第四十一話:星の精霊アステール
「……待っていたわ。我が名を継ぐ者、アステリオ」
鈴を転がすような少女の声が、大気の存在しないはずの宇宙に凛と響いた。
俺の目の前に浮かぶのは、銀髪をたなびかせる精霊アステール。彼女はどこか遠くを見るような瞳で、俺の顔をじっと見つめている。
「……あんたが、父さんの言っていた精霊か。親父は、あんたの名を俺に付けたんだ」
俺の声に、アステールは悲しげに、けれど慈しむように微笑んだ。
「ええ。ゼニスはかつて、私の光に誓ったわ。『この剣が守るのは、人々の笑顔と、愛する家族の未来だ』とね。……でも、その誓いはあまりにも純粋すぎて、あまりにも脆かったのよ」
アステールがそっと手をかざすと、周囲に浮かぶ星々の光が形を変え、過去の光景を映し出した。
そこにいたのは、魔王を倒した直後の――世界から「勇者」と称えられていた頃の親父だった。
「魔王を倒せば、平和が来ると誰もが信じていた。けれど、現実は違った。魔王という『共通の敵』を失った人間たちは、次なる獲物を求めて互いに争い、妬み、さらなる闇を生み出した。ゼニスが血を流して手に入れた平和を、人間たちは自ら汚していったのよ」
映像の中の親父は、民衆の罵声や権力者の私欲に晒され、次第にその瞳から光が消えていく。
「彼は気づいてしまった。この世界そのものが、絶望を生み出す装置であることに。そして、皮肉にも彼が手にした『聖剣』は、強すぎる正義ゆえに、世界を『正す』ために『消滅』させることを選ぼうとした。その瞬間、私の契約は破綻したわ」
アステールは寂しげに、宙に浮かぶ聖剣の破片を指し示した。
「聖剣は、悪を断つために生まれた。けれど、彼にとっての『悪』が世界そのものになった時、私は彼を拒絶するしかなかった。契約の反動が、あの剣を、そして彼の心を砕いたのよ」
語り終えたアステールは、俺の目の前までゆっくりと近づくと、俺の胸元にそっと手を添えた。その手は凍えるほど冷たく、けれど確かな意志を宿している。
「アステリオ。あなたは、あの壊れゆく父を殺しに来たの? それとも、救いに来たの?」
俺は少しだけ黙り、目を閉じた。
脳裏に浮かぶのは、俺を寝かしつける時に優しく笑っていた、かつての親父の顔だ。
「……救うなんて、そんな大層なことは言えない。でも、あんな悲しい顔で世界を壊し続けるのは、息子として見てられないんだ。親父を止める。それが、あいつを殺すことになったとしても……俺は、親父が捨てた『誓い』をもう一度、俺自身の力で握り直したい」
俺の答えを聞いたアステールの瞳に、一筋の強い光が宿った。
「いいでしょう。ならば、新たな契約を。星核鋼はあなたの意志を核とし、失われた精霊の器を再生する。ただし、代償は重いわよ。この剣を握るということは、父の罪と、世界の重みをすべて背負うということ。あなたは、二度と『普通の人間』には戻れない」
「ああ。……望むところだ」
俺がそう答えた瞬間、宇宙の星々が一斉に収束し、俺の右手に吸い込まれていった。
激痛と、それ以上の高揚感。
砕け散っていた「ブレイバー・エッジ」の破片が、俺の周囲で踊るように回転し、新たな輝きを帯びて結合し始める。
「――目覚めなさい、アステリオ。これが、あなたの選んだ『運命』よ」
アステールの声が遠のき、視界が強烈な白光に包まれる。
気がつくと、俺の右手の平には、銀河のように煌めく逆五角形の紋章が刻み込まれていた。




