第六十六話 リバーナ奪還作戦
王都の一角にある、古びた屋敷。
閉ざされた扉の前で、武装した者たちが静かに待機していた。
「ここだな」
隊長が扉を見据える。
「作戦通り、一気に行くぞ!」
「はい!」
短い返事が重なった。
隊長が手を上げる。
「突入!」
扉が勢いよく開かれた。
バン!!
室内の奥には、魔族の姿をした石像が立っていた。
だが、誰も立ち止まらない。
剣が振り下ろされ、ハンマーが叩き込まれ、魔法が一斉に炸裂した。
ドン!!
ガキーン!!
集中攻撃を受けた石像の目が、突然開いた。
「グエッ」
だが、それだけだった。
次の瞬間には全身へ亀裂が走り、そのまま床へ崩れ落ちる。
「よし!」
隊長が声を上げた。
「完了だ!」
*
同じ頃、王都の別の場所でも作戦は進んでいた。
倉庫に置かれていた石像へ部隊がなだれ込み、一斉攻撃を浴びせる。
別の屋敷では、庭に飾られていた石像が破壊された。
アーリアン王国、対魔族特別部隊。
通称――ガーディアンバスターズ。
王都に点在する魔族の石像について情報が入るたび、部隊は即座に現場へ向かい、破壊していた。
当初はそうではなかった。
石像が本当に危険なのか、それともただの石像なのか。
まず調査し、状況を確認してから処置する方針が取られていた。
だが、調査の最中に石像が覚醒し、目の前の兵士へ襲いかかる事例が続いた。
そのたびに被害が出た。
そこでバサルスが出した案は単純だった。
気づかれる前に、壊せ。
それ以降、作戦は速攻による奇襲へと改められていた。
*
王城の作戦本部へ、伝令が駆け込んできた。
「ガーディアンバスターズより討伐報告!」
一同が振り返る。
「これで十二体目、討伐完了です!」
「被害は?」
騎士団長がすぐに尋ねた。
「ありません」
「そうか」
騎士団長は、ようやく表情を緩めた。
「よかった」
近くではリース、マリア、バサルスも報告を聞いていた。
「ひとまず、順調に進みだしましたね」
リースが言う。
「バサルス様の作戦のおかげですね」
マリアも頷いた。
「最初は被害が大きくて驚いたがな」
騎士団長がそう言った直後だった。
「騎士団長!」
別の伝令が飛び込んでくる。
「緊急の報告です!」
「なんだ?」
「リバーナが、魔族に落とされたそうです!」
「リバーナ?」
騎士団長の表情が一変する。
「魔王軍との戦線から遠く離れた町が、なぜいきなり落ちたんだ?」
「わかりません」
伝令は首を横に振った。
「魔王軍の攻勢に降伏したと」
「それで?」
「魔導騎士団から、リバーナ包囲のための戦力の提供を求めてきています」
「はあ?」
騎士団長は思わず声を上げた。
「どこにそんな戦力があるんだ」
石像の対応だけでも、人員はかなり割かれている。
それでも騎士団長は地図へ目を落とした。
「しかし……そうも言ってられないか」
短く息を吐く。
「王へ報告する」
作戦本部が一気に慌ただしくなる中、リースだけは地図に記されたリバーナの名を見つめていた。
「もしや……」
小さく呟く。
「リバーナでも、石像が絡んでいるのかもしれませんね」
*
その頃。
魔導騎士団南部方面本部では、リバーナ奪還の準備が進められていた。
作戦地図にはリバーナ、レバレスのダンジョン、そして西の魔王領が記されている。
「リバーナの様子は?」
指揮官が尋ねた。
「特に動きはありません」
報告役の騎士が答える。
「リバーナの街と、レバレスのダンジョンを拠点にして、防備を固めている模様です」
「すぐに周辺で暴れだすかと思っていたが、少しは知能があるようだな」
「あと、頻繁に飛行型の魔族が西の魔王領と行き来しています」
「西の魔王軍と連携しているのは、間違いなさそうだな」
指揮官は地図を眺めたまま続けた。
「奪還作戦はできたか?」
「はっ!」
参謀が前へ出る。
「本部付きの精鋭部隊を主力に、周辺各国の兵を集めて編成します」
「兵力は?」
「本部付き部隊が二百名、周辺国より三千の兵が集結します」
「十分だな」
「はっ!」
*
占領されたリバーナの執務室では、市長がアルレバレスと向き合っていた。
「市長。食料が足りないぞ」
アルレバレスは淡々と言った。
「備蓄分があるのだろう。提供させろ」
「アルレバレス様」
市長は慎重に答える。
「備蓄は緊急事態のために保管している物ですので、すべてを出すわけには……」
「ほう」
アルレバレスの声色は変わらなかった。
「ならば食料が行き渡るように、人間の数を減らすだけだ」
「それは……」
「今が緊急事態だろ? 市長」
市長は言葉を失った。
しばらく俯いたあと、ゆっくり頷く。
「……はい。わかりました」
絞り出すように続ける。
「備蓄を出すように手配いたします」
「よかろう」
「その代わり、住民の安全をお願いいたします」
「反抗しなければ、安全は保障してやる」
*
リバーナの広場には、多くの住民が集められていた。
その前に立った魔族が声を張り上げる。
「聞け! 人間ども!」
ざわめきが止む。
「偉大なるリリス様は、能力があれば種族に関係なく重用される、偉大なるお方だ!」
住民たちは不安そうに顔を見合わせた。
「リリス様へ忠誠を誓い、能力を見せる者には、我らと同じ権力を与えよう」
魔族は広場全体を見回した。
「よく考えて、行動するのだな」
誰も声を上げなかった。
だが、その言葉だけは住民たちの中に残った。
*
「魔王軍と言っても、いきなり殺されたりしないんだな」
街の片隅で、住民の一人が小声で言った。
「ああ。意外だな」
別の男が答える。
通りでは、武装したリザードマンが巡回していた。
「あの巡回してるリザードマンは、怖いけどな」
「アルレバレスってのは、魔物っていうよりエルフみたいな高位種族に見えるな」
「しかも、能力があれば出世できるらしいしな」
「まあ、まだわからんがな」
別の場所でも、噂は広がっていた。
「聞いたか? 西の魔王領じゃ、人間の市長もいるらしいぞ」
「人間が? 魔王領の町を治めてるのか?」
「それだけじゃない。軍の指揮官にも、人間がいるらしい」
「……さっきの話、本当だったのか」
「魔族だけの国じゃ、ないんだな……」
少し間があく。
「だからって、信用できるかは別だけどな」
*
南部方面本部では、奪還軍の出陣準備が整いつつあった。
武器、防具、食料、魔石が次々と積み込まれる。
本部付きの精鋭部隊二百名。
そこへ周辺各国から三千の兵が集まった。
総勢三千二百。
装備も旗印も異なる大軍勢が、長い列を作って進軍を開始する。
ただ、その大半には魔王軍との実戦経験がなかった。
実際に魔族と戦った経験を持つ者は、西部から転属してきたごく一部の者だけだった。
*
その一人が、ガレス・ヴァルドだった。
魔導騎士団の部隊長。
西部最前線で魔王軍との戦闘を経験し、その戦いで負傷。
現在は療養も兼ねて、南部へ転属していた。
「隊長」
部下が声をかける。
「傷はもう大丈夫なんですか?」
「ほぼな」
ガレスは自分の身体を軽く動かした。
「これが終わって、完全に治ったら、また西へ戻るつもりだ」
その少し離れたところでは、上級指揮官たちがガレスを見ていた。
「また西部帰りが何か言っているのか?」
「実戦経験があるからといって、少し口を出しすぎる」
ガレス自身は、そんな視線を気にする様子もなかった。
部隊を率いて進みながら、部下たちへ言う。
「リザードマンだけなら、楽勝だろうな」
少し間を置く。
「だが、魔族がいるんだろ?」
部下たちを見る。
「あいつらは、そんなにたやすくない」
ガレスの声には、冗談めいた響きがなかった。
「とにかく、俺の部隊は俺が守る」
全員へ聞かせるように続ける。
「お前らは、俺の命令だけ守れ。出来るだけ生きて返す!」
「隊長、大袈裟ですよ」
若い隊員が笑った。
「本部付きの精鋭部隊がいるんですよ?」
ガレスは前を向いたまま答えた。
「どうだろうな……」
*
リバーナ城外。
攻城用のカタパルト、破城槌、矢、魔石。
攻撃の準備が進められていく。
「使者を出しますか?」
参謀が尋ねた。
「使者?」
「通常なら、降伏勧告しますが」
指揮官は鼻で笑った。
「それは人間同士の戦争だ」
リバーナの城壁を睨む。
「魔物討伐で、降伏勧告などするか?」
「いえ。しませんね」
「殲滅だ」
「はっ!」
*
一方、アルレバレスの館でも軍議が行われていた。
「人間どもが攻めてきたぞ」
「下等種族が」
魔族の一人が吐き捨てる。
「皆殺しだな」
リザードマンの隊長も同意した。
「戦闘にもならんのではないか」
そんな声が続く中、アルレバレスだけは冷静だった。
「おまえら、油断しすぎだ」
周囲が静かになる。
「人間どもは、この二千年で進歩している」
アルレバレスは集まった者たちを見回した。
「昔の戦は忘れろ」
さらに続ける。
「この前も、我ら魔族が数名、倒されたのだぞ」
今度は誰も軽口を叩かなかった。
*
人間側の作戦本部では、最後の確認が行われていた。
「まずは遠距離から、攻城用カタパルト、矢、魔法で攻撃します」
参謀が地図を示す。
「敵の動きを止めている間に、攻城兵器で門を破壊」
指を城門へ移す。
「その後、騎馬隊で突入し、一気に制圧します」
説明を終える。
「作戦案は以上です」
総指揮官が各部隊の隊長を見た。
「各国部隊は、合図で作戦を開始してください」
最後に、本部付きの精鋭騎馬隊へ目を向ける。
「騎馬突撃は、魔導騎士団が行います」
「はっ!」
*
城壁の上から、アルレバレスは人間軍の準備を眺めていた。
「……そろそろ来るな」
後ろを振り返る。
「住民を連れてこい」
間もなく、リバーナの住民たちが城壁へ連れてこられた。
目の前には、攻城準備を整えた人間の軍勢が広がっている。
住民たちは恐怖と困惑の入り交じった顔で、それを見下ろした。
「お前らを助けに来たのか」
アルレバレスが言う。
そのまま人間軍を指した。
「よく見ておくがいい」
*
人間側の観測兵が、城壁の異変に気づいた。
「待ってください!」
「どうした?」
「城壁の上に人がいます!」
参謀が目を凝らす。
「……住民か?」
総指揮官の表情が険しくなった。
「人質に使うつもりか」
「攻撃を止めますか?」
将校が尋ねる。
「止めれば、敵に時間を与えるだけだ」
「ですが、住民に被害が出ます」
総指揮官は苦い表情のまま、しばらく城壁を見ていた。
「……予定通りだ」
そして命じる。
「攻撃を開始する」
続けて言った。
「城壁上の住民には、できる限り当てるな」
*
「攻撃開始!」
合図と同時に、カタパルト、弓、魔法部隊が一斉に攻撃を始めた。
ドン!!
岩弾、矢、魔法が城壁へ降り注ぐ。
リザードマンが次々と倒れていく。
だが、その中の一本の矢が住民へ飛んだ。
「ぐあっ!」
「きゃあ!」
一人が傷を負い、周囲に悲鳴が広がる。
その直後、魔族とリザードマンが前へ出た。
盾と魔法で、飛来する攻撃を受け止める。
ガキン!
ドン!
住民たちは目の前で起きていることに言葉を失った。
アルレバレスが彼らを見る。
「貴様らを助けに来たなら、攻撃などしないはずだ」
一拍置く。
「貴様らを守るのは、誰なのか」
住民たちは、負傷した仲間と、その前へ出て攻撃を防いだ魔王軍を見比べた。
*
アルレバレスは住民たちを見渡した。
「ともに戦う意思のある者は、歓迎するぞ」
静かな声だった。
「手柄を立てて、忠誠の証とせよ」
それから部下へ振り返る。
「住民を下げろ」
城壁から住民たちが下ろされていく。
最後に残ったのは、魔族、リザードマン、戦闘員だけだった。
アルレバレスは再び人間軍へ目を向ける。
「ここからは、戦の時間だ」
*
城壁から下ろされた住民たちが、そのまま戻ろうとした時だった。
一人の若い男が足を止めた。
「……俺も戦う」
「おい。本気か?」
知人が驚いて引き止める。
「俺はこの街じゃ、何をやってもまともに扱われなかった」
若い男は城壁の方を見る。
「あいつらは、手柄を立てれば認めると言った」
「でも魔王軍だぞ」
「だから何だ」
振り返る。
「今まで俺を助けてくれたのか? 人間は」
その言葉に、周囲の何人かも足を止めた。
近くにいたリザードマン隊長が彼らを見る。
「戦う意思があるなら来い」
武器置き場を指した。
「武器を渡す」
若い男は迷わず前へ出た。
*
戦況は、序盤だけを見れば人間側が優勢だった。
城壁の上では、リザードマンが次々と倒されていく。
「押しているぞ!」
兵士たちから歓声が上がる。
アルレバレスはそれを見ていた。
「ほう。なかなかやるな」
「こちらの攻撃は、例の障壁に防がれています」
部下が報告する。
人間軍の前方には、大規模な魔導障壁が展開されていた。
「なら、私が行こう」
アルレバレスが前へ出る。
その周囲に魔法陣が浮かび上がった。
「わが水の蛇たちよ」
無数の水色の蛇が形を成す。
「ゆけ!」
一斉に放たれた水蛇が、魔導障壁へ激突した。
轟音とともに障壁へひびが入る。
「なっ……」
人間側がざわめく。
さらに水蛇が連続してぶつかった。
バリン!!
魔導障壁が砕け散る。
「そんなばかな!」
「精鋭部隊の魔導障壁が破られるなど!」
兵士たちが動揺する。
その様子を後方から見ていたガレスは、驚かなかった。
「やはりな」
小さく呟く。
「最前線では、魔族に破られる魔導障壁を何度も見てきた」
周囲の部下を見る。
「いつも同じだ」
前線司令部の方へ視線を向ける。
「自信満々の顔して、こっちの意見なんか何も聞かねえ……」
一拍置く。
「もうすぐ命令してくるぞ」
「何をです?」
「司令部を守れって」
その直後だった。
「司令部を守れ!」
伝令が走ってくる。
「急げ!」
ガレスはため息をついた。
「ほらな」
*
ガレス隊はすぐに司令部周辺へ移動した。
「前へ出すぎるな! 司令部の周りを固めろ!」
部下たちを配置していく。
「魔導障壁を展開しろ!」
「ええ?」
魔法兵が戸惑った。
「ですが……」
「いいんだよ」
ガレスは怒鳴る。
「どうせ壊されるが」
魔法兵たちの顔が引きつる。
「すぐに別のやつが展開するんだよ」
新たな障壁が張られる。
そこへ水蛇が激突した。
たちまちひびが入る。
「また破られます!」
「破られたからと言って、思考停止するな!」
ガレスの声が飛ぶ。
「考えろ!」
障壁が砕ける前に、次の魔法兵が前へ出た。
「止まったやつから死ぬぞ!」
最初の障壁が砕ける。
その直後、次の障壁が展開された。
「壊されたら次! 次が壊されたらその次だ!」
ガレスは部下たちへ叫ぶ。
「こっちの魔力が尽きるのが先か、魔族が飽きるのが先かだ!」
*
前線司令部へ伝令が飛び込んできた。
「司令!」
「なんだ?」
「防衛は立て直した模様です!」
「そうか」
「攻撃は続行しますか?」
司令官は即答した。
「当たり前だ」
リバーナの城門を睨む。
「このまま引けんだろ」
腕を振り下ろした。
「攻城兵器を、門に突撃させろ!」
「はっ!」
巨大な破城槌を押しながら、兵士たちが一斉に走り出した。
後方からは弓と魔法の援護が続く。
「おおおおおっ!!」
鬨の声が戦場へ響いた。
その向こう側。
城壁の内側では、人間側にはまだ見えていない動きが始まりつつあった。




