第百三話:断絶の檻、進撃の号令
ジンとの別れを終え、夜の静寂に沈む教団本部へと戻ったリナは、迷うことなくモルガウスの部屋へと足を向けた。その足取りは重く、だが決意に満ちていた。
重厚な扉をノックし、「リナです」と短く声をかける。
「入れ」
部屋の奥から、感情の平板な声が返ってきた。
入室したリナに対し、モルガウスは椅子に深く腰掛けたまま、顔も上げずに問いかけた。
「で……どうだったのだ?」
「失敗しました。彼を……止めることはできません」
しばしの沈黙が部屋を支配する。壁に掛けられた時計の刻む音だけが、無慈悲に響いた。やがて、モルガウスが冷たく口を開く。
「だろうな……。お前は、母親に似て駄目な女だ」
その言葉と共に、彼が机に置かれたボタンを押すと、待機していた教団の守備兵たちが数名、音もなく入室してきた。
「この女を牢に繋いでおけ。アステリオが王都まで来た時の、最後の手駒に使えるかもしれん」
「はっ」
兵士たちがリナの両腕を掴み、無理やり引き立てる。
リナは、こうなる運命を予感していたかのように、抵抗することなく従った。だが、部屋を出る直前、彼女は足を止め、父へとその声を突き刺した。
「私も、母も……あなたの駒に過ぎないのですね。あなたは、神の名を借りて怯えているだけの、臆病で可哀想な人です」
モルガウスの眉が、僅かに動いた。しかし彼は何も答えず、娘が連れ去られる足音を無機質な瞳で見送るだけだった。
一方、リナと別れ絶界宮に戻ったアステリオは、すでにすべての迷いを断ち切っていた。
広場には数多の魔族が終結し、あたりは肌を焼くような異様な熱気に包まれている。彼らの前には、感情を排した漆黒の仮面を被った男――魔王軍総統ヴェイルが立っていた。
ヴェイルは一度だけ目を閉じ、人としての情を深淵へと沈める。
そして、裂帛の気合と共に声を上げた。
「これより我らは王都へ進撃を開始する! 王宮に巣食う愚かな貴族たち、そして世界を歪める忌々しい教団を根絶やしにするのだ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」
地鳴りのような歓声が上がり、夜の絶界宮に長く、長くこだました。




