#15 向かう者達
キマの村はビシュヌの森の側に居を定めたのは十数年ほど前になる。
元々キマの村の住民は他国の戦争難民で放浪の末、プシュケーにやって来て国王からの許可が下りて現在の村の原型となる集落を作った。
集落の住民達は元は山の麓に住まう民族でビシュヌの森も森との決まりを破りさえしなければ被害を咥えられないと考えていた。しかし、数日前からおかしな事が起き始めた。
森に入った男衆は森の奥から聞いた事がない獣大きな鳴き声がしたと話したが村長は、気のせいか森に住まう獣の遠吠えだろうと答えたが、その数日後には、森で何本もの大木が薙ぎ倒されて、大きな爪痕があった事を報告された。その次の日、村のはずれでハントウルフに襲われる事件が起きた。ハントウルフに遭遇した者は男衆の助けもあり軽い怪我ですんだ。
その時初めて村長はギルドへハントウルフ討伐の依頼を出した。それから数日も経たない内に一人の冒険者がやって来た。
眼前に現れたベアケンタウロスにジョジュの全身を恐怖が駆け巡った。ジョジュが今までに戦った事のあるモンスターの中で最も凶悪と思えるのは火を吐く虎『ジャンブル』であった。ジャンブルは真っ赤な毛色の火を吐く大型の虎であり、そのジャンブルと対峙したのはジョジュは一人ではなく十人近くの冒険者と一緒だったので、それ程ジャンブルに対して恐怖を感じる事は無かった。だが今は、一秒でも早くこの場から離れたくて仕方が無かった。
しかし、ジョジュは逃げなかった。いや、逃げたくなかった。今この場を逃げ出したら自分は英雄にはなれない、そんな事よりも村の人々に被害が出る。自分に出来る事は何なのか考えていると突然、左脇腹に衝撃が走り弾き飛ばされた。
転がりながらもジョジュは自分の立っていた場所に眼を向けると地面に突き立てられたベアケンタウロスの爪とそれを飛び退きながらも視線はベアケンタウロスから離さない煉紅郎の姿があった。
「アニキ!」
「生きてるな?なら今すぐ村の奴らを遠くへ逃がせ!」
「わかった。でも、アニキは!?」
「コイツは俺に用があるみたいなんでな。相手してやらないと暴れるかもしれないからな。早く行け!」
ジョジュはコクコクと頭を縦に振ると村長の下へ走り出した。
(はい、カッコつけました。さぁ、どうしようかなコイツ)
煉紅郎は目の前で爪に付いた土を悠々と掃っているベアケンタウロスの対応に考えを巡らせながらもベアケンタウロスに向けて走り出した。
自分に向かってくる敵に狙いを定め、ベアケンタウロスは四本の腕を次々と煉紅郎目掛けて振り下ろした。煉紅郎は自分を狙い振り下ろされる丸太の様な豪腕を避け、次々と迫るベアケンタウロスの豪腕を避け続けた。
避け続けながらも煉紅郎は、ベアケンタウロスをどう迎え撃つかを頭をフル回転させて模索していたが、一向に打開案が出なかった。しかしそれでも頭の中では思案を続けた。
以前、バルボドッサに斑眼煉紅郎は自分の神からの加護は「瞬間記憶能力」だと話していたが、瞬間記憶能力とは一度見ただけで見たものを全て記憶し、後にそれを瞬時に思い出すことが出来る能力の事である。しかし、それでは煉紅郎自身でも腑に落ちない事がある。それは、瞬間記憶能力自体は後発した能力であり、それまでの煉紅郎の記憶力は人並みだった。それ以前の記憶、つまりは煉紅郎の居た元の世界の時の記憶を鮮明な状態で瞬時に思い出す事は不可能に近い事であった。
それと記憶に在るだけで元の世界では武術の心得などは全く無かった煉紅郎がなぜ、暗殺者であるラシュナートや路地裏の強盗を撃退出来たのか?
その全ての問いの答えはただ一つ、煉紅郎の能力の誤解釈である。本当の斑眼煉紅郎の神からの加護の能力は、自分の記憶を瞬時に思い出しそのまま肉体にトレースする。それにより武術の心得が無い煉紅郎でも武術の知識で戦う事を可能にしているのだ。それに文書などの記憶は目の前に存在するかのように思い出せる。それはまるで記憶という名の図書館で司書に何処に目的の本が有るか聞くように・・・
のちに煉紅郎は自身のこの能力を『記憶図書館の司書』と命名する。
その能力をフルに使っても現在の煉紅郎には目の前に存在するベアケンタウロスを退ける方法は出てこなかった。
それもその筈、煉紅郎の知識にあるのは対人戦の知識であり、対獣それも見た事の無い異形の獣に対して戦う知識が無いのである。故に現在、煉紅郎はただただ自分に降りかかる攻撃を避けることしか出来なかった。が、その時は突然訪れた。
煉紅郎がベアケンタウロスの二本の右腕による攻撃を避けきった時だった。一撃目を避け、二撃目を避けきった瞬間、煉紅郎の死角から強力な一撃を受けて煉紅郎は衝撃で吹き飛ばされて離れた場所にある掘っ建て小屋に突っ込み、小屋の崩れる衝撃音と共に巨熊の雄叫びが周囲に響き渡った。
ジョジュは煉紅郎に言われたとおり一目散に村長の下へ向かっていた。
「村長さんはどこっすか!?」
「これはジョジュ様どうなされました?先程の獣の鳴き声は?」
「大変っす。ベアケンタウロスが出たっす。早く逃げるっす!」
「ベア・・・本当ですか!分かりました。おい!皆を離れ丘へ逃げるように伝えるんだ!早く!」
「はっはい!」
村長は側に居た村の若者数人を村中に走らせ避難誘導させた。
ジョジュも村長と共にそれの殿を勤め、その道中で村の若者を一人、自分の乗ってきた馬に乗せギルドへ連絡させる為走らせ、その背中が見えなくなり、非難が完了すると煉紅郎がベアケンタウロスと戦っている方角から何かが壊れる衝撃音と獣の雄叫びが聞こえた。
「いや、助かりました。ジョジュ様」
「もう、村には人は居ないっすね?」
「はい。全員非難できました。それもジョジュ様のお蔭で御座います。コレでギルドから冒険者様達が来て下されば、いかに凶暴なモンスターでも安心・・・」
「それじゃあ、オイラ行って来るっす」
「ジョジュ様いったいどちらへ?」
「アニキがあそこでまだ戦ってるんす」
「それでは先程の雄叫びは・・・」
村長の言葉を遮る様にジョジュは煉紅郎の下へ向かおうと歩き始める。
「その方はもしかしたら死んでるかも知れません。何もジョジュ様まで、死ににいくような真似をなさらなくても・・・」
「アニキは生きてるっす!だから、微力でも助太刀するんす!」
そう言うとジョジュは歩みを走らせ煉紅朗の下へ急いだ。
ジョジュを見送った村長はただ、心配げな顔をして神に祈った。
「神よ。彼を護り給え、出来れば彼のアニキを呼ぶ者も護り給え・・・」
冒険者ギルド:マリンシュカ支部
煉紅郎の初仕事となったの日の午後、ギルドマスターであるルーイン・パルファモスはキマの村から早馬に乗ってやって来た若者から報告に驚いた。
この日、ルーインは執務を一息入れ、珍しく冒険者達や部下の居るロビーに顔を出していた。受付統括のシャリアにここ数日の冒険者の流れを聞いていた。
冒険者は、根無し草で出来る稀有な職業である。依頼量、報奨金、依頼難易度などによって、報奨金に満足出来ない者や高難易度の依頼が多く達成できる見込みの無い者は別のギルドへ移動してしまう。コレ自体は規約違反でも何でも無い事なのだが、冒険者の数が減りすぎると有事の際、人手不足になりうる可能性がある。
冒険者の半分は、地元の者だが、もう半分は地方や他国から来た者である。人の流動はギルド自体ではどうしようもない事である。
シャリアの話を聞いていると、ギルドのドアを勢い良く開けて一人の青年が入ってきてそのまま受付に直行してきた。ルーインとシャリアも血相を変えてやって来た青年に興味を持ち、まるで花の蜜に誘われる蝶の様に受付に向かって足を運んだ。
「はぁはぁ、すっ、すいません助けてください!」
「えっえっ!?如何したんですか?」
「村に、村にベアケンタウロスが出たんです!」
「えっ・・・」
青年の言葉に受付付近が一時、静寂に包まれたが、ルーインの言葉がその静寂を破った。
「君は何処の村から来たんだい?」
「キマの村です」
「キマの村、確かハントウルフの討伐依頼が出てたね」
「はい、昨日申請が来ましたので今日から受付を」
「誰か受けましたか?」
「えーと、新人が二人、ジョジュとレンクロウです」
「ジョジュか、彼ならやりそうだね。レンクロウって名前は聞かないな」
「数日ほど前に登録してから今日まで何もしていませんでしたから今日が初任務です」
「面白いのが入ってきたね。それじゃあ、バローナ!バローナは居るかい!」
そう高らかに名前を呼ぶと酒場の一角から五人の男女が立ち上がり、その内の一人の鬼人族の女性を筆頭に受付までやって来た。
その集団は亜人で構成されていた。
「いったい何の用だい?あたしだって暇じゃないんだよ」
「バローナ、君達に緊急の依頼をしたい」
「・・・どんなんだい?」
「キマの村にベアケンタウロスが出たらしい、今、村には新人が二人だけだ」
「村人は?やられたのか」
「いや、新人が時間を稼いで全員非難できたらしい。若い芽を摘みたくは無い今すぐ言ってくれるか?」
「誰に物言ってるんだい!?あんた達、聞いてたね。行くよ!」
「「「「おう!!」」」」
三日月斧を担ぐ鬼人族のバローナを筆頭に金属鎧を着込んだ豚人族の男、その肩に留まる人鳥族の少女、大剣を背負った青鱗人族の男、四人を追随する紺色のローブを身に纏い赤い宝玉の乗ったロッドを持つ白耳長族の女であった。
「あ、あの~あの人たちは・・・」
キマの村の青年が自分の村へ向かい悠々とギルドを出てゆく亜人の一団に不安を覚え、受付に居る。ルーイン達に質問を投げかけた。
「あぁ、彼女達は『バローナ遊撃隊』冒険者ギルドでも名うてのクランだよ」
「あの人たちだけで大丈夫なんでしょうか?」
「村に出たのはベアケンタウロス一頭なのでしょう?」
「はい」
「なら、彼女達だけで大丈夫です。大勢で行くと邪魔になりますから」
青年の問いにルーインに代わりシャリアがその問いに答えた。
彼女達は亜人のみで構成されたクラン『バローナ遊撃隊』
その名の通りバローナを頂点としたクランで彼女が見つけ気に入った者のみクランに入る事が出来る。彼ら個人個人の実力も折り紙つきで一人でも高難度の依頼をこなす者もいる。鬼人族のバローナの役職は剣槍士で階級は上位、世界を巡りながらモンスターや猛獣の討伐を専門に請け負う冒険者で気紛れに近い感じでクランを設立したらしい。
金属鎧を着込んだ豚人族のポチョットは役職の騎士らしく攻撃を全て盾で請け、大型メイスでの一撃で大抵の敵を屠る姿に『不動鉄槌』の異名で呼ばれる。
ポチョットの肩に留まっていた人鳥族の少女バンダ。彼女は少女の様な見た目だが実年齢は二十歳を越えているらしい。役職は弓士、彼女の弓は腕ではなく脚で引く独特なフォームを持つ。
大剣を背負った青鱗人族の男の名はミョウジン。剣士の彼は自分の身の丈ほどの大剣を扱い、見た目以上に身軽で一対多数の戦闘を好む傾向にある。
ローブを身に纏い見事な大きさの赤い宝玉を乗せたロッドを持った白耳長族の女性、アルドラは認知されているだけでも四つの魔法を自在に操りその他にも知られてない魔法が存在するようだ。
「なるほど・・・」
「まぁ、彼女達が行って下さればもう大丈夫です。彼女達は討伐を専門に請け負う放浪のクランですから」
「はぁ・・・」
青年は説明された事に驚きながらも安心した。これで、村は救われると・・・
遊撃隊のメンバーはギルドの側に止めておいた四頭立ての大型四輪馬車に乗り込み、一路キマの村へ馬車を走らせた。
馬車の御者はミョウジンが勤めている。馬車を引く馬は馬力と速さに優れた八脚馬で、王都からキマの村まではそう時間はかからない。
馬車の中ではアルドラが紅茶を入れていた。
「やっぱりアルーちゃんの魔法って便利だよねー」
「そうですなッ」
「はぁ、そうですか?」
「そうだよー。だってアルーちゃんがウチに入るまで移動中にお茶なんか飲めなかったもんね~」
「そうですなッ」
「はぁ、私的には昔から使えていたので便利不便の差が良く分かりませんが?」
「あんた達、アルドラには何度も助けて貰ってるんだ。困らせるんじゃないよ」
「え~バンダ困らせてないもん!ね~アルーちゃん」
「はい、困ってはいません。ただ、めんどくさいな。っとは思いますけど・・・」
「・・・・・・」
「アルドラ、アンタって忘れた頃に毒吐くよね」
バローナの視線の先にはアルドラの言葉に打ちのめされたのかうな垂れるバンダの姿があった。
そんなバンダを余所にアルドラはポチョットとバローナに紅茶を振舞っていた。
「姉御、村には新人が二人居るんでしょう?無事ですかなッ?」
「さぁね。あたしゃ、新人が二人居るって事しか聞いてないからねぇ。死んでなきゃ良いけどねぇ」
「ねぇ~バローちゃん」
「なんだい?バンダ」
「なんかバンダ達を追ってくる奴がいるー」
「おや?」
「何処だい?」
「ほらーあそこー」
バンダが翼で指し示す先には栗毛の馬に跨った黒衣の人影が馬車に追い付こうと走っている。が、離れていて良く分からなかった。
「良く分かったね」
「バンダは目が良いんですよ~」
「姉御」
ポチョットがそう言うと望遠鏡をバローナに投げ渡した。
望遠鏡を受け取り追い付こうとする者の正体を確かめようとバローナが望遠鏡を覗くと馬に跨っていたのはラシュナートとシャルルであった。
「アイツは・・・」
「バローちゃんの知ってる人?」
「さっきギルドに居たねぇ。追われる理由は知らないけど」
「バローナ殿、止めましょうか?」
御者をしながら話を聞いていたミョウジンが後ろを見ずにバローナに馬車を止めるか質問を投げかけると「そうだな」の一言でミョウジンは八脚馬を操りゆっくりと馬車を止めてバローナが馬車から降りて少しするとラシュナート達を乗せた馬がやって来た。
「馬の上からですまない」
「別にあたしは気にしないよ」
「あなた方を高名なバローナ遊撃隊の方々と見込んで折り入ってお願いがあります!」
「なんだい?」
「シャルも連れてって下さいニャ!」
「おい猫。交渉は俺がすると言っただろう」
「うニャ!?でも、シャルもお願いするニャ!」
「賑やかだねぇ。でも今、暇じゃないんだ。後にしてくれるかい」
そう言い放つとバローナは二人に背を向け馬車に戻ろうとするが、追い縋る様にシャルルの声が彼女に放たれた。
「む、村に、キマの村にご主人様が居るニャ!」
「・・・・・・」
「だ、だからニャ。シャルがお側に行きたいんだニャ!」
「・・・さっきも言ったけど、暇じゃないんだ」
「そんニャ・・・」
「事情は馬車ん中で聞くから早く乗りな!」
「ニャ!ありがとう御座いますニャ!」
「早くしな」
馬車に乗り込むバローナに続いてシャルルとラシュナートが乗り込み、バローナの一声で再び馬車はキマの村に向かい走り出した。
遊撃隊のメンバーは、これから相まみえるであろうベアケンタウロスに期待を膨らませて。
シャルルは、自分の主人の無事を願い。
ラシュナートは、煉紅郎と会った時の思い気を重くして。
馬車は進む、目的の地を目指し、様々な思いを背負い、ただひたすらに前へ進む。
うわぁー
少し私用で小忙しくなってしまってココ一週間まともにパソコンの前に座れていない私です。(^^;)
回を増すごとに読んでくださる方が増えていって作者として嬉しい限りです。
そんな事を書いておきながらまことに申し訳ありませんが、次話の更新を来週ではなく再来週の火曜日の正午にさせていただきます。
まことに申し訳ありません。
感想や誤字脱字など御座いましたらドンドン書いてください。
豆腐メンタルで対応させていただきます(笑)




