第六十五話 おっさんヤーナマトを歩く
翌朝。
宿の食事処では、ご飯とみそ汁の朝食が並んでいた。
フミタロウ、サンキチ、ミルキーの三人は、そろってみそ汁を口へ運ぶ。
ズズ……。
「……うま」
フミタロウが満足そうに息を吐いた。
しばらくして膳の上を見回し、少しだけ残念そうな顔になる。
「漬物はないんか……」
もう一度探す。
「残念」
「だんだん贅沢になってきましたね」
サンキチが呆れたように言った。
「そうですよ。じゅうぶんですよ」
ミルキーも笑う。
三人とも、すっかりヤーナマトの朝食に馴染んでいた。
*
朝食を終えると、一行はシノの案内で町へ出た。
「小さな町ですから、あまり見るところはないですよ」
「いや、見どころしかないけど」
フミタロウはすぐに否定した。
シノが首をかしげる。
「そうですか? 変わった人たちですね」
「例えば、あそこの建物とか」
フミタロウは通りの先を指さした。
工房らしき建物では職人が何かを作っており、その隣には見慣れない商品を並べた店がある。
「何を作ってるんだろう?とか、何を売ってるんだろう?とか」
歩きながら、あちらこちらへ目を向ける。
「興味しかないですよ」
「そんなものですかね」
シノには、ごく普通の町にしか見えないらしい。
だがフミタロウたちにとっては、どこを見ても故郷に似ているようで、少しずつ違っている。
その違いまで含めて面白かった。
*
「お! 扇子や!」
「ほんとだ!」
店先に並んでいた扇子を見つけ、フミタロウとサンキチが同時に足を止めた。
クリフトスも一本を手に取る。
「綺麗なデザインですね」
「何に使うものなんだ?」
シルフィエが不思議そうに眺めている。
フミタロウは扇子を開き、ぱたぱたと自分をあおいだ。
「暑いときにあおぐんや。他にも、箸の代わりになったり、盃の代わりになったり」
「嘘つけ」
シルフィエが即座に言った。
「それは落語でしょ」
サンキチも続く。
「よくわかったな」
フミタロウは感心しながら、扇子を二本の箸に見立てて食べる真似をした。
「こうやって……」
今度は扇子を横にして、盃から酒を飲むような仕草をする。
それを見たシルフィエが頷いた。
「ああ、そういう芸か」
「そゆ事」
少し離れて見ていたシノが、思わず笑った。
「ほんとに旅の方なのか、わからなくなりますね」
*
市場へ入ると、今度はミルキーが足を止めた。
「シルフィエさん、ちょっと来てみてください」
「ん?」
店先には色とりどりのかんざしが並んでいる。
ミルキーはその中から一本を選び、シルフィエの黒髪へそっと挿した。
「やっぱり! すごく似合います」
「え?」
「ほんとですね。黒髪にすごく合ってます」
サンキチも素直に褒める。
「いいですね」
クリフトスも頷いた。
シルフィエは少し照れたように髪へ触れた。
「そうか?」
「似合うな」
フミタロウも言った。
一拍置く。
「黙ってたら男をだませそうや」
シルフィエの目が細くなった。
「おまえは、だまれ」
*
店員が気を利かせ、手鏡を持ってきた。
シルフィエはそれを受け取ると、鏡に映る自分の姿を確認した。
少し顔の角度を変え、また見る。
反対側からも見てみる。
どうやら気に入ったらしい。
「女の子やん」
フミタロウが言った。
シルフィエが鏡越しに睨む。
「すいません」
すぐ謝った。
「これ買ってもいいですか?」
ミルキーがクリフトスへ尋ねる。
「ええ。是非買いましょう」
「いや、べつに……」
シルフィエは遠慮するように言った。
「せっかくですから、いいじゃないですか」
ミルキーにそう言われ、シルフィエはもう一度鏡を見る。
「そうか……ありがとう」
その横で、フミタロウがにやにやしていた。
「なんだ!」
「何も言ってないのに、なんで怒られんねん」
*
市場を歩いていたフミタロウが、突然立ち止まった。
「あ!」
「どうしたんですか?」
「トルムの買い出し……」
「あ!」
サンキチも思い出した。
「忘れてた」
フミタロウは荷物から、トルムに渡された買い出し帳を取り出した。
ページを開く。
「結構多いな」
サンキチが横から覗き込む。
「まだ、半分くらいですよ」
フミタロウは残りのページをめくりながら、呆れた顔になった。
「あいつ、ここぞとばかりに書きやがったな」
*
「まずは……絹と織物か」
買い出し帳を見ながらフミタロウが言う。
「それでしたら、あちらに大きな織物屋がありますよ」
シノが案内した先には、美しい反物や布が並んでいた。
「わあ……きれいですね」
ミルキーが目を輝かせる。
クリフトスも布を手に取り、織り目を確かめた。
「とても細かい織りです。これは良い品ですね」
フミタロウは買い出し帳と商品を交互に見る。
「えーっと、できるだけ安く……やったな」
「そこ、しっかり書いてありますね」
サンキチが言う。
フミタロウは店主へ声をかけた。
「すんません。これ、まとめて買ったらちょっと安なりません?」
「いきなり値切るんですね」
「大阪人やからな」
店主は困ったような顔をした。
「お客さん、いきなり安くしろって言われても」
「すまんすまん。出来るだけ安く仕入れるように言われててさ」
「正直だね」
店主が思わず笑う。
「おすすめは?」
「これです!」
店主はすぐに一枚の反物を広げた。
「いいでしょこの柄。今人気ですよ」
「なるほど」
フミタロウは眺めた。
一拍置く。
「よくわからんけど、人気ないのってどういうの?」
店主が少し意外そうな顔をしたあと、別の反物を示した。
「このあたりはなかなか好みが分かれるから動きにくいですね。好きな人は好きなんですけど」
「んじゃ、おすすめとこの人気ない奴、合わせて買うから負けてくれ」
「ええ!」
店主が目を丸くする。
少し考えたあと、反物を見比べた。
「うーん……確かにそれならこちらも助かりますね。わかりました」
「よし。商談成立やな」
*
反物をまとめてもらっている間、サンキチが小声で尋ねた。
「いいんですか? 人気ないみたいですよ」
「人気のあるやつを仕入れとは、書いてないからな」
「まあ、確かに」
「人気のやつもあるし、トルムなら何とかするやろ」
そのやり取りを聞いていた店主が笑った。
「お客さん、商売上手だね」
「普通や」
フミタロウは何でもないように答えた。
*
織物屋を出ると、フミタロウは再び買い出し帳を開いた。
「次は……ヒスイと装飾品か」
「それなら、細工物を扱っている店が何軒かありますよ」
シノに案内されて入った店には、ヒスイを使った装飾品や腕輪、髪飾りが並んでいた。
「きれい……」
ミルキーがひとつずつ見ていく。
サンキチも細かな細工に目を留めた。
「これ、かなり細かいですね」
「見事な細工です」
クリフトスも感心している。
フミタロウは買い出し帳を見る。
「装飾品……種類は指定なし、と」
「また安いものから探す気か?」
シルフィエが疑うように見る。
「いや」
フミタロウは店の商品を眺めた。
「こういうのは、俺が選ばん方がええ気がする」
ミルキーとシルフィエを見る。
「二人で選んでくれへん?」
「私もか?」
*
「騎馬王国の人たちに似合いそうなものがいいですよね」
ミルキーはそう言いながら、店の品を見比べ始めた。
「さすがミルキーちゃん。わかってるね」
フミタロウが感心する。
ミルキーがいくつか候補を選び、シルフィエも革製品と合わせやすそうな装飾品を探していく。
「これと……これもいいと思います」
いくつか並べたところで、フミタロウも確認した。
「よし。そのへんでいこか」
それからも一行は市場の店を回り、買い出し帳に書かれた品を少しずつ揃えていった。
*
ある程度買い物を終え、市場を抜けたところでシノが言った。
「次は、この町の鎮守の社へご案内しましょう」
「社か」
フミタロウが反応する。
「昨日の話もありますし、ちょっと気になりますね」
サンキチも同意した。
石段を上った先に、小さな社があった。
造りはヤーナマト独自のものなのだろうが、フミタロウたち三人には日本の神社に非常によく似て見える。
境内へ入ると、シノが社を示した。
「ここは、この町を守る鎮守の社です」
奥から一人の巫女が出てきた。
「シノさん。今日は珍しいお客様ですね」
「こちらは、海の向こうから来られた旅の方々です」
「海の向こうから……」
巫女は興味深そうに一行を見た。
*
「太陽の魔法を求めてですか……」
事情を聞いた巫女は、少し考えるように言った。
「昔のヤーナマトは、夜も昼のように明るい、不夜の都だったと聞いています」
「やっぱり、太陽の魔法があったんですね?」
ミルキーが期待を込めて尋ねる。
だが巫女は静かに首を横へ振った。
「はるか昔の話です。私は、おとぎ話のようなものだと思っています」
「そうなんですか?」
「見たことありませんから」
境内には朝の日差しが差し込んでいる。
巫女は穏やかに続けた。
「私たちは、平穏を願うだけですので」
フミタロウは少し残念そうに唸った。
「うーん。なんか手掛かりがつかめるかと思って来たのに」
社を見回す。
「収穫なしになりそうな気配やな」
「困りましたね」
ミルキーも表情を曇らせた。
すると巫女が言った。
「天の姫様なら、もっと詳しいお話を聞けるでしょうが」
「天の姫?」
「大巫女様のことです。私たち巫女を束ねる方で、代々『天の姫』の名を継いでおられます」
フミタロウはすぐにシノを見る。
「シノさん、会えます?」
「さあ?」
一行が少し固まった。
*
フミタロウは改めて社を見上げた。
「まあ、とりあえず」
少し考える。
「天の姫様に会えますようにって、お参りしていくか」
「いいですね」
「はい!」
サンキチとミルキーも賛成した。
一行は社の前に並び、静かに手を合わせる。
シノと巫女は少し離れたところから、その様子を見ていた。
朝の日差しが、社殿へ柔らかく差し込んでいた。
*
その頃。
町の物陰から、フミタロウたちの動きを見張っている者たちがいた。
魔王に従う人間たちだった。
「買い物して、お参りしただけ?」
一人の部下が首をかしげる。
「ただの旅人では?」
もう一人も同じ疑問を口にした。
まとめ役の男が腕を組む。
「うーん……そうかもしれんが……」
しばらく悩んだあと、部下たちを見る。
「おまえら、俺らが向こうでなんて言われてるか知ってるか?」
「え?」
「この地で何も仕事せずに、遊んでると言われてるんだぞ」
「たしかに、あまりやることないですから」
部下が素直に頷いた。
まとめ役は真剣な顔になる。
「とりあえず、すごく大変なことが起きてて、俺たちがその情報を掴んだってことで」
一度言葉を切る。
「仕事してるところを見せとかないと、全員クビにされるぞ」
「それは困ります」
部下の顔が一気に引き締まった。
「とにかく、監視を続ける」
「はっ!」
三人は再びフミタロウたちへ視線を向けた。
*
潜伏拠点へ戻ったまとめ役は、すぐに筆を取った。
報告書へ勢いよく文字を書いていく。
――ヤーナマトへ北の大陸から怪しい一行が到着。
筆が止まらない。
――執拗に社を調査。
さらに続ける。
――現地民との交流も行い、情報収集能力が高い。
――非常に注意すべき案件。
まとめ役は少し考え、さらに一文加えた。
――通常の船での入国ではなく、極秘裏に海岸から上陸したところを我が監視網で発見いたしました。
最後に、
――調査を続行します。
と書き終えた。
内容そのものは、完全な嘘ではない。
ただし実際の一行がやっていたことは、買い物をして、町を歩き、社へお参りしただけだった。
まとめ役は報告書を眺め、筆を置いた。
「ふー……」
肩の力を抜く。
「これでしばらく、クビにはならないだろ」
部下たちもほっと息を吐いた。
「よかった……」
「ほんとによかった……」
机の上には、いかにも重大事件らしい報告書。
その周囲では、三人の男が心底安心していた。
*
夕方。
宿へ、城からの使者が訪れた。
「シノ殿。都より返答が届きました」
シノが書状を受け取る。
フミタロウたちも集まってきた。
「お、来た?」
シノは封を開き、書状へ目を通した。
しばらく読んだあと、顔を上げる。
「許可が出ました」
「ほんとですか!」
ミルキーが嬉しそうに声を上げた。
「じゃあ、都へ行けるんですね」
サンキチも確認する。
「はい」
シノは頷いた。
「皆さんを都へお連れするようにとのことです」
一行の表情が明るくなる。
「よっしゃ」
フミタロウは拳を握った。
「やっと本番やな」




