。そちの思うままにせよ」
王の掠れた声が広間に響く。
「ありがたき幸せ。では、我らはこれより南の湿地帯に向かい、アステリオと一戦交えてまいります」
モルガウスは立ち上がると、翻り、ヴェナールや教団幹部らを引き連れて退出した。その背中には、王都そのものを巨大な実験場と見なす冷酷な意志が宿っていた。
残された貴族たちに対し、王は冷淡な一瞥をくれる。
「……おぬしらも行け。騎士の誇りとやらを、賊軍に見せつけるのだ」
王の言葉はもはや励ましではなく、死地への追放に等しかった。
王都グランゼールは、北と南、それぞれの思惑を孕んだまま、血塗られた二正面作戦へと突入しようとしていた。




