第九十六話:断絶の光、神の瞳
城壁に並ぶ王国兵たちは、目の前で繰り広げられた惨状を、ただ息を呑んで眺めていた。
かつての英雄ゼニスは、物言わぬ肉塊へと変わった騎士たちの死骸の中を、血に濡れることもなく悠然と歩き、城壁へと近づいてくる。
「ああ……死神だ。本物の死神が来る……」
誰かが掠れた声で呟いた。その一言が伝染するように、王国兵たちの心からは戦意が微塵も残らず消え失せていた。
城壁の間近まで辿り着いたゼニスは、「ふー」と深く、冷たい呼吸を整えると、岩のように大きく身構えた。かつて最終防壁を一撃のもとに粉々に打ち砕いた、あの破滅的な秘技が放たれようとしていた。
「もう終わりだ……助けてくれ……」
逃げることすら忘れ、兵士たちはただ絶望の中で神に祈り、目を閉じた。
「はぁっ!!」
ゼニスの咆哮と共に剣が振り抜かれる。鋭い刃が空気を切り裂き、破滅の真空波が城壁めがけて飛び出した。
誰もが死を覚悟したその瞬間、思いがけないことが起こった。
城門と壁一面に張り巡らされていた教団の魔導回路が、脈動するように怪しく明滅した。ゼニスの放った絶対的な破壊のエネルギーは、壁に触れる直前、まるで水が乾いた砂に吸い込まれるように、すべて魔導回路へと吸収されてしまったのだ。
「……何?」
ゼニスが僅かに眉を動かす。彼は続けざまに二度、三度と秘技を叩き込んだ。しかし、そのすべてが魔導回路に飲み込まれ、砦を揺らすことさえ叶わない。
エネルギーを飽和させた魔導回路は、やがて眩い光を放ち始め、その輝きが中央の一点へと凝縮されていく。
刹那、蓄積された破壊が逆流し、ゼニスめがけて「光の刃」となって撃ち出された。
かろうじて急所を剣の腹で守るも、その衝撃までは殺しきれない。ゼニスの全身から、神の魔力で編まれた証である緑色の液体が噴き出し、彼は雪原に片膝をついた。
しばしの沈黙。そして、城壁の上からは割れんばかりの歓喜の声が上がった。
「うおおおおおお! 見ろ、あのゼニスに傷を負わせたぞ!」
「勝てる! 教団の力なら、あの化け物に勝てるんだ!」
「教団万歳! 大教主様万歳!」
先ほどまでの絶望を忘れ、教団を称える兵士たち。その光景をモニター越しに眺めていたヴェナールは、冷酷な笑みを深く刻んだ。
「くくく……。魔導回路による攻撃吸収と反転出力、期待以上の成果ですな。これほど効率よくエネルギーが回収できるとは」
ヴェナールは、膝をつくゼニスを見下ろしながら、次の操作パネルへと細長い指を伸ばした。
「さあ、前座は終わりです。あとは――『神罰の瞳』が、どれほどの絶望を彼に与えてくれるか。楽しみですな、大教主様」




