第百一話:偽りの残照、断絶の再会
俺は教室の前で足を止め、薄暗い廊下でしばしためらった。
かつて、建築士「ジン」として子供たちのためにこの学び舎を修理し、リナと穏やかな言葉を交わした日々が、今では遠い前世のことのように思える。
廊下に面した窓から中を覗き込む。
月の光がわずかに差し込む教室の中央、リナがぽつんと座っていた。彼女は窓の外を見つめたまま動かず、その横顔からは感情を読み取ることができない。
――ガラガラ。
重い戸の音が夜の静寂を乱す。
リナがゆっくりとこちらを見た。その瞳は、何かを必死に訴えているようであり、同時に深い絶望に打ちひしがれているようでもあった。
「ジン……さん。ひさし……ぶりですね」
「そうですね」
俺は努めて短く答え、彼女の前の席に反対向きに跨って座った。
月明かりの下、彼女とこうして向かい合っていると、心の底から愛おしい気持ちが込み上げてくる。抱きしめて、すべてを忘れたいという衝動。だが、俺はそれを鋼の意志で必死に抑え込んだ。
「話というのは?」
冷淡に聞こえるよう気を配りながら問う。リナは膝の上で拳を握りしめ、しばしの沈黙の後、重たい口を開いた。
「ごめんなさい……私は、あなたたちを騙していました」
俺はじっと彼女の瞳を覗き込む。揺れる光の中に、彼女の「本物」を探そうとしていた。
「私は教団の大教主モルガウスの娘として生きてきました。それ以外の生き方を、私は知りません」
「謝らなくてもいいですよ。騙していたのは私も同じです。もうすでに知っているでしょうが、私は勇者ゼニスの息子アステリオ……そして、魔王軍総統ヴェイルです」
俺の告白に、リナの肩が微かに震える。
「私は、子供たちに接する教師としてのあなたに惹かれていた。これは事実です。だが、我々は決して相容れない組織に属している」
リナの瞳から、大粒の涙が一筋こぼれ落ちた。
「私も……ジンさんに惹かれていました。カイト君の、優しいパパとしてのあなたに」
「お互いに、偽物を好きになっていたとは。滑稽ですね」
俺は自嘲気味に吐き捨て、視線を窓の外へと逃がした。
ゼノスが襲撃してきたあの晩を思い出す。運命が歯車を狂わせる前から、俺たちの道は交わることのない平行線だったのだ。胸が締め付けられるような痛みを無視して、俺は決別を口にした。
「今日はお別れのために来ました。私はこれから魔軍を率いて王都を攻め、王国を、そして教団を潰します」
椅子を鳴らして立ち上がり、俺はリナに背を向けた。
後ろから、押し殺したような涙のすする音が聞こえてくる。
振り向いてしまえば、俺はヴェイルとしても、アステリオとしても立ち止まってしまう。その自覚があるからこそ、俺は一度も振り返ることなく、暗い教室を後にした。




