第六十四話 ヤーナマトの秘密
竜が沖へ去っていったあと、一行はしばらく砂浜に立っていた。
ようやく辿り着いたヤーナマト。その景色を改めて見回していると、遠くから馬蹄の音が聞こえてきた。
「……なんか来ますよ」
サンキチが海岸沿いの道へ目を向ける。
ほどなくして、薙刀を持った兵士たちが砂浜へ駆け込んできた。その後ろからは騎馬武者も続いている。
兵士たちは散開すると、フミタロウたちを半円状に囲んだ。
「動くな!」
薙刀の穂先が一斉にこちらへ向けられる。
騎馬武者が前へ出た。
「海岸の村人から通報があった。不審な者が上陸したとな」
男は刀へ手をかけた。
「貴様ら! おとなしくしろ!」
フミタロウは周囲を見回し、小声で呟いた。
「……まあ、そうなるわな」
竜に乗って海から現れた武装集団である。
怪しまれない方がおかしい。
*
騎馬武者は、一行の装備を順番に確認していった。
特にフミタロウの左腕に装着されたパイルバンカーや、サンキチとクリフトスの杖には長く視線を向けている。
「……どう見ても商人ではないな」
「まあ、そう見えますよね……」
サンキチも小声で答えた。
「話は城で聞く!」
「城?」
フミタロウが聞き返す。
「貴様ら、おとなしくついてこい」
抵抗する理由もなかった。
一行は兵士たちに囲まれたまま海岸を離れ、松林の向こうにある地方城へ連れていかれた。
「上陸してすぐ城行きか……」
フミタロウは歩きながら、ぼそりと呟いた。
*
城の一室へ通されると、フミタロウたちは再び兵士に囲まれた。
正面には、先ほどの騎馬武者が座っている。
「貴様らはどこから来た。何者だ! 目的は!」
ずいぶん勢いのある取り調べだった。
フミタロウたちは順番に事情を説明した。
自分たちが別の世界から召喚されたこと。
魔王を倒すために旅をしていること。
そして、太陽の魔法を探すためにヤーナマトまでやって来たこと。
一通り話を聞いた騎馬武者は、明らかに疑っている顔をした。
「うまく理由を考えたつもりだろうが、太陽の魔法などない!」
「え?」
フミタロウが目を瞬く。
「ないの?」
「ああ、ない!」
予想していなかった答えだった。
「何しに来たんや、俺ら……」
「太陽の魔法など、大昔の話だ」
フミタロウは少し考えた。
「なら、特に用ないので観光したら帰ります」
「不審な者を行かせるわけにはいかん」
「じゃあどうするの?」
騎馬武者が一瞬言葉に詰まった。
「……わからん」
「わからんの?」
「即刻打ち首じゃないだけ、ありがたいと思え」
フミタロウは何とも言えない顔になった。
*
その時、廊下から女性の声がした。
「何の騒ぎですか?」
兵士たちと騎馬武者が一斉に振り返る。
「お館様!」
部屋へ入ってきたのは、落ち着いた和装の女性だった。
華美ではないが、身なりにも立ち居振る舞いにも品格がある。
「どうしたのですか?」
騎馬武者がすぐに一礼した。
「海岸より、竜に乗って上陸した者たちにございます」
「……竜に?」
女性はわずかに目を見開き、フミタロウたちへ視線を向けた。
「城主さん?」
フミタロウが小声で尋ねる。
「みたいですね」
サンキチも同じように声を潜めた。
女性城主は上座へ座ると、一行を見渡した。
「もう一度、私にも事情を聞かせてもらえますか?」
*
「では、最初から聞かせてください」
女性城主にそう言われ、フミタロウは少し疲れた顔をした。
「また最初から?」
「ちゃんと話しましょう」
サンキチに促され、一行は先ほどと同じ説明を繰り返した。
女性城主は途中で口を挟まず、最後まで静かに聞いていた。
「なるほど……」
考え込むように呟く。
「お館様」
騎馬武者が口を開いた。
「そのような話を信じるのですか?」
「信じるとは言っていません」
女性城主は落ち着いて答えた。
「ですが」
一呼吸置く。
「竜に乗って海を渡ってきた者たちが、ただの密偵とも思えません」
その言葉に、騎馬武者も反論できなかった。
*
それでも周囲の兵士たちの警戒は解けなかった。
「なんだか、すごく警戒されてますね」
サンキチが小声で言う。
「なにも心当たりはないけどな」
フミタロウが答える。
サンキチは、ちらりとフミタロウの左腕を見た。
「そのフ式パイルバンカーが、いつも怪しいんじゃないですか?」
「うっすらとは感じてるから、言うな」
「わかってるんじゃないですか」
二人の会話を聞いていた女性城主が口を開いた。
「いえ。特にあなた方が怪しいと言っているわけではないのです」
表情が少し真面目になる。
「少し理由があるのです」
一行がそちらを見る。
「数十年前、この地を訪れた魔法使いが、ヤーナマトの秘宝を持ち去ってしまったのです」
*
「その魔法使いは、当初は旅の研究者としてヤーナマトに滞在していました」
女性城主は、昔の出来事を語り始めた。
「古い歴史や、太陽にまつわる伝承を熱心に調べていたそうです」
異国から来た魔法使いは、各地の神殿や古文書を巡っていたという。
「ですがある日、都の大神殿に保管されていた秘宝が消えました」
サンキチが続きを察した。
「その魔法使いも、一緒に消えたんですね」
「ええ」
女性城主は頷く。
「以前のヤーナマトは、海を越えて訪れる旅人にももっと寛容だったと聞いています」
その表情に、わずかな苦さが混じる。
「ですが、あの事件以来、外から来た者への取り調べはかなり厳しくなりました」
「一人やらかしたせいで、みんな疑われるようになったんか」
「ええ」
フミタロウは納得したように頷いた。
「その秘宝って、太陽の魔法に関係するものなんですか?」
サンキチが尋ねる。
女性城主は首を横に振った。
「それが、今となっては分からないのです」
「分からない?」
「古代ヤーナマト王国から伝わっていた、大切な秘宝だったとだけ」
それ以上のことは、この地方では伝わっていないらしい。
「その由来や詳細については、都でなければ分からないでしょう」
一行は少し考え込んだ。
*
「私たちは、太陽の魔法について調べたいだけなんです」
ミルキーが言った。
「それも、だめなんでしょうか?」
「太陽の魔法そのものを調べることが禁じられているわけではありません」
女性城主はそう答えた。
「ただ、私たちの知る太陽の魔法は、すでに失われたものです」
残っているものも、ほとんどが古い伝承や記録だけだという。
「実際に使える者はいません」
「それでも構いません」
ミルキーはまっすぐ女性城主を見た。
「どんな小さな手がかりでも、知りたいんです」
女性城主はしばらく考えていた。
やがて、静かに頷く。
「使いを出します。その結果どうなるかですね」
一行の表情が少し明るくなった。
「それまでは、この町で過ごしておかれるとよろしいでしょう」
「ありがとうございます」
フミタロウが頭を下げる。
女性城主は控えていた者たちへ目を向けた。
「従者を一人、案内につけます」
その言葉を受け、落ち着いた雰囲気の女性が前へ出た。
「シノと申します」
「よろしくお願いします」
「こちらこそ」
城を出る時、先頭を歩くシノの後ろ姿を見ながら、フミタロウはちらりとサンキチへ目を向けた。
「……監視付きか」
声には出さなかった。
*
「まずは宿へご案内します」
シノに連れられ、一行はヤーナマトの町を歩いた。
「宿!」
フミタロウが反応する。
一拍置く。
「こめやな!」
「そこですか」
サンキチが呆れた。
「でも、私もちょっと楽しみです」
ミルキーは正直だった。
シノが不思議そうに振り返る。
「米が、そんなに珍しいのですか?」
「珍しいというか、久しぶりすぎるねん」
「もう匂いだけで懐かしいです」
サンキチまでしみじみと言う。
軒先には米俵が積まれ、干物や昆布など見慣れた品まで並んでいた。
シノは三人の様子を見て、少し笑った。
*
宿の食事処へ入ったところで、三人の足が止まった。
卓上に並んでいたのは、米、みそ汁、焼き魚、煮物だった。
「……米や」
フミタロウが呟く。
次の瞬間、三人の声が一気に上がった。
「みそ汁ですよ!」
「焼き魚もあります!」
「煮物まであるやん!」
席につくなり、三人は勢いよく食べ始めた。
クリフトスとシルフィエも、見慣れない料理を興味深そうに口へ運ぶ。
「これは、とても優しい味ですね」
クリフトスがみそ汁を味わう。
「魚も美味いな」
シルフィエも気に入ったようだった。
ところが、しばらくするとフミタロウたち三人の会話が途切れた。
ミルキーが箸を止める。
「あれ……?」
頬を涙が伝っていた。
それを見ていたフミタロウが、目元を拭う。
「なんでやろ……」
隣ではサンキチまで目を赤くしていた。
「涙が……」
「勝手に出てきます……」
ミルキーは戸惑いながらも、もう一度みそ汁を口にした。
シノが驚いたように三人を見る。
「そんなにおいしいですか? もっと食べてくださいね」
ミルキーは涙を拭った。
「はい。とてもおいしいです。ありがとうございます」
「味もおいしいんですけど……」
サンキチが言葉を探す。
フミタロウが代わりに続けた。
「故郷を、思い出すんです」
ミルキーが俯いた。
「もう、戻れないかもしれないと思うと……」
その言葉を聞いたシノの目元にも、うっすらと涙が浮かんだ。
「……すみません」
慌てて拭う。
「なんだか、私まで……」
*
感動に浸る三人の隣では、別の苦戦が続いていた。
シルフィエの箸から煮物が落ちる。
ポロッ。
クリフトスも同じように落とした。
「これは……なかなか難しいですね」
シルフィエはしばらく粘っていたが、ついに諦めた。
「もういい」
箸を煮物へ突き刺す。
「これなら食える」
その様子を見ていたシノが、宿の者へ声をかけた。
「ナイフとフォーク、それからスプーンもお願いします」
一方、フミタロウ、サンキチ、ミルキーは普通に箸を使い続けている。
「おまえら、こんな棒でよくそんな器用に食べられるな」
シルフィエが感心する。
クリフトスはミルキーの手元を見た。
「さすがはミルキー様です。優雅ですね」
シノも三人の箸使いを見ていた。
「皆さんは、お箸を上手に使われますね?」
「私たちの故郷でも、普通に使っていたんです」
ミルキーが答える。
「皆さんの故郷も、ヤーナマトのような国なのですか?」
「似てるところは、かなりありますね」
フミタロウは食卓を見回した。
米、みそ汁、焼き魚、箸。
サンキチも同じものを見ている。
「別の世界なのに、ここヤーナマトと共通点が多いんですよね」
少し考えてから付け加えた。
「……謎です」
シノは、しばらく三人を見ていた。
「そうですか……」
そのまま何かを考え込む。
「まさか……」
「どうしました?」
ミルキーが尋ねる。
「いえ……それは私の口からは」
「なんかあるん?」
フミタロウが身を乗り出した。
シノはやわらかく笑った。
「もし、都に行けるようになれば」
一拍置く。
「面白い話が聞けるかもしれませんよ」
*
食事を終えると、シノは一行へ頭を下げた。
「明日は町をご案内いたします。今夜はごゆっくり」
シノが帰ったあと、宿の主人が声をかけてきた。
「お風呂はどうされますか?」
フミタロウの動きが止まった。
「……ふろ!」
振り返る。
「あるの!?」
「ええ。もちろんございますよ」
サンキチが思い出したように言った。
「そういえば、フミタロウさんだけカザンパースのお風呂入ってなかったですね」
「そうや。俺だけ入れてへん」
「じゃあ今日は、ゆっくり入れますね」
ミルキーが笑う。
「入る」
フミタロウは即答した。
「絶対入る」
*
夜。
木造の浴室に、桶の音が響いた。
カコーーン。
フミタロウは肩まで湯に浸かり、大きく息を吐く。
「いい湯やな~」
隣ではサンキチも完全にくつろいでいた。
「前にカザンパースで入ったお風呂は、ローマ式みたいなお風呂でしたけど」
浴室を見回す。
「ここは純和風ですね」
「へー。そっちも入ってみたいな」
「ええ。なかなか素敵でしたよ」
しばらく二人とも湯に浸かっていた。
フミタロウが天井を見上げる。
「もう日本に帰れんかったら、ここに住むわ」
「ありですね」
サンキチの返事も早かった。
*
風呂から上がったフミタロウは、宿の二階の窓を開けた。
夜風が部屋へ入ってくる。
どこかで小さな音が鳴った。
チリン……。
「風鈴まであるんか」
サンキチも窓際へやってきた。
「なんか、怖いくらい日本的ですね」
「絶対なんか秘密があるな」
「ない方が不自然です」
フミタロウは窓の外を眺めたあと、気持ちを切り替えるように声を上げた。
「まあ、明日は町の観光やな!」
「楽しみですね!」
ミルキーも笑顔で応じた。
*
その頃。
宿から離れた暗がりで、一人の男が二階の窓を見上げていた。
手元には、短い報告が書かれている。
怪しい冒険者がヤーナマトへ滞在。
何かを探っている恐れあり。
男はその場を離れ、町外れにある古びた蔵へ向かった。
「報告します」
蔵の奥には、もう一人の人物が座っていた。
どちらも人間だった。
「異国の旅人五名。町への滞在を許可されました」
「……城に入ったのか」
「はい」
「目的は?」
「太陽の魔法を、調べに来たと」
その言葉を聞き、奥の人物の表情がわずかに変わった。
「太陽の魔法……」
少しの沈黙。
「ヤーナマトは、天繋玉のあった地」
机の上には、ヤーナマト周辺の地図と何通もの密書が広げられていた。
「魔王様の天敵となる技術が、眠っていてもおかしくはない」
男は地図へ目を落とした。
「明日も監視を続けろ」
「はっ」
「奴らが何を探り、どこへ向かうのか。一つ残らず報告しろ」
見張りの男が頭を下げる。
影の人物は、静かに続けた。
「古代ヤーナマトの秘を、奴らに渡すわけにはいかん」




