第九十五話:雪原の断頭台、汚された矜持
「ゼっ、ゼニスだぁぁーー!!!!」
地平を割って現れた漆黒の影に対し、場外に陣取る王国軍の中から悲鳴に似た絶叫がこだました。かつての英雄を「死神」として迎えなければならない恐怖が、雪原の空気を凍てつかせる。
その混乱を切り裂くように、一人の貴族が馬上で剣を高く掲げた。
「怯むな! 王国騎士の誇りを見せよッ!」
彼は恐怖を振り払うように馬の腹を蹴り、単身ゼニスに向かって駆け出した。その背に続くように、残された騎士たちもまた、自らを鼓舞するように怒号を上げる。
「王国の為に!!」
「栄光あれッ!!」
口々に連呼される忠誠の言葉。しかし、それは死地へ向かう自分たちへの弔辞に等しかった。
ゼニスは静かに身構え、虚無の瞳で突撃を受け止める。先頭を駆ける騎士の槍が、全力の重さを乗せてゼニスへと振り下ろされた。騎士は手応えを感じぬまま、猛スピードでゼニスの横を駆け抜けていく。
「やったか……!?」
背後で誰かが声を上げた瞬間、駆け抜けたはずの騎士の身体から、首が音もなく滑り落ちた。
「公爵に続けぇぇ!!」
目の前の死すら認識できぬほど、冷静さを失った騎士たちは、次々とゼニスへの突撃を敢行する。だが、彼らがゼニスの間合いを通り抜けるたびに、首と胴体が、あるいは上半身と下半身が、無慈悲に離れ離れとなって雪を赤く染めていく。
やがて、ゼニスが大きく漆黒の剣を構え、一振りした。
雪原を裂いて巨大な真空波が走り、残っていた王国兵たちの胴体を、紙細工のようにまとめて切り離した。動くものは、もう何一つとしていない。
「……ふむ。ヴァルガ砦に籠もっていればいいものを。騎士とは、実に救いようのない生き物ですな」
教団本部のモニター越しにその惨状を眺め、ヴェナールが下衆な笑い声を上げる。その横で、リナは激しい吐き気を催し、口元を押さえた。
(……狂っている。この光景を平然と眺めるヴェナールも……教団も……そして、これを見ろという父も……)
リナの視線の先では、返り血を浴びることすらなく、静寂を取り戻した雪原に立ち尽くすゼニスの姿があった。神に再構築された彼は、もはや目の前で散った騎士たちの「誇り」すら理解できない、哀しき怪物へと成り果てていた。




