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漏洩の加護  作者: なつみかん
第十六章 ヤーナマト
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第六十一話 おっさん風上を目指す

 翌朝、一行は祠を発った。


 入口ではカレンが見送りに出ており、フミタロウは改めて頭を下げた。


「いろいろありがとうございました」


「お気をつけて。よい旅を」


 カレンに見送られながら、一行は再び交易街道を東へ進み始める。


 しばらく歩いたところで、トルムが地図を広げた。


「このまま東へ進めば、港まではもうそれほど遠くない」


「よし、いよいよヤーナマトやな」


「その前に船ですけどね」


 サンキチが現実的なことを言う。


「お米もありますね!」


 ミルキーまで嬉しそうに付け加えた。


「まだ言ってるのか」


 シルフィエが呆れたように返す。


 一行はそのまま街道を進み、やがて道沿いに小さな村が見えてきた。


          *


 村へ入ると、すぐに普段とは違う様子に気づいた。


 家の前では住民が横になり、薬師が忙しそうに薬草を煎じている。あちこちで咳き込む声が聞こえ、癒し手も休む暇なく患者を診ていた。


 ミルキーは気になったように周囲を見回す。


「病気の方が多いですね……」


「そうだな。この辺りで流行ってるのかもしれん」


 トルムも表情を曇らせた。


 フミタロウは、薬草を抱えて走り回る村人を見送った。


「大変そうやな……」


 一行は村を抜け、そのまま東へ進んだ。


 だが、次に通った集落でも同じような光景が待っていた。


 薬師の店の前には人だかりができ、少し離れたところでは癒し手が治癒魔法を使っている。患者の呼吸は多少落ち着いたように見えるものの、すぐに起き上がれるほど回復している様子はない。


「……ここもか」


 フミタロウが足を止めた。


「治療法、まだ見つかってないんでしょうか」


「薬師も癒し手も、かなり頑張ってるみたいだがな」


 トルムが答える。


 その間も、シルフィエは黙って病人たちを観察していた。


 さらに先の村でも状況は変わらなかった。


 閉ざされた家が増え、薬草を運ぶ人々が街道を行き交っている。寝込んでいる者も少なくない。


「ずっとですね……」


 サンキチが呟いた。


「思ってたより、広い範囲で出てるんやな」


「早く治療法が見つかるといいですね」


 ミルキーは、村を離れてからも何度か後ろを振り返っていた。


 一行はそのまま東へ進んだ。


          *


 やがて、視界の先に海が見えた。


「海や!」


 フミタロウの声が上がる。


 目的地の小さな港町へ入ると、そこにはこれまでの村々とは違う活気があった。


 市場には商品が並び、荷運びの人々が忙しく働いている。漁師や船員の姿も多く、港では船の出入りが続いていた。


 そんな中、ミルキーがふと足を止める。


「……あれ?」


「どうしました?」


 サンキチが尋ねた。


 ミルキーは周囲を見回す。


「病気の人、いませんね」


「ほんまや」


 フミタロウも改めて町の様子を見る。


 街道沿いの村々では、どこへ行っても病人の姿があった。それに比べると、この町はあまりにも普段通りだった。


          *


 一行は宿を取る前に、町の主人へ事情を聞いてみることにした。


「この町では、例の病は出ていないのか?」


 トルムが尋ねる。


「ほとんど聞かんな」


 主人はそう答えた。


「街道沿いは、かなり大変そうでしたけど」


 フミタロウが言う。


「内陸の方は、ひどいらしいな」


 その言葉に、シルフィエが反応した。


「……内陸」


 ちょうどその時、海から吹いてきた風が町の旗や布を揺らした。どれも内陸へ向かってなびいている。


 シルフィエはそれをしばらく見たあと、トルムへ顔を向けた。


「トルム。地図を見せてくれ」


「ん?」


 トルムは言われるまま地図を広げた。


「道中で、病人が多かった場所を覚えてるか?」


「ここですね」


 サンキチがひとつの村を指す。


「この村もです」


 ミルキーも別の場所を示した。


 一行は記憶を辿りながら、病人の多かった場所へ印をつけていく。


 港町と、その周囲に増えていく印を見比べ、シルフィエは眉を寄せた。


「……妙だな」


 そのまま主人へ尋ねる。


「この辺りの風は、普段どちらから吹く?」


「この季節なら、海から内陸へ吹くことが多いな」


 シルフィエはもう一度地図を見る。


「……風か」


「え?」


 フミタロウが聞き返した。


「いや。もう少し確認したい」


          *


 一行は町の中でさらに情報を集めた。


「病が多いのは、この辺りだな」


 商人が地図の一帯を示す。


「北側では、あまり聞かない」


 別の旅人はそう話した。


 他の住民にも同じように尋ねていくうちに、地図の印は増えていった。


 やがてトルムも気づく。


「確かに、ばらばらじゃないな」


「風下側に偏ってませんか?」


 サンキチが言った。


「ああ」


 シルフィエは静かに頷いた。


「昔、エルフの森で瘴気汚染が起きたことがあった」


 一行が彼女を見る。


「その時も、瘴気が風に乗って広い範囲まで流れた」


「今回も?」


 フミタロウが尋ねる。


「まだ断定はできない」


 シルフィエは地図を指した。


「だが、もし病ではなく瘴気によるものなら、風上に原因がある」


「じゃあ、風上をたどれば……」


「原因があるかもしれん」


 サンキチの言葉をトルムが引き継いだ。


 シルフィエはこれまで集めた情報を見比べ、森林地帯の一点を指す。


「話を合わせると、この辺りだ」


「行ってみるしかないな」


 フミタロウが言った。


「原因が分かれば、病気の人たちを助けられるかもしれません」


 ミルキーも迷わなかった。


          *


 一行は港町を離れ、風上へ向かった。


 予測した地点へ近づく途中、ひとつの村へ立ち寄る。


 そこは、これまで見てきたどの村よりもひどい状態だった。


 道を歩いている者そのものが少ない。家々では多くの村人が寝込み、患者を診ている癒し手まで足元をふらつかせていた。


「ひどい……」


 ミルキーが息を呑む。


 その時、向こうから大量の薬草を抱えた薬師が歩いてきた。


 だが、一行の目の前まで来たところで身体が揺れ、そのまま倒れた。


「あっ!」


 ミルキーが駆け寄る。


 シルフィエもすぐに薬師のそばへ膝をついた。


「大丈夫か?」


 水筒を差し出す。


「水だ。飲め」


「ああ……ありがとう」


 薬師は水を口にしたあと、すぐに起き上がろうとした。


「少し休んだ方がいい」


「いや。この薬を飲ませてやらないと、子供たちが……」


 シルフィエの制止にも、薬師は首を振る。


 ミルキーが薬を受け取った。


「わかりました。私が行きます」


「……すまない」


          *


 案内された家の中では、何人もの子供たちが寝込んでいた。


 ミルキーは一人ずつ身体を起こし、薬を飲ませていく。


「ゆっくり飲んでください」


 薬を飲むと呼吸は少し落ち着いたものの、それだけだった。


 ミルキーは続いて治癒魔法を使った。


 淡い光が子供を包む。


 だが、治療を終えても様子に大きな変化はなかった。


「……治癒魔法でも、ほとんど変わりません」


 ミルキーの表情が曇る。


 子供たちを見ていたシルフィエが言った。


「瘴気が原因なら」


 子供の様子を確かめる。


「結界を張らないと、おそらく回復しない」


 フミタロウはクリフトスを見る。


「クリフトスさんは、結界とかできないの?」


「残念ですが、私は白魔法は使えません」


 クリフトスも困ったように子供たちを見る。


「何か良い方法があれば……」


 そこで、ふと顔を上げた。


「そうだ」


 一同が振り返る。


「ミルキー様の天使の笛の力なら、もしかすれば……!」


「そうですよ!」


 サンキチもすぐに反応した。


「魔を払う力って、言ってましたよね」


 ミルキーは手元の天使の笛を見つめる。


「やってみます!」


          *


 ミルキーは子供たちのそばに立ち、天使の笛を構えた。


 静かに息を吸い、演奏を始める。


 笛の音が部屋に流れた。


 しばらくすると、ミルキーの周囲に淡い光が現れ始める。


 光は少しずつ広がり、寝ている子供たちまで包んでいった。


「……光ってる?」


 フミタロウが目を細める。


「今まで、笛を吹いてもこんなことなかったですよね?」


 サンキチも驚いている。


 光に包まれながら笛を吹くミルキーを見て、フミタロウが呟いた。


「これは、どういうことなんやろ?」


「多分、瘴気があるからだ」


 シルフィエが答える。


「浄化されたものが、光として見えてるんじゃないか?」


「なるほど」


 サンキチが頷いた。


「普段は浄化の力が働く必要がないから、光らないんですね」


「さすがはミルキー様! まさに聖女様!」


 クリフトスが感極まったように声を上げる。


「こんな光景を見せられては、このクリフトス、命に代えてもお守りいたすしかありません!」


「前からずっとそうやん」


 フミタロウが即座に返した。


「ほんま、ぶれへんキャラやなクリフトスさん」


 そんなやり取りの間にも、笛の音は続いていた。


 やがて子供たちの呼吸がゆっくりと落ち着き始める。


 顔色も、少しずつ良くなっていった。


「顔色が……!」


 付き添っていた家族が声を上げる。


 ミルキーもそれに気づき、ほっとした表情を浮かべながら演奏を続けた。


 最後の音が消える。


「良かった……」


 ミルキーは子供たちを見つめた。


「ほんとに良かった……」


          *


「この笛で、村全体を浄化できないでしょうか?」


 ミルキーが尋ねた。


「やってみる価値はある」


 シルフィエが答える。


「ほな、村の真ん中でやってみよう」


 一行は村の中央へ移動した。


 ミルキーは広場に立ち、もう一度笛を構える。


「やってみます」


 音色が響く。


 淡い光がミルキーの足元から広がり始め、広場を越え、通りへ流れていった。


 光はさらに家々の中まで届いていく。


 先ほどまで倒れそうだった癒し手が、驚いたように身体を起こした。


「……身体が、少し軽い……」


 薬師も顔を上げる。


「かなり広いですね」


 サンキチが村全体を見回した。


「瘴気が、薄くなってる……」


 シルフィエにも変化が分かるらしい。


 やがて村全体が淡い光に包まれた。


 苦しそうだった村人たちの呼吸も、少しずつ楽になっていく。ただ、寝込んでいた者たちがすぐに起き上がれるほどではなかった。


「すぐ元気になるわけではないんですね……」


 ミルキーが心配そうに言う。


「でも、これ以上瘴気を吸わなければ、回復はできるはずだ」


 シルフィエが答えた。


「それなら、薬も治癒魔法も効く」


 薬師も力を取り戻し始めていた。


 薬師と癒し手たちは、再び患者の治療へ戻っていく。


          *


 ミルキーが笛を止めてしばらくすると、シルフィエが村の外へ目を向けた。


「……やっぱりか」


「また来てる?」


 フミタロウもそちらを見る。


「ああ。村を浄化しても、外から流れ込んでくる」


 薄い淀みが、風に乗って村の方へ流れてきていた。


「発生源を止めないと、終わらないってことですね」


 サンキチの言葉に、フミタロウは村の外へ目を向けた。


「よし。行くぞ」


 ミルキーが再び笛を構える。


 一行は淡い光に包まれながら、風上へ向かって歩き始めた。


 笛を吹くミルキーを中心に、その光の中を全員が進んでいく。


 しばらく歩いたところで、フミタロウがふと言った。


「なんか、パレードしてるみたいやな」


「よく、この深刻な状況でそんなこと言えますね」


 サンキチが呆れたように返す。


「アホ! こんな時こそいつもと変わらずや」


「おまえは、ほんとに緊張感のないやつだな」


 シルフィエも呆れている。


 それでもフミタロウはやめなかった。


 誰もいない道で、満面の笑顔を浮かべ、左右へ大きく手を振り始める。


「まだやってるんですか」


 サンキチの声にも反応せず、笑顔のまま手を振り続ける。


 シルフィエが横目で見る。


「……馬鹿なのか?」


 トルムとクリフトス、それにサンキチの口元が少しずつ緩んだ。


 笛を吹いているミルキーの表情まで、わずかに柔らかくなっている。


 フミタロウだけは、相変わらず誰もいない道へ向かって手を振り続けていた。


 だが――


 気づけば、みんな笑っていた。


          *


 やがて前方に、薄暗い森が見えてきた。


「……そろそろだ」


 シルフィエの声で、一行の表情が変わる。


 森へ近づくにつれて草木は弱り、入口付近では枯れているものも増えていた。動物の気配もほとんどない。


「急に、静かになりましたね……」


 サンキチが周囲を警戒する。


 ミルキーは笛を吹き続けていた。


 その周囲に広がる光は、先ほどよりも明らかに強くなっている。


「光が、強くなっています」


 クリフトスが気づいた。


「瘴気が濃くなってるんだ」


 シルフィエが全員を見る。


「絶対に、ミルキーから離れるな」


 一行は光の範囲から出ないよう、まとまって森へ入った。


          *


 森の奥へ進むほど、草木の様子はひどくなっていった。


 ミルキーの笛を中心に、淡い光が一行を包んでいる。


「また、光が強くなってませんか?」


 サンキチが尋ねる。


「ああ。間違いなく濃くなってる」


 光の外側では、草木が黒ずみ、ほとんど枯れ果てていた。


「天使の笛がなければ、ここまで来ることすら不可能だったでしょうね」


 クリフトスが言う。


「ということは、方向は合ってるってことやな」


「ああ」


 シルフィエは前を見た。


「近いぞ」


 さらに進み、一行は森を抜けた。


 その場で全員の足が止まる。


「……あれか」


 フミタロウが呟いた。


 目の前には岩山があった。


 その斜面に、古びた巨大なダンジョンの入口が口を開けている。


 周囲の草木は完全に枯れ果てていた。


 入口の奥からは濃い瘴気が絶え間なく流れ出し、風に乗って森の方角へと運ばれている。


「間違いない」


 シルフィエが言った。


「この瘴気が、風に乗って村や町まで流れていたんだ」


 ミルキーの周囲に広がる光が、入口から押し寄せる瘴気を押し返している。


 一行はその光の中で、巨大なダンジョンを見上げた。


 内部は何も見えないほど暗い。


「原因は……」


 フミタロウは、その闇の奥を見つめた。


「この中か」


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