第五十三話:黄金の灰、慟哭の鉄拳
王国の西側に広がる豊かな穀倉地帯。本来であれば、この時期は黄金色の稲穂が海のように揺れ、人々の笑い声が収穫を祝う歌と共に響き渡るはずだった。だが今、ガリウスの視界に映るのは、黒く焼け焦げた大地と、魔軍が踏み荒らした無惨な爪痕だけだ。
「チッ……これじゃあ、あいつらはどうやって冬を越すんだよ」
踏みにじられた農具や、略奪の果てに捨てられた家財道具。ガリウスは胸の奥から湧き上がる激しい怒りを、岩のような拳を握りしめることでどうにか抑え込んだ。今の彼にとって、その怒りよりも優先すべきは、半時前から急激に弱まり、ついには途絶えてしまったイザベラの気配を追うことだった。
道中、数体の魔族の斥候と出くわしたが、ガリウスは足を止めることさえしなかった。ただ一振り、丸太のような腕をなぎ払うだけで、魔物たちは骨を砕かれ肉を散らして消えていった。
「この辺りのはずなんだが……」
ようやく辿り着いたのは、穀倉地帯の中央に位置する大きな村だった。
例年なら村祭りの飾り付けで華やいでいるはずの目抜き通りには、逃げ遅れた村人たちの物言わぬ亡骸が点在し、不気味な静寂が村を支配している。
サッ……。
ガリウスは反射的に物陰に身を隠した。視界の先、大きな納屋の周囲を、数十匹の魔族が取り囲んでいるのが見えた。
(……あの中に、イザベラが……!)
魔物たちは何事か下卑た声を上げながら、納屋の扉を突き破ろうと蠢いている。ガリウスは奥歯を噛み締めた。すぐにでも突っ込みたい。だが、もし中に彼女がいなかった場合、この大軍を相手に消耗すれば、本当の救出に支障が出る。
しかし、迷っている暇はなかった。魔物たちが一斉に納屋へとなだれ込み始めたのだ。
「うおぉぉおおおおお!!」
腹の底から絞り出した雄たけびと共に、ガリウスは巨大な砲弾のごとく突進した。
背後からの奇襲に気づいた魔物たちが慌てて隊列を整えようとするが、ガリウスの「暴力」はその隙さえ与えない。
「どけェッ!!」
繰り出された正拳一撃。先頭の魔族は防ぐ間もなく上半身を消し飛ばされ、その後ろにいた数体も衝撃波に巻き込まれて吹き飛ぶ。ガリウスは止まらない。重戦車のような勢いのまま魔族の群れを文字通り「粉砕」し、納屋までの血路を強引にこじ開けた。
ドォォォンッ!
納屋の戸を裏側まで突き抜けるほどの力で蹴り飛ばし、中へと躍り込む。
外からは見えなかったが、納屋の内部にも既に魔物が侵入していた。奥の角、何かに群がっている魔物たちを、ガリウスは一歩で詰め寄り、その太い腕でまとめて薙ぎ払う。
魔物が吹き飛んだ後。
ガリウスの顔が、見たこともないほどに蒼白く強張った。
「……あ……」
膝から力が抜け、ドスンと地面に崩れ落ちる。
そこには、冷たい藁の上に横たわり、眠ったように動かないイザベラの姿があった。




