第五十四話:巨漢の祈り、再起の代償
「イザベラぁああああああああッ!!」
ガリウスの絶叫が、震動となって納屋を、そして村の空気を引き裂いた。
彼の巨大な肉体から、怒りと悲しみが混じり合った強烈な**「覇気」**が奔流となって放たれる。至近距離にいた魔族たちは、その圧力だけで骨を砕かれ、紙屑のように壁際まで吹き飛ばされた。
残された魔物たちも、本能的な死の恐怖に顔を引きつらせる。もはや、この「壊れた咆哮」を上げる巨漢に近づける者など、そこには一人もいなかった。
ガリウスは震える腕で、そっとイザベラを抱きかかえる。
冷たい。だが、完全な死の冷たさではない。布越しに伝わる微かな、本当に微かな温もり。
「生きてる……まだ、間に合う……っ!」
ガリウスは彼女を抱いたまま、弾かれたように納屋を飛び出した。
我に返った魔物たちが、飢えた獣のように四方から襲いかかる。だがガリウスは止まらない。軸足一つで巨躯を旋回させ、放たれた豪快な回し蹴りが、魔族の群れをまとめて肉塊へと変えた。
駆けるガリウスの脳裏を、かつてギルドの酒場で耳にした、ある神官パーティーの言葉がよぎる。
「俺たちの回復魔法は特別だ。命の灯火さえ消えていなけりゃ、どんな深手でも、たとえ魂が抜けかかっていても引き戻してやるよ。ま、相応の対価はもらうがな」
その時は「景気のいいホラ吹きどもだ」と鼻で笑い飛ばしていた。だが今は、その傲慢なまでの自信が、唯一の希望の光だった。
「うぉぉおおおおおおお!!」
ガリウスは全神経を両足の筋肉に集中させる。丸太のような太腿が、さらに異常なほど隆起し、血管が浮き出た。一歩ごとに大地が陥没し、その速度はもはや人間が走る域を超え、地面を滑るような高速移動へと変わる。
***
神官たちが根城にしている隣の村へ着くや否や、ガリウスは道ゆく者の襟首を片っ端から掴み、彼らの住処を問い詰めた。
そして、村外れの堅牢な石造りの建物の前に辿り着くと、施錠された戸を力任せに蹴り破り、中へとなだれ込んだ。
「なんだぁ!? 賊かッ!」
中にいた数人の神官たちが驚愕して立ち上がる。だが、返り血と汗に塗れ、鬼のような形相で立つガリウスの姿を見て、彼らは息を呑んだ。
「……ギルドの『ボス』じゃないか。そんな血相を変えて、一体どうしたんだ?」
「お前ら……前に言ってたよな。死んでなけりゃぁ、どんな状態でも治せるって」
ガリウスは、腕の中で今にも消えそうなイザベラの顔を彼らに向けた。
「この女を、今すぐ治してくれ。一刻を争うんだ」
神官の一人がイザベラの青白い顔を覗き込み、眉をひそめて首を振る。
「旦那……こいつはひどい。魔力が空っぽな上に、生命力まで削り取られてる。治すのはいいが、値は張るぜ? 一生遊んで暮らせるほどの金か、それ相応の宝が要る」
「……ああ、分かった。この女を治してくれるなら、俺の全財産でも、この命でも、いくらでも払う。だから……頼む!」
王国最強の武闘家の一人と謳われた巨漢が、生まれて初めて、他者の前で深く、深く頭を下げた。




