第百五話:不落の欺瞞、英雄の帰還
王都グランゼール:至高の城砦「金剛宮」
王都の中心に鎮座するその城は、初代皇帝オーガスト・フォン・グランゼールによって築かれた。
オーガストは「国とは、民が膝を折らずに済む絶対の盾であるべきだ」という信念のもと、大陸全土から選りすぐりの石工と魔導師を集結させた。十年もの歳月を費やして完成したその城壁は、特殊な霊石を積み上げ、内部に幾重にも張り巡らされた魔導回路によって、物理・魔術の両面において**「不落」**を誇る。
特に、城の全容を囲む**「三重環状城壁」**は、高低差を利用した迎撃システムを備えており、外部からの侵入を一切許さない。また、最深部である「玉座の間」は巨大な防空結界の起点となっており、たとえ空からの襲撃であっても、竜の息吹すら霧散させると謳われている。
建国から数百年、一度として敵の侵入を許したことのないこの城は、かつては王国の平和と守護の象徴であった。しかし今、その頑強な防護機能は、皮肉にも教団を外部の敵から守り抜くための**「冷徹な盾」**へと変貌を遂げている。
王都グランゼールの空を、重苦しい雲が覆っていた。
かつて初代皇帝オーガストが「民を守る盾」として築き上げた金剛宮は、いまや異様な魔力を帯びて沈黙し、近づく者すべてを拒絶する巨大な檻のように街の中心に鎮座している。
その鉄壁の城門の前では、異様な光景が繰り広げられていた。
ヴァルガ砦の地獄を生き延び、命からがら逃げ延びた騎士たちが、泥と血に汚れながらも続々と帰還していたのだ。
「おお、我が誇り高き騎士たちよ。よくぞ……よくぞ生き延びてくれた!」
城門の前に自ら立ち、両手を広げて騎士たちを迎えたのは、王その人であった。
教団の傀儡となり果てたはずの王が、慈悲深い王としての姿を見せ、一人ひとりの肩を抱く。地獄から戻った騎士たちは、その温もりに感極まり、声を上げて涙した。
「畏れ多きお言葉……! 我ら、この命尽きるまで陛下に捧げます!」
「うむ。今、裏切り者の勇者の息子とその一党が、魔軍を率いてこの不落の城を狙っておる。我が国の誇り、騎士の魂をもって、邪悪なる敵を打ち破るのだ!」
王の言葉に、打ちひしがれていた騎士たちの瞳に、再び狂信的な光が宿る。
その感動的な光景を、城壁の上からヴェナールは吐き捨てるような不快感と共に眺めていた。彼は扇を握りしめ、傍らに立つモルガウスに低く耳打ちする。
「……思ったよりも生き残ってしまいましたな。ヴァルガで死ねなかった役立たずどもが、こうも戻ってくるとは予定外です」
彼らにとって、騎士とはもはや守るべき同胞ではなく、実験の余剰品か、使い捨ての肉壁でしかない。
モルガウスは何も答えなかった。
祈るように組んだ指先に力を込め、ただ無機質な瞳で、王と騎士たちの「芝居」を見下ろしている。
金剛宮に張り巡らされた魔導回路が、帰還した騎士たちの高揚した感情に呼応するように、微かに、不気味に明滅を始めた。




