第九話 おっさん刑事、聞き込みに走り回る
方針会議の翌朝、フミタロウは一人で酒場を訪れていた。
まだ昼前だというのに、店内にはすでに何人かの客がいる。旅人らしい男たちが薄い酒を飲み、奥の卓では商人が帳簿を広げていた。
フミタロウはカウンターへ腰を下ろした。
「魔王について詳しい人間を探してるんやけど、誰か知らん?」
尋ねられた酒場の主人は、磨いていた杯を置いた。
名をゴルザという。
大きな腹に立派な口ひげ。いかにも酒場の主人らしい風貌の男だった。
「魔王について、か」
ゴルザは難しい顔で腕を組んだ。
「直接戦った人間の話を聞きたいなら、ドラール王国へ行くのが早いかもしれんな」
「ドラール?」
「魔王に滅ぼされた国の兵士や、行き場を失った召喚者を集めて雇っているという話だ」
生き残った兵士や召喚者なら、実際に魔王軍と戦った経験があるかもしれない。
「なるほど。で、そのドラール王国ってどこ?」
「西の砂漠を越えた向こうだ」
ゴルザは何でもないことのように答えた。
フミタロウは頬杖をついた。
「砂漠か……」
できれば避けたい。
暑い場所が嫌いというわけではない。
いや、やっぱり嫌いだった。
元の世界でも、真夏のエアコン取り付け工事には何度も心を折られている。屋根に近い二階の部屋で穴を開け、室外機を抱え、汗だくで配管を通す。
あれを思い出すだけで、砂漠という言葉への好感度が一気に下がる。
「ほかに何か手はないん?」
「魔王のことを詳しく知ってる奴なんて、そうはいないぞ」
「そらそうか」
簡単に情報が集まるなら、昨日あれほど四人で頭を悩ませる必要もなかった。
フミタロウは足元に置いていた包みを持ち上げ、カウンターへ載せた。
「ところでゴルザさん。これ、味見してみいひん?」
「何だ?」
「魚の燻製」
包みを開くと、香草と煙の香りが広がった。
ゴルザが少し警戒したように魚を見る。
「毒ちゃうで」
そう言って、フミタロウは一切れを半分に割り、自分で先に口へ入れた。
「ほら。ちゃんと食える」
「俺は魚があまり好きじゃないんだがな」
そう言いながらも、ゴルザは残った半分を受け取った。
一口かじる。
何度か噛んだあと、その目が少し見開かれた。
「……うまいな、これ」
「やろ?」
「魚臭さがほとんどねえ。酒にも合いそうだ」
「当たり前や」
フミタロウは胸を張った。
「何せ、ミルム聖堂のクラウド様から直々に、また持ってきてほしいと言われた品やからな」
「クラウド様が?」
ゴルザの反応が明らかに変わった。
人間というのは、偉い人が褒めたと聞くだけで評価が一段上がるらしい。
別に嘘ではない。
クラウドが魚に夢中だったのも事実である。
「この燻製、まだ三十匹分くらい残ってる」
「三十匹?」
「俺らは魔王の弱点を探してる。ゴルザさんが知り合いに声かけて、何か情報を集めてくれるなら、全部渡す」
ゴルザは魚とフミタロウの顔を交互に見た。
「先に渡すのか?」
「ああ」
「俺がそのまま何もしなかったらどうする」
「商売は信頼関係やろ」
フミタロウは肩をすくめた。
「あとから難癖つけて、金払えとも言わん。安心して食ってくれ」
ゴルザはしばらくフミタロウを見つめていたが、やがて豪快に笑い始めた。
「気に入った!」
太い手がカウンターを叩く。
「このゴルザ、その話を引き受けた!」
「おお、ありがとう」
「俺も昔は冒険者だったんだ。古い仲間や、ここへ来る旅人に聞いてやるよ」
「助かるわ。俺はフミタロウ。そこの角の宿に泊まってる」
「分かった。何か見つけたら知らせる」
こうしてフミタロウの情報網は、魚三十匹によって開設された。
*
宿へ戻ると、ミルキーとサンキチが食堂の卓へ紙を広げていた。
二人も宿泊客や出入りする旅人へ話を聞いていたらしいが、成果はあまり芳しくないようだった。
「酒場のゴルザさんには話を通してきた」
フミタロウは椅子へ座った。
「そっちは?」
「特に新しい情報はありません」
サンキチは書き留めたメモを見直した。
「魔王が活動している地域は、ここからかなり遠いみたいです」
「直接見たことのある人もいませんでした」
ミルキーも残念そうだった。
「そっか」
遠く離れた土地で起きていることを、地方の町で聞き出すのは難しい。
噂がここまで届く頃には、何人もの口を経て内容が変わっている可能性もある。
そこでフミタロウは、以前ナミアから聞いた話を思い出した。
「この前、馬車で聞いた噂あったやろ」
「魔王が復活する前に、誰かを生き返らせようとした魔法使いがいたっていう話ですか?」
ミルキーが答える。
「そう、それ」
数年前に魔王が復活してから、各地で急に広まり始めたという噂だった。
死者をよみがえらせるため、魔法使いが死の沼に封じられていた邪悪な蛇の力を使った。
生き返った者は人の血や心臓を求め、やがて恐ろしい力を得た。
それが今の魔王なのではないか。
ただし、死んだ者が恋人だったという話もあれば、娘や母親だったという話もある。蛇ではなく別の邪霊だったという土地さえあるらしい。
どこまで本当なのかは、誰にも分からない。
「噂が本当かどうかは別として」
フミタロウは指で卓を軽く叩いた。
「その『死の沼の蛇』みたいな話が昔からあるんやったら、調べる価値あるんちゃう?」
「過去にどうやって封印されたのか、ですね」
サンキチがすぐに意図を理解した。
「そう。もし魔王と関係なかったとしても、死者を操るような怪物を昔どうやって倒したか分かれば、何か参考になるかもしれへん」
「それ、調べてみたいです」
ミルキーが身を乗り出した。
「でも、誰に聞けばいいんでしょう」
「歴史とか古い魔法に詳しい人間がおったらええんやけどな」
「研究機関とか大学の先生とか……」
サンキチはそこまで言ってから、首を傾げた。
「この世界に大学ってあるんですかね」
「知らん」
元の世界なら、古文書や昔話を専門に研究している人間もいる。
だが、この世界で同じことを調べようと思えば、古い書物を探し、人から人へ話を聞いて回る必要があるのかもしれない。
「歴史とか古い魔法に詳しい人……」
サンキチが考え込む。
そして、ふと思いついたように言った。
「賢者とかいないんですかね」
フミタロウが顔を上げた。
「それや!」
「いるんでしょうか」
「異世界やで。絶対おるやろ。千二百歳くらいのじいさんが」
「千二百歳」
ミルキーが目を丸くした。
「すごい年齢ですね」
「勝手なイメージやけど」
「じゃあ、全然根拠ないじゃないですか」
サンキチが笑う。
「クラウドさんなら、そういう方をご存じかもしれません」
ミルキーの一言に、二人も頷いた。
「たしかに」
古い伝承を守る聖堂の人間なら、何か心当たりがあるかもしれない。
三人は再び手分けすることにした。
ミルキーとサンキチはクラウドを訪ね、フミタロウはタイラーたち商人を頼って、別の情報を集めてみる。
魔王捜査は、どうやら足で稼ぐしかなさそうだった。
*
「お忙しいところ、すみません」
ミルキーとサンキチが聖堂を訪ねると、クラウドはすぐに応じてくれた。
「いえいえ。構いませんよ」
二人は円形ホールの片隅にある応接場所へ案内された。
「今日は、どうされました?」
「昔の伝承について、お聞きしたいんです」
ミルキーは、旅の途中で聞いた噂について説明した。
死の沼に封じられていたという邪悪な蛇。
その力が、魔王復活に関係しているのではないかという話。
「もちろん、噂が本当なのかは分かりません」
ミルキーは付け加えた。
「でも、もし似たような怪物の伝承があるなら、昔の人がどうやって戦ったのか知りたいんです」
「なるほど」
クラウドは白い髭を撫でた。
「それでしたら、英雄ロシナンテの冒険に似た話がございますな」
「英雄ロシナンテ?」
「西方の国々に古くから伝わる物語です。おとぎ話に近いものですので、どこまでが事実かは分かりませんが」
クラウドは席を立ち、近くの書棚から古びた絵巻を取り出した。
卓の上へ広げる。
色あせた絵には、一人の騎士と三体の怪物が描かれていた。
「神が人を作って間もない時代、人々は三つの悪しき精霊に苦しめられていたと伝えられています」
一体目は、二つの頭を持つ巨大な烏だった。
大烏が飛んだ土地では穀物が枯れ、家畜が病み、人々は飢えたという。
「大きな鳥ですね」
サンキチが絵巻へ顔を近づける。
「剣で倒したんですか?」
「いいえ」
クラウドは首を振った。
「この大烏は非常に警戒心が強く、武器を持った人間が近づけば、空へ逃げてしまったそうです」
人間では追いつけない。
矢を射ても届かない。
そこでロシナンテは、怪物が人間から捧げられる家畜を好むことに目をつけた。
「貢ぎ物として差し出される豚の皮をかぶり、その中へ隠れたのです」
「え」
サンキチが瞬きをした。
「豚の皮?」
「はい」
「英雄なのに?」
「英雄だからこそ、必要ならば何でもしたのでしょう」
大烏はいつもの貢ぎ物だと思い、警戒せずロシナンテへ近づいた。
嘴で豚の皮を持ち上げようとした瞬間、ロシナンテは内側から飛び出し、怪物へ致命傷を与えたという。
「なるほど……」
サンキチは少し考えた。
「正面から追いかけても勝てないから、向こうから近づいてくるようにしたんですね」
「その通りです」
クラウドは次の絵を指した。
二体目は、額に第三の目を持つ猿だった。
この猿は、人間の耳元で疑いの言葉を囁く。
家族を疑わせ、友を疑わせ、やがて村や国同士に争いを起こさせた。
「こちらは、人間同士が争ったあとに開かれる宴を好んだとされています」
「趣味悪いですね」
サンキチが言った。
「まったくです」
クラウドも苦笑する。
猿は戦いが終わったあと、人々が飲む酒の香りに誘われて姿を現した。
しかし、人の心を読む力があり、武器を持った者や敵意を持つ者には近づかない。
「そこでロシナンテは、美しい女性へ姿を変えたそうです」
「え?」
今度はミルキーが驚いた。
「変身の魔法ですか?」
「そこは伝承でも曖昧です。魔法で姿を変えたとも、女装しただけとも語られています」
「女装」
サンキチは口元を押さえた。
「英雄なのに?」
「先ほどと同じですね」
クラウドは穏やかに笑った。
「必要ならば、何でもしたのでしょう」
ロシナンテは宴へ潜り込み、猿が好む酒を用意した。
自分へ敵意がないと思い込んだ猿は酒を飲み続け、完全に酔いつぶれたところを封じられた。
「力で戦ってないんですね」
ミルキーが言った。
「少なくとも、この物語に描かれるロシナンテは、そうです」
クラウドは最後の怪物を指した。
「そして三体目。もっとも恐ろしいとされたのが、この毒の蛇です」
長大な黒い蛇。
絵巻の周囲には、立ち上がる死者たちが描かれていた。
「蛇は夜に現れ、死者を起こし、人里へ死を広げたとされています」
ミルキーの表情が変わった。
「死者を……」
「はい。皆さんが聞いた噂と似ておりますな」
だからこそ、クラウドもこの伝承を思い出したのだろう。
「普通の武器では倒せなかったんですか?」
「剣も火も通じなかった、とあります」
蛇は夜の闇へ溶けるように姿を消し、攻撃を受けても再び現れた。
いくら剣の腕が立っていても、斬れない相手は倒せない。
いくら火を放っても、効かなければ意味がない。
「では、どうしたんです?」
サンキチが尋ねた。
「ロシナンテは、蛇が昼には決して姿を現さないことへ目をつけました」
夜だけ現れる。
日の光を避ける。
ならば、夜に太陽を持ってくればいい。
「そんなことできるんですか?」
「伝承では、ロシナンテは一枚の鏡へ太陽の力を集めたとされています」
昼の間に鏡へ陽光を蓄え、蛇が現れる夜まで封じ込める。
そして怪物が死者を起こそうと姿を現した瞬間、その鏡を向けた。
「鏡に閉じ込められていた太陽の力が放たれ、毒の蛇は焼かれました。その弱ったところを、ロシナンテが封印したと伝えられています」
しばらく、二人は絵巻を見つめていた。
「太陽の力……」
ミルキーが小さく呟く。
「夜にしか現れない怪物だから、昼の力をぶつけたんですね」
「ええ」
サンキチは三体の怪物を順番に見た。
「全部、相手の特徴を調べてから戦ってますね」
「そのようですな」
空を飛んで逃げる大烏には、追わずに近づかせる。
人の心を読む猿には、敵だと悟られないようにする。
闇に潜む蛇には、太陽の力を夜へ持ち込む。
ロシナンテは三体の怪物より強かったから勝ったのではない。
少なくとも、この物語ではそう語られている。
「知恵と勇気をもって悪しきものを退けた英雄。それが、ロシナンテという人物なのです」
「なるほど……」
サンキチは妙に真剣な顔をしていた。
「フミタロウさんに聞かせたいですね」
「なんで?」
「たぶん、豚の皮のところを気に入ると思います」
「そこなんですか?」
ミルキーが笑った。
だが、今重要なのは英雄の格好よさではない。
「クラウドさん」
ミルキーは最後の蛇を指した。
「この太陽の力というものは、今でも使えるんですか?」
「現在一般に使われている魔法の中に、そのような名の術はありません」
「一般に?」
サンキチがすぐに反応した。
「昔と今で、魔法が違うんですか?」
「まったく違うわけではありません」
クラウドは答えた。
「今の魔法は、昔よりも学びやすい形へ整理されています。火、水、雷、風、白、黒といった性質ごとに分け、術式や発動方法を体系化することで、多くの人が同じ方法で学べるようになりました」
「学校の教科みたいなもんですかね」
「その例えが近いのかは分かりませんが、考え方としてはそうでしょう」
「でも、整理した時に消えた魔法もある?」
「そう聞いております」
今の六属性へうまく分類できなかった術。
扱いが極端に難しかった術。
特定の条件や道具がなければ使えなかった術。
そうした魔法の中には、長い年月のうちに使い手が途絶え、名前だけが伝承へ残ったものもあるらしい。
「じゃあ、太陽の力も?」
「可能性はあります」
「調べる方法はないんでしょうか」
ミルキーが尋ねた。
「古い魔法に詳しい人とか」
「たとえば、賢者とか」
サンキチが続ける。
クラウドは少し考えた。
「賢者リースなら、あるいは知っているかもしれません」
「賢者リース」
「アルナサ山に住む、知識の探究者です」
サンキチが少し間を置いて尋ねた。
「千二百歳くらいですか?」
「いえ、そこまでではないと思いますが」
「やっぱりフミタロウさんの勝手なイメージだったんだ」
クラウドは何の話か分からず、首を傾げた。
「ただし」
少し困ったように笑う。
「賢者リースは、少々変わった人物として知られております」
「気難しい方なんですか?」
「まず、会っていただけるかどうかも分かりません」
「そんなに?」
「ええ。それでも、失われた魔法について尋ねるのであれば、彼以上の人物は思いつきません」
「ありがとうございます」
二人は頭を下げた。
「とても参考になりました」
*
夕方。
三人は宿で再び顔を合わせた。
「賢者リースという方が、アルナサ山に住んでいるそうです」
ミルキーが報告した。
「話を聞いてくださるかは分からないそうですが、古い魔法について知っている可能性があります」
「アルナサ山か」
フミタロウは商人たちから手に入れた地図を広げた。
「ああ、ここやな」
アーリアン王国から南へ下ったところに、山を示す印がある。
「一回アーリアンへ戻って、そこから向かう方が近そうやな」
「またアーリアンへ戻るんですね」
「出発したばっかりやのにな」
自分たちは、このままどんどん西へ進んで魔王へ近づいていくものだと思っていた。
現実の旅は、思ったほど一直線ではないらしい。
「あと、クラウドさんから英雄ロシナンテのお話を聞きました」
「どんな英雄?」
「怪物を倒すために、豚の皮をかぶったそうです」
サンキチが答えた。
フミタロウの顔が明るくなった。
「ええやん、その英雄」
「やっぱりそこ気に入るんですね」
「なんやねん。勝てたらええやろ」
「僕もそう思います」
「ほら」
サンキチとフミタロウが頷き合う。
ミルキーは呆れながらも笑っていた。
その時、宿屋の主人が部屋の扉を叩いた。
「フミタロウさん。お客さんですよ」
「俺?」
姿を現したのは、酒場のゴルザだった。
「約束どおり、情報を持ってきたぞ」
「もう見つかったん?」
「俺の顔は広いんだ」
なかなか律儀な男である。
ゴルザは卓へ座ると、少し声を落とした。
「魔王が攻めても、落とせない城がある」
「落とせない城?」
「ああ。何度も魔物の軍が攻めているが、今も持ちこたえている」
「城壁が特別に強いんですか?」
サンキチが尋ねた。
「それもあるだろう。だが、妙な話がある」
ある時、その城へ魔王自身が現れた。
守る騎士たちは壊滅寸前まで追い詰められ、城が落ちるのは時間の問題だと思われていたという。
ところが、城を守る騎士団長が一振りの剣を手にして姿を現した。
「その剣を見た途端、魔王は戦いを部下へ任せ、自分の城へ戻ったそうだ」
「逃げた?」
「そう見えたらしい」
「その剣、何ていうんです?」
サンキチが尋ねた。
「日輪の剣」
三人の表情が変わった。
「日輪って……」
ミルキーが先に口を開く。
「太陽のことですよね」
「毒の蛇を封じたのも、太陽の力だった」
サンキチが身を乗り出した。
「偶然にしては、重なりすぎてません?」
「やな」
フミタロウも地図へ目を落とした。
片方だけなら、昔話として片づけてもいい。
英雄ロシナンテが毒蛇を太陽の力で封じたというのは、真偽も分からない古い伝承である。
だが、現在の魔王が『日輪の剣』と呼ばれる武器を見て戦場から退いたという話が本当なら、話は変わってくる。
「太陽の力……やっぱり何かあるな」
「そう思います」
ミルキーも頷いた。
「その後、魔王は?」
「城への攻撃自体は続いている」
ゴルザは答えた。
「ただし、魔王本人は一度も姿を現していないそうだ」
「ますます怪しいな」
フミタロウは腕を組んだ。
「ゴルザさん。この情報、かなり使えるわ」
「そうか」
ゴルザは嬉しそうに笑った。
「役に立ったならよかった」
「ありがとうございます」
ミルキーが丁寧に頭を下げ、にっこり笑った。
「おう。気にするな」
ゴルザは急に照れくさそうな顔になる。
「別に大したことじゃない」
「もしこれからも何か分かったら、教えていただけますか?」
「もちろんだ。まだ探しておいてやるよ」
先ほどまでより明らかに上機嫌になり、ゴルザは部屋を出ていった。
フミタロウは閉まった扉を見る。
「ミルキーちゃん、何気におっさんへ効くな」
「何がですか?」
「いや、何でもない」
一番最初にやられたのは、おそらく自分だった。
*
夜になって戻ってきたクリフトスへ、三人はその日の調査結果を報告した。
「なるほど」
クリフトスは地図とメモを見比べた。
「太陽の力。そして、賢者リースですか」
「結構、手がかり出たやろ」
「さすがミルキー様」
クリフトスが感心したようにミルキーを見る。
「情報収集においても、素晴らしい働きです」
「いや」
フミタロウが手を上げる。
「俺とサンキチくんも結構頑張ったけど」
「僕もそう思います」
サンキチも小さく手を上げた。
「もちろん、皆さんの働きも見事です」
「付け足したな」
「気のせいです」
フミタロウは地図上のアルナサ山を指した。
「とりあえず、賢者リースに会いに行こうと思う」
「ちょうどよかったです」
クリフトスが頷いた。
「私の強化計画でも、まずアーリアンへ戻る予定でした」
「そうなん?」
「ミルキー様とサンキチさんの魔法については、私がある程度指導できます」
魔楽士であるクリフトスは、音楽だけでなく魔力の制御にも詳しいらしい。
「ですが、フミタロウさんは武闘家です」
「なんか嫌な予感するな」
「私は武闘家の指導については専門外ですので、アーリアンにいる人物へ稽古をお願いするつもりです」
「誰?」
「会えば分かります」
「怖い人?」
「かなり」
クリフトスは笑顔で答えた。
「ですが、武闘家の指導者として、彼以上の人物は思いつきません」
フミタロウは自分の腕につけた防具を見る。
アーリアンでこれを売ってくれた、左手首から先を失った老人の顔が浮かんだ。
「……まさかな」
「何か?」
「いや、何でもない」
考えないことにした。
「では、アーリアンへ戻りましょう」
クリフトスは地図に道筋を示した。
「そこで皆さんの基礎を鍛えたあと、アルナサ山へ向かいます」
「了解」
こうして四人は、最初の町アーリアンへ戻ることになった。
遠回りではある。
だが、少なくとも昨日よりは、次に何をすればいいのかが見えていた。
*
翌朝。
四人はミルムの町を出発した。
ミルキーとクリフトスが少し先を歩き、その後ろをフミタロウとサンキチが並んで歩いている。
「なあ、サンキチくん」
「何ですか?」
「なんか着々と、魔王に向かう道ができてへん?」
「そうですね」
「賢者に会うことになって、修行することになって、太陽の力まで出てきたやろ」
「順調ですね」
「俺ら、まだゴブリンと樽やで?」
サンキチは少し考えた。
「何といっても、落ちこぼれパーティーですからね」
「やっぱり?」
「僕らはゴブリンとしか戦ってませんし」
「俺に至っては樽やからな」
「大丈夫なんでしょうか」
「なあ」
二人は並んで歩きながら、同時にため息をついた。
「どうなるんやろな」
「どうなるんでしょうね」
前を歩いていたクリフトスが振り返った。
「二人とも、何か言いましたか?」
「何も」
「今のところは」
クリフトスは不思議そうな顔をしたが、すぐに前へ向き直った。
フミタロウとサンキチも、その後を追う。
行き先だけは、順調に決まり始めていた。
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