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漏洩の加護  作者: なつみかん
第三章 落ちこぼれパーティーの特訓
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第十話 おっさん、振り出しに戻る  

ミルムを出発した四人は、再びアーリアン王国を目指して街道を歩いていた。


 行きはタイラーたち商人の馬車に乗せてもらい、二日ほどでたどり着いた道である。だが今回は徒歩だ。休憩や野営を挟みながら進めば、五日ほどかかるという。


 目的は、アーリアンで四人の戦力を底上げし、その後、南にあるアルナサ山へ向かって賢者リースを訪ねることだった。


 魔王の弱点かもしれない太陽の力について調べるための旅なのだから、目的だけを見れば前進している。


 しかし実際に歩いている方向は、自分たちが最初に召喚された町へ逆戻りだった。


「なんか、すごろくで振り出しに戻された気分やな」


 フミタロウが街道を歩きながら言った。


「でも、前にいた時とは違いますよ」


 ミルキーは背負った荷物を確かめた。中には、ミルム聖堂から託された天使の笛が収められている。


「クリフトスさんも一緒ですし、私たちも少しは魔法を使えるようになりました」


「俺は何も増えてへんけどな」


「避けるのが上手になりました」


 サンキチが言った。


「それ、戦闘能力として数えてええんかな」


「もちろんです」


 クリフトスの答えは真面目だった。


「特にフミタロウさんは、防御力も生命力も決して高くありません。攻撃を受けない技術は、何より重要です」


「言い方が不安をあおるな」


 もっとも、反論はできなかった。


 ゲームで作った武闘家フミタロウは素早さを重視した反面、体力は低い。


 当たらなければどうということはない。


 逆に言えば、当たったらどうにかなる可能性が高い。


 そこでクリフトスが立てた強化計画では、アーリアンまでの移動中にも訓練を続けることになっていた。


 ミルキーとサンキチは、すでに使える魔法の威力や形を変える練習。


 そしてフミタロウは――その標的だった。


          *


「ファイア!」


 街道脇の草原で、サンキチが杖を突き出した。


 赤い火球が一直線にフミタロウへ飛んでくる。


 威力は実戦用よりかなり落としてある。


 クリフトスによれば、まともに当たっても大きな火傷を負うほどではないらしい。


 らしい、というところが少し怖い。


 だが以前のフミタロウなら、火球が飛んできた時点で大きく跳び退いていた。


 今は違う。


 火球の速度と軌道を見ながら、半歩だけ横へ動く。


 炎は肩のすぐ横を通り抜け、後方の草地へ落ちた。


「ふはは」


 フミタロウは少し得意になった。


「そんな単調な攻撃、もう見切ったわ」


「甘いですね」


 サンキチが杖を握り直す。


「散弾となれ!」


「え?」


 通り過ぎるはずだった火球が、空中で弾けた。


 一つだった炎が十数個の小さな火球へ分かれ、今度は広い範囲から降り注いでくる。


「げっ!」


 避ける方向がない。


 フミタロウは反射的に地面を蹴り、後ろへ跳んだ。


 炎の粒が、ほんの一瞬前まで立っていた場所へ降り注ぐ。


「危なっ!」


 どうにか着地した、その直後だった。


「風の刃よ、薙ぎ払え!」


「待て、早い!」


 今度はミルキーの魔法が飛んでくる。


 ほとんど透明な風の刃が、草の先を切りながら地面すれすれを走った。


 フミタロウは横へ転がってかわす。


 風の刃はそのまま通り過ぎる――はずだった。


 途中で軌道が曲がった。


「曲がるんかい!」


 風の刃が、まるで意思を持っているように追ってくる。


 完全に避け切れないと判断し、フミタロウは左腕の防具を前へ出した。


 正面から止めるのではない。


 斜めに受け、外側へ滑らせる。


 鋭い音が響いた。


 風の刃は腕防具の表面を擦り、そのまま斜め上へ逸れて消える。


 だが勢いまでは殺し切れず、フミタロウは草の上へ尻餅をついた。


「ちょっと待った!」


 そのまま両手を上げる。


「タイム! 最近、攻撃きつくなりすぎてへん?」


「大丈夫ですか?」


 ミルキーが慌てて駆け寄った。


「ごめんなさい」


「いや、大丈夫。今のはすごかった」


 フミタロウは腕防具を見る。


 金属部分に細い擦り傷が残っていた。


 威力を落とした魔法でこれなら、実戦用をまともに受ければ、やはり洒落では済まないだろう。


「お二人とも、非常によい攻撃でした」


 少し離れた場所で見ていたクリフトスが拍手する。


「フミタロウさんが最近は簡単に避けてしまいますので、攻撃に変化をつける方法を少し助言しました」


「さっき三人でこそこそ話してたん、それか」


「警戒されていたのですね」


「一応な。何も知らんかったら全部食らってたで」


 サンキチは一つの火球を空中で分裂させ、ミルキーは放った風の刃を途中で曲げた。


 二人とも、覚えた術をそのまま撃つだけではなく、状況に合わせて形を変え始めている。


 訓練しているのは二人のはずなのに、なぜか一番疲れているのは標的役のフミタロウだった。


「なんで俺だけ、毎日ぼこぼこにされてるんやろ」


「その分、避ける能力が上がっています」


「喜んでええんかな」


「かなり」


 クリフトスは真顔だった。


 実際、効果は出ている。


 不意に軌道が変わる攻撃にも、考えるより先に体が動くようになってきた。


 荒っぽい方法ではあるが、少なくとも死なないための訓練としては間違っていないらしい。


          *


 しばらく休憩したあと、今度はサンキチが魔法の練習を始めた。


 杖の先へ、小さな火球をいくつも作る。


 一つなら簡単に維持できるが、二つ、三つと増やしていくと、炎の形が崩れたり途中で消えたりする。


 その様子を眺めていたフミタロウは、ふと思いついた。


「サンキチくん」


「何ですか?」


「その火の玉、真珠の首飾りみたいにつなげられへん?」


「つなげる?」


「一個一個を離して浮かせるから大変なんちゃう? こう……くっつけて長くする感じ」


 サンキチは少し考え、杖の先へ二つの火球を作った。


 ゆっくり近づける。


 すると炎同士が一つになるのではなく、その間を細い火の筋がつないだ。


「できました」


「おお」


 ミルキーも覗き込む。


「きれいですね」


「これを何個もつなげていったら、鞭とか剣にできるんちゃう?」


「なるほど!」


 サンキチの顔が明るくなった。


「ファイアウィップですね!」


「すでにある技なん?」


「本に載っていました。魔法使いが近距離で身を守るために使うことがあるそうです。魔法戦士の中には、両手で使う人もいるとか」


「格好ええな」


「ですよね!」


 クリフトスが口を開いた。


「ただ、その術は――」


「分かりました。やってみます!」


「聞こうや」


 フミタロウが言った時には、もう遅かった。


 サンキチは杖の先へ次々と火球を作り出す。


 一つ、二つ、三つと炎が増え、その間が細い火の筋でつながっていった。


 やがて数珠のように連なった炎は一本の長い鞭になる。


「できてるで」


「すごいです、サンキチさん」


 サンキチが嬉しそうに杖を振った。


 炎の鞭が空中で大きくしなり、草原に赤い光の軌跡を描く。


「おお!」


 フミタロウが感心した。


 その直後だった。


 炎の鞭が消えた。


 サンキチの目が裏返る。


「え?」


 そのまま後ろへ倒れた。


「サンキチさん!」


 ミルキーが駆け寄る。


 草の上で仰向けになったサンキチの手足が、小さく痙攣している。


「あら」


 クリフトスが額へ手を当てた。


「やはり……」


 フミタロウも隣へしゃがみ込む。


「久しぶりに出たな」


「何がですか!」


「必殺、魔力切れ」


「感心してる場合じゃありません!」


 ミルキーはサンキチの頬へ手を添えた。


「サンキチさん、しっかりしてください!」


 ぱちん。


 頬を叩く。


 もう一度。


「ミルキーちゃん、いつものお願い」


「今やってます!」


 ぱちん、ぱちんと乾いた音が草原に響く。


 クリフトスは、驚いた顔でその様子を眺めていた。


「これは、回復術なのですか?」


「気付けや」


「もっと穏やかな方法があると思うのですが」


「これが一番早いねん。たぶん」


「たぶん?」


 本当に早いのかは誰にも分からない。


 だが、しばらくするとサンキチが小さくうめいた。


「う……」


「お、起きたか」


 フミタロウは笑顔を向けた。


「ピクきちくん」


 サンキチは何度か瞬きをし、自分の状態を理解したらしい。


「もしかして、またやりました?」


「見事にな」


「誰の提案ですか!」


「俺やけど」


「自分がやらせといて笑うんですか!」


「いや、あまりにも見事やったから」


 フミタロウは笑いをこらえられない。


「もはや十八番やな」


「そんな十八番いりません!」


「サンキチさん」


 クリフトスが真面目な顔で隣へ座った。


「ファイアウィップは、形を作るだけではなく、それを維持するためにもかなりの魔力を消費します」


「はい……」


「現在のあなたには、まだ負担が大きすぎます」


「先に言ってくださいよ」


「言おうとしました」


「聞く前に始めたんはサンキチくんやな」


 フミタロウが言う。


「発案したのはフミタロウさんです!」


「そこは認める」


 サンキチは起き上がり、赤くなった頬を押さえた。


「また、ほっぺたが痛いんですけど」


「魔法の副作用やろ」


「やっぱりそうなんですかね」


 ミルキーが静かに目をそらした。


          *


 五日目の昼過ぎ。


 街道の向こうに、見覚えのある城壁が見えてきた。


 高い城壁と石造りの門。その奥には、フミタロウたちが異世界へ召喚されて最初に過ごしたアーリアンの城下町が広がっている。


 フミタロウは思わず両腕を広げた。


「おお、懐かしのアーリアン!」


 さらに声を張る。


「我が故郷!」


「故郷じゃないですよ」


 サンキチが即座に否定した。


「数日いただけですし、懐かしいほど思い出もないです」


「雰囲気や、雰囲気」


「相変わらず適当ですね」


「情緒が豊かやと言うてくれ」


「はいはい」


 フミタロウが眉を上げる。


「はいは一回って、教わらんかったんかね、ちみ」


「今どきそんな注意しませんよ」


「時代やなあ」


「二人とも」


 前を歩いていたミルキーが振り返った。


「いい加減にしないと、置いていきますよ」


「すいません」


「すいません」


 二人の返事がきれいに重なった。


 フミタロウとサンキチは顔を見合わせる。


「怒られたな」


「怒られましたね」


 異世界へ召喚された勇者一行というより、引率の女の子に叱られる中年男と少年だった。


 町へ入ると、クリフトスが足を止めた。


「皆さんは、先に宿で休んでいてください」


「クリフトスさんは?」


「フミタロウさんの稽古について、先方へお願いしてきます」


「やっぱり俺だけ別なんやな」


「武闘家は私の専門外ですから」


「誰に頼むんか、そろそろ教えてくれてもええんちゃう?」


「会えば分かります」


 クリフトスは意味ありげに微笑み、そのまま人混みの中へ消えていった。


 フミタロウは背中を見送る。


「絶対、怖い人やん」


「僕もそんな気がします」


「サンキチくんまで言うな」


          *


「俺、アーリアン饅頭買いに行くけど」


 宿へ荷物を置いたあと、フミタロウはミルキーとサンキチへ声をかけた。


「二人は?」


「私も行きます」


「僕も食べたいです」


 三人は、召喚された日に屋台が並んでいた城門付近へ向かった。


 あの時は、装備を買ったせいで一文無しになり、目の前にありながら食べられなかったアーリアン饅頭。


 今は魚の燻製を売った金も、商人たちの護衛で得た報酬もある。


 ようやく食べられる。


 ところが城門へ着いた三人は、揃って足を止めた。


「あれ?」


 屋台がない。


 召喚された日は看板や幟が立ち並び、支度金を持った召喚者を呼び込む商人たちで賑わっていた場所が、今日は妙に閑散としている。


 残っているのは、畳まれた天幕や木の骨組みばかりだった。


「誰もいませんね」


「店、つぶれた?」


「全店舗同時はないやろ」


 近くを歩いていた住民へ尋ねると、理由はすぐに分かった。


「召喚者向けの屋台なら、満月の日だけだよ」


「満月だけ?」


「ああ。召喚の儀式がある日には、新しい召喚者が城から出てくるだろ? その日だけ商人が集まるんだ」


 普段はそれぞれ自分の店や工房で働き、召喚の日だけ支度金を持った客を狙って屋台を出すらしい。


「どうりで準備よすぎると思った」


 最初から六十ゴールドを持った客が来ると分かっていたのだ。


 住民に店の場所を教えてもらい、三人はアーリアン饅頭の本店へ向かった。


          *


 饅頭屋は、大通りから一本入った場所にあった。


 店先では大きな鉄板が熱せられ、その上で丸い生地が次々と焼かれている。


 油と焼けた肉の匂いが、通りまで流れてきた。


「これや、これ」


 フミタロウはようやく念願の饅頭を手に入れた。


 熱いうちに半分へ割る。


 中から湯気とともに、刻んだ肉や野菜が現れた。


「あんこではないんですね」


 ミルキーも中身を覗き込んだ。


「名前から甘いものを想像してました」


「肉まんに近いな」


 ただし蒸したものではなく、表面を鉄板で焼いてある。


 外側は香ばしく、中は肉汁を吸って柔らかい。


 フミタロウは一口かじった。


「うまっ」


 思わず声が出た。


「アーリアン饅頭、なかなかやるな」


「本当ですね」


 ミルキーも嬉しそうに食べている。


 サンキチは熱さに苦戦し、口の中へ少し入れては息を吹きかけていた。


「あんたたち」


 店主が三人を見た。


「この前、召喚された人たちだろ?」


「よう覚えてるな」


「顔を覚えるのは商売の基本だからな」


 店主はフミタロウを見て笑った。


 七人の若者に一人だけ混ざっていた四十歳なら、確かに覚えやすいだろう。


「大変だったらしいけど、無事だったんだな」


「大変?」


「ホブゴブリンに待ち伏せされて、襲われたって聞いたぞ」


 三人は顔を見合わせた。


「俺らは襲われてへんで」


「何だ、別のパーティーか」


 店主は納得したように頷いた。


「この前召喚された若い連中が、西の道で襲われたらしい」


 フミタロウたちと一緒に召喚され、その後、別のパーティーを組んで町を出ていった者たちだろう。


「それで、どうなったんですか?」


 ミルキーが身を乗り出した。


「たまたまゴブリン討伐へ向かってた騎士団が見つけて、助けたそうだ」


「全員無事ですか?」


「そこまでは知らんな。そのあとの話は聞いてない」


「助けに行きましょう」


 ミルキーが即座に言った。


「いやいや」


 フミタロウが慌てて止める。


「もう騎士団に助けられてるんやろ。しかも今どこにおるかも分からん」


「あっ」


「気持ちは分かるけどな」


 ミルキーは、人が困っていると聞いたら先に体が動く。


 それ自体は長所なのだろうが、場所や状況を確認する前に救援へ向かうのは少し早い。


「とりあえず宿へ戻って、もう少し詳しい話を聞こう」


 三人は残った饅頭を包んでもらい、店を後にした。


          *


 宿の女将には、騎士団に所属している親戚がいた。


 召喚者たちが襲われた件についても、すでに話を聞いていたらしい。


「全員無事ですよ」


 女将は安心させるように言った。


「騎士団に助けられたあと治療を受けて、そのまま西へ向かったそうです」


「よかった」


 ミルキーが胸へ手を当てた。


 ほとんど話したことのない相手とはいえ、同じ日に同じ世界へ召喚された者たちだ。


 無事だと聞けば、やはり安心する。


「ただねえ」


 女将が少し顔をしかめた。


「助けてもらったあと、かなり揉めたそうだよ」


「揉めた?」


「助けてくれなんて頼んでないとか、治療が雑だとか。騎士たちにずいぶん文句を言ったらしい」


 フミタロウたちは黙った。


「召喚者様だから、騎士たちも言い返さなかったらしいけど、うちの親戚はかなり腹を立ててたよ」


「なんか、すいません」


 フミタロウは思わず頭を下げた。


「あんたたちの話じゃないんだから、謝ることないよ」


「まあ、そうなんやけど」


 同じ召喚者というだけで、少し居心地が悪かった。


 ただ、フミタロウはすぐに別のことも考えた。


「死にかけた直後やったら、頭回ってへんかったんかもしれんな」


「そうですね」


 ミルキーも頷いた。


 突然異世界へ連れてこられ、よく分からないまま町を出て、いきなり魔物に襲われた。


 恐怖や混乱で、まともに人へ礼を言える状態ではなかった可能性もある。


「元気なら、それでええけどな」


 フミタロウはそう言って、話を終えた。


 同じ世界から来た人間でも、考え方も性格も違う。


 それだけのことだった。


          *


 夕方になると、クリフトスが宿へ戻ってきた。


 両手には、大きな袋をいくつも提げている。


「無事に話がつきました」


 表情は明るい。


「明日の朝から、稽古をつけていただけるそうです」


「誰に?」


「明日のお楽しみです」


「それ絶対、ろくなことないやつやん」


 クリフトスは答えず、袋を卓の上へ置いた。


「それより、ミルキー様。お土産を買ってまいりました」


「お土産?」


「アーリアン名物の饅頭です」


 袋の中には、焼きたての饅頭が大量に入っていた。


「非常に有名な品なのですよ」


 クリフトスが得意げに言う。


 ミルキーとサンキチは、気まずそうに顔を見合わせた。


「あれ?」


 クリフトスが卓を見る。


 そこにも同じ店の包みが置かれていた。


「私たちも」


 ミルキーが控えめに笑う。


「クリフトスさんへのお土産です」


「同じものを?」


「同じものを」


 少しの沈黙。


 フミタロウが酒瓶を取り出した。


「今日は饅頭パーティーやな」


「そういうことになりますね」


 クリフトスは何とも言えない顔で頷いた。


 その夜は女将も加わり、大量のアーリアン饅頭を囲むことになった。


 肉と野菜が詰まった定番のものだけでなく、香草を練り込んだものや、辛いソースを使ったもの、甘い木の実を詰めたものまである。


「こんなに種類があるんですね」


 ミルキーは楽しそうに選んでいた。


「しばらく饅頭見たくないくらい食べよう」


「そこまで食べる必要あります?」


「買ってもうたもんは仕方ない」


「保存するという発想は?」


「今日は飲む気分や」


「理由になってませんよ」


 食べて、飲んで、笑って。


 五日間歩き続けた疲れもあり、その夜は全員早々に眠りについた。


          *


 翌朝。


 クリフトスに連れられ、三人は町外れの訓練場へ向かった。


 広い草地の中央に、一人の老人が立っている。


 短い白髪に太い首。使い込まれた革の作業着をまとい、左腕は手首から先がない。残された右手だけで腕を組み、こちらを待っていた。


 見覚えのある顔だった。


「なんや」


 フミタロウは足を止めた。


「お前かい」


 アーリアンで、最初の装備を買った武器屋の老人だった。


 老人もフミタロウの顔を見るなり、露骨に眉をひそめる。


「クリフトスが、わざわざ稽古をつけてほしいと頼みに来るからな」


 フミタロウを頭から足まで眺める。


「どんなダイヤの原石かと思ったら、なんだ。お前か」


「お互い様やと思うけどな」


「俺はお前を呼んでねえ」


「俺もじいさんを希望してへん」


 二人はしばらく睨み合った。


 その横から、ミルキーが一歩前へ出る。


「お久しぶりです」


 丁寧に頭を下げた。


「いただいた装備、大切に使っています」


 老人の表情が一瞬で変わった。


「おお、嬢ちゃん」


 険しかった目元が緩む。


「無事だったか。よかった、よかった」


 声まで優しい。


「杖も、とても使いやすいです」


「そうかそうか。無理はしてねえか?」


「はい」


「危なくなったら、そこのおっさんを盾にして逃げろよ」


「何でやねん」


 サンキチが小声でフミタロウへ言った。


「すごい態度の差ですね」


「分かりやすすぎるやろ」


 老人はミルキーとの会話を終えると、再びフミタロウへ向き直った。


「さて」


 右手の指を鳴らす。


「そろそろ始めるか」


「何をするん?」


「稽古に決まってるだろ」


 老人は口元を歪めた。


「徹底的にしごいてやる。覚悟しろ」


 その笑い方には、店で装備を売っていた時の意地悪さとは少し違うものがあった。


 長い間、実際の戦いの中で生きてきた者の目だった。


 フミタロウの立ち方や構えを見ただけで、どこが悪いのか全部分かっているような目である。


 フミタロウは無意識に半歩下がった。


「クリフトスさん」


「はい」


「強化プランって、もうちょい優しい感じを想像してたんやけど」


「強くなるための計画ですので」


「俺、生きて終われる?」


「努力次第かと」


「不安になる答えやな」


 老人が右拳を上げた。


「まずは、そのへっぴり腰から直してやる」


「最初から言い方きついな」


「口を動かす前に構えろ」


 フミタロウは渋々、拳を握った。


 少し離れた場所では、ミルキーとサンキチが心配そうに見ている。


 クリフトスだけは、満足そうに頷いていた。


 フミタロウは三人を見た。


「……帰ってええ?」


「駄目です」


 クリフトスの返事は即答だった。


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