第百四話:誓いの前夜、束の間の陽だまり
王都進撃の全軍指揮を魔将グリルに託し、アステリオは単身、転移魔術によってハルミナ村へと降り立った。
「待たせたな」
その声に応えるように駆け寄ってきたのは、生死の淵を共に潜り抜けてきた戦友たちだった。アステリオはヴィンセント、そしてガリウスと力強く抱き合い、言葉にならない再会を祝福する。その様子を、イザベラは母親のような温かな眼差しで微笑ましく眺めていた。
感動も束の間、一行は屋敷の奥へと移動し、ナユタらエルフの精鋭を交えた最終作戦会議へと入った。
広げられた王都周辺の地図を囲み、それぞれの持ち場が決定されていく。
イザベラは魔道部隊を指揮し、後方の拠点を守りつつ状況に応じて全軍のサポートに回る。ヴィンセントとガリウスは、ナユタ率いるエルフ軍と共に民兵を率いて王都の北側から進軍。アステリオは本体である魔軍を率いて南側から進む。
この二面侵攻の狙いは、王都側の迎撃兵力を分散させ、確実に包囲を完成させることにあった。
あらかたの合意が得られたところで、緊張の糸を解くようにイザベラが声を張り上げた。
「さあさあ、話はここまで! 王都との決戦が始まれば、生きて帰れる保証なんてどこにもないわ。今夜は久々の再会を祝して、どんちゃん騒ぎといきましょう!」
彼女に案内され隣の部屋へ移ると、そこには村の人々が総出で用意した豪華な食事が並んでいた。
「……なんだか、たまらねえ匂いがしてきたな」
「あんたは鼻まで下品なのよ、ガリウス」
ガリウスが鼻を引くつかせれば、イザベラが冷めた目で見下す。
「なんだと、この野郎!」
「まあまあ、痴話喧嘩ならよそでやってくれ。食事が不味くなる」
ヴィンセントの涼やかなからかいに、一同からどっと笑いが漏れた。それを見て、アステリオも久しぶりに声を上げて笑っていた。
最後にこれほど心から笑ったのはいつだったか。魔王軍の総統でもなく、復讐に燃える勇者の息子でもない。ただの「アステリオ」としていられるこの時間が、何よりも愛おしかった。
(……親父。俺は何としても、この場所を、この世界を守ってみせる)
談笑の輪の中で、アステリオは静かに、しかし鋼のように固い決意を胸に刻んでいた。明ければ、血と鉄の雨が降る王都決戦が始まる。




