↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漏洩の加護  作者: なつみかん
第二章 ミルムの天使の笛
PR
8/70

第八話 方針会議

四人になったパーティーは、ミルムの宿屋に一室を借りていた。


 今後のことを話し合うためである。


 これからどこへ向かい、何を調べ、そして本当に魔王討伐を目指すのか。そろそろ成り行きだけで旅を続けるわけにもいかない。


 卓上には、ミルム周辺から西方の国々までを描いた地図が広げられていた。


 聖堂から託された天使の笛は細長い箱へ収められ、ミルキーのすぐ手が届くところに置かれている。


 フミタロウは椅子へ深く腰を下ろし、その箱を眺めた。


「実際のところ、ミルキーちゃんがその笛吹いたら、魔王倒せるんかな」


「どうなんでしょう……」


 ミルキー自身にも分からないらしい。


 聖堂で特別な反応を起こし、何百年も守られてきた品まで託された。しかし、それで具体的に何ができるのかは、まだ誰も知らない。


「伝承に残っているのは、『大いなる魔を祓う』という言葉です」


 クリフトスが答えた。


「魔王へ直接大きな傷を与える武器というより、魔力による害を退ける力ではないかと私は考えています」


「魔力による害?」


「たとえば、呪いや恐怖、幻覚のようなものですね。ただ、実際にどこまで防げるのかは、使ってみなければ分かりません」


「状態異常を防ぐ感じか」


「じょうたい……?」


 クリフトスが聞き慣れない言葉に首を傾げる。


「ああ、こっちの話。要するに、変な魔法から守ってくれるかもしれんってことやな」


「そういう理解でよいと思います」


 フミタロウは頭を掻いた。


「ということは、ミルキーちゃんが笛吹いたら魔王が消えて全部解決、ってわけではないんやな」


「そんなに簡単ではないみたいです」


 ミルキーが少し申し訳なさそうに言った。


「ミルキーちゃんが謝ることちゃうで」


 そもそも笛一本で魔王を倒せるのなら、もっと早く誰かが持ち出して試していただろう。


 それでも、魔王と戦ううえで重要な力になる可能性はある。


 問題は、その先だった。


「そもそも魔王って、一人で国を滅ぼして回ってるんですか?」


 サンキチが地図を覗き込んだ。


 西側には、クリフトスが書き込んだ印がいくつもある。


 魔王に襲われた町や滅ぼされた国、魔物の活動が激しくなった地域を示しているらしい。


「復活した当初は、魔王自身が町や村を襲ったという話が多かったようです」


 クリフトスが地図の一点を指した。


「ですが、やがて強大な魔力に引き寄せられるように、各地の魔物が集まり始めました」


「魔物を仲間にした?」


「仲間というより、配下に加えたと考える方が近いでしょう」


 最初は一人だった魔王が、少しずつ魔物を従えるようになった。


 魔物の数が増えるにつれて、襲われる場所も村から町へ、町から城を持つ国へと大きくなっていったという。


「さらに厄介なのは、戦いで亡くなった者たちです」


 クリフトスの声が少し低くなった。


「魔王やその配下との戦いで命を落とした人間が、アンデッドとなって魔王側へ加わることがあります」


 部屋の空気が変わった。


「それは……嫌ですね」


 ミルキーが膝の上で手を握った。


「それまで一緒に戦っていた人が、死んだあと敵になるんですよね」


「はい」


「頭では分かっていても、本当に目の前へ出てきたら、戦えるかどうか……」


 サンキチも黙っている。


 魔物を相手にするだけでも怖い。


 それが知っている人間の姿をしていれば、ためらわず攻撃できるとは限らない。


「精神的につらいのもあるけど」


 フミタロウは地図を見つめた。


「戦い方としても、かなりまずいんちゃうかな」


「どういうことですか?」


 ミルキーが顔を上げる。


「クリフトスさん。最近、魔王に滅ぼされた国の戦いで、兵の数とか分かる?」


「ハリサト王国でしょうか」


「たぶんそこ」


 クリフトスは少し考えた。


「王都を守る兵が、およそ五千。襲来した魔物も、ほぼ同数だったと聞いています」


「最初は王国軍が勝ってた?」


「はい。兵士たちは訓練されていますから、正面から戦えば魔物より有利だったようです」


「でも負けた」


「ええ。一度は城へ戻って籠城したものの、結局は持ちませんでした」


 フミタロウは卓の上に置かれていた小さな駒をいくつか取った。


「同じ数で戦い始めたとしてな」


 白い駒と黒い駒を向かい合わせる。


「人間側が一人死んだら、こっちは一人減る」


 白い駒を一つ倒した。


「でも、その人がアンデッドになったら?」


 倒した白い駒を、黒い駒の側へ置く。


 サンキチが眉を上げた。


「こっちは一人減って、向こうは一人増える」


「そういうこと」


「二人分、差がつくんですね」


「そう」


 敵を倒せば、もちろん魔王側の数も減る。


 だが、戦いが長引いて人間側にも犠牲者が出続ければ、その損害がそのまま敵の戦力へ変わっていく可能性がある。


「長期戦になったら、かなり不利やな」


「なるほど……」


 クリフトスも駒を見つめていた。


「チェスと将棋を同時にやるようなもんやな」


 フミタロウは少し得意になって言った。


「サンキチくんがチェスのルールで戦って、俺だけ将棋のルールで戦う。俺はサンキチくんの駒を取ったら、自分の駒として使える」


 言い終えてから、反応がないことに気づいた。


「……あれ?」


「すみません」


 サンキチが手を上げた。


「僕、チェスも将棋もやったことないです」


「え?」


「私も、ルールは分かりません」


 ミルキーまで申し訳なさそうに続く。


 クリフトスは当然、どちらも知らなかった。


「嘘やろ」


 フミタロウは三人を見回した。


「誰にも通じてへんやん」


「例えがなくても意味は分かりましたよ」


 サンキチが励ますように言う。


「せっかく格好よく決まったと思ったのに」


「大丈夫です。説明自体は分かりやすかったです」


「いや、もう忘れて。なんか急に恥ずかしくなってきた」


 ミルキーが小さく笑った。


          *


「となると、圧倒的な数で一気に押し切るなら勝てる可能性はあるんかな」


 フミタロウは話を戻した。


「こっちの死者がアンデッドになる前に、魔王軍ごと完全に押し切る」


「それには、大規模な連合軍が必要でしょうね」


「各国で、そういう話は出てへんの?」


「討伐連合軍を作ろうという動きはあります」


 クリフトスは地図上の国境を指でなぞった。


「ですが、なかなか話がまとまらないようです。どの国が何人兵を出すのか、誰が指揮を執るのか、補給や費用をどう負担するのか。問題はいくつもあります」


「魔王より、隣の国が強くなる方が怖い国もあるんやろな」


「否定はできません」


「異世界でも変わらんな」


 フミタロウは椅子の背へもたれた。


 魔王が脅威であることは、どの国も分かっている。


 それでも、簡単にすべての国が手を取り合えるわけではない。


 兵を出せば国の守りは薄くなるし、費用もかかる。大軍を出して多くの兵を失えば、たとえ魔王に勝てたとしても、その後に別の国へ攻め込まれるかもしれない。


 フミタロウには馬鹿馬鹿しく思える部分もあったが、国を預かる側からすれば簡単に決められる問題ではないのだろう。


「でも」


 ミルキーが顔を上げた。


「だからといって、魔王に殺される普通の人たちを見捨てることはできません」


 まっすぐな言葉だった。


 フミタロウは、ミルキーならそう言うだろうと思っていた。


 そして、そういう考えは嫌いではない。


「さすがはミルキー様」


 クリフトスが胸へ手を当てる。


「このクリフトス、必ずやお役に立ってみせます」


「クリフトスさん」


「はい?」


「いつの間に、生まれた時から仕えてる執事みたいになったん?」


「そのようなつもりはありませんが」


「あるやろ」


 本人には、まったく自覚がないらしい。


 フミタロウは地図へ視線を戻した。


「まあ、大軍集めて正面から突っ込むんは、俺らの仕事ちゃうな」


「そうでしょうね」


 クリフトスも頷く。


 四人には国を動かす権限もなければ、何千もの兵を指揮する経験もない。


 ならば、少人数だからこそできる方法を探すしかない。


「魔王の居場所を調べる。できるだけ魔物の大軍を避ける道を探す。それから弱点を見つけて……」


 フミタロウは地図の西側へ指を置いた。


「隙があったら、魔王本人を狙う」


「隠密行動を中心とした討伐計画ですね」


 クリフトスが真面目に言い換える。


「そう、それ」


「ずいぶん難しそうですけど」


 サンキチは不安げだった。


「大軍集めるよりは、俺らにも可能性あるやろ」


「可能性だけなら」


「よし、方針決まり」


 フミタロウは卓を軽く叩いた。


「魔王討伐、頑張っていこう。いえーい」


「い、いえーい」


 サンキチが小さく拳を上げる。


「いえーい……」


 ミルキーも控えめに合わせた。


 クリフトスだけは参加しなかった。


「クリフトスさんも」


「必要ですか?」


「空気や、空気」


「……いえーい」


「声小さいな」


 人類の命運が関わっているかもしれない方針会議とは思えない締まりのなさだった。


          *


「で」


 フミタロウは、あらためて三人を見回した。


「魔王を倒す方針は決まったわけやけど、どうやったら倒せると思う?」


 誰も答えなかった。


「弱点とか知ってる人、おらん?」


 沈黙が続く。


 クリフトスが、少し考えてから口を開いた。


「その前に、一つ確認させてください」


「どうぞ」


「皆さんは、これまでどの程度の魔物と戦われたのですか?」


「ゴブリン」


 サンキチが即答した。


「……はい?」


「ゴブリンとしか戦ったことありません」


 クリフトスは何も言わず、次にフミタロウを見る。


「フミタロウ殿は?」


「樽」


「樽?」


「練習で殴った」


 クリフトスの表情が固まった。


「それ以外は?」


「ない」


「魔王を討伐するのですよね?」


「その方針で今決まった」


「相手は魔王です」


「知ってる」


「皆さんは、ゴブリンと樽」


「そう」


「……」


 クリフトスが額へ手を当てた。


「無茶です」


「じゃあ、やめる?」


 フミタロウが尋ねる。


 クリフトスは一瞬黙った。


 そして勢いよく立ち上がる。


「このクリフトス、ミルキー様をお助けすると誓った以上、最後までお供いたします!」


「さすがクリフトスさん」


 ミルキーが感心したように見上げる。


「ただし」


 クリフトスはすぐに座り直した。


「正直なところ、参りました」


「じゃあさ」


 フミタロウはいいことを思いついたように手を叩いた。


「俺とサンキチくんでミルキーちゃん守るから、クリフトスさんが魔王倒したらええんちゃう?」


「おお」


 サンキチも乗ってきた。


「それが一番安全ですね」


「待ってください」


 クリフトスが眉を寄せた。


「私もミルム聖堂では高く評価されている魔楽士です。並の魔物を相手にするなら、それなりに戦える自信はあります」


「おお」


「ですが、魔王を一人で倒すなど、とても無理です」


「なんや」


 フミタロウは露骨に肩を落とした。


 隣を見ると、サンキチも同じ顔をしていた。


「その態度は何ですか」


「いや、悪気はないんやけど」


「思っていたより普通なんですね」


 サンキチが言った。


「心外です!」


「だって、聖堂一の魔楽士って言うから」


「人類最強とは言っておりません!」


「でも、ミルキー様を命に代えて守るって言ってましたよね」


「あれは覚悟の話です!」


「戦闘力の話ではなかったんか」


「違います!」


 クリフトスは深く息を吐いた。


 加入したばかりなのに、すでにかなり過剰な期待を寄せられていたらしい。


「分かりました」


 クリフトスは地図を自分の方へ引き寄せる。


「まず明日から、魔王の弱点について情報を集めましょう」


「情報収集?」


「はい。古い伝承や過去の戦闘記録、魔王に襲われた地域から来た人々の証言。調べられるものはすべて調べるべきです」


「クリフトスさんは?」


「私は、皆さんを少なくとも魔王討伐の旅へ出せる程度まで鍛えるための計画を考えます」


 フミタロウはサンキチと顔を見合わせた。


「……強化計画って、厳しい?」


「現状を考えれば、かなり厳しくする必要があります」


「今から逃げたらあかん?」


「逃がしません」


 クリフトスは笑顔だった。


 非常に爽やかな笑顔だったが、断る余地はまったく感じられなかった。


「まずは情報収集やな」


 フミタロウは地図を畳んだ。


「弱点も分からん相手に突っ込むより、ずっとましや」


「そうですね」


 ミルキーが頷いた。


「何か手がかりが見つかるかもしれません」


「僕は町の本屋を見てみます」


 サンキチも少しやる気になったようだった。


 こうして四人の最初の方針会議は終わった。


 魔王を倒すこと。


 正面から大軍へ挑むのではなく、少人数で魔王本人を狙うこと。


 そのために、まず弱点や居場所を調べること。


 方針だけを見れば、それなりに立派だった。


          *


 その夜。


 宿の寝台へ横になったフミタロウは、昼間の会議をぼんやりと思い返していた。


 魔王の居場所は分からない。弱点も知らないし、その周囲に集まっている魔物の大軍をどう避けるのかも決まっていない。


 おまけに、自分がこれまでまともに倒したことのある相手といえば、練習場の樽くらいだった。


「……ほんまに大丈夫なんかな、俺ら」


 誰も答えてくれない。


 当たり前だった。


 部屋の仲間たちは、もう眠っている。


 フミタロウは布団を引き上げた。


 方針だけは立派だった。


 実現できるかどうかは、今のところかなり怪しかった


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。