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漏洩の加護  作者: なつみかん
第二章 ミルムの天使の笛
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第六話 おっさん、魚をどうするか考える

 商隊の護衛は、拍子抜けするほど平穏に終わろうとしていた。


 ゴブリンに襲われたあの日以来、危険らしい危険には出会っていない。ミルムへ近づくにつれて街道を行き交う旅人や荷馬車の数も増え、道沿いには小さな宿場や休憩所まで見られるようになっていた。


「この辺りまで来れば、もう安心です」


 御者台からナミアが振り返る。


「東の諸国へつながる街道に入りましたから。あと少し進めば、ミルムの町が見えてきますよ」


「なるほどな」


 フミタロウは荷台の縁から身を乗り出し、前方を眺めた。


 すれ違う馬車の数は、アーリアンを出た頃とは比べものにならない。大きな荷物を背負った商人や、杖を手にした旅人の姿も多かった。


「ところで、ミルムってどんな町なんですか?」


 ミルキーが尋ねた。


「大きいんですか?」


「町自体は、それほど大きくありません」


 ナミアは答えた。


「ただ、東西を結ぶ街道沿いにありますから、商人や旅人は多いですね。それに、旅の安全祈願で有名な聖堂があります」


「旅人と商人が多い……」


 フミタロウは、荷台の隅に置かれた大きな樽へ目を向けた。


 中には大量の魚が塩漬けにされている。


 サンキチが魚釣りの加護を試した結果、川の魚を根こそぎにしかねない勢いで釣り上げてしまったものだ。とてもその場で食べ切れる量ではなかったため、ナミアたちに教えてもらい、とりあえず塩漬けにしてここまで運んできた。


「そうや」


 フミタロウは顔を上げた。


「旅人や商人が多いんなら、この魚も売れるんちゃう?」


 ミルキーも樽を覗き込み、少し考える。


「保存食にできれば、買ってくださる方がいるかもしれませんね」


「保存食か」


「干物にするのはどうでしょう?」


「それや!」


 フミタロウは思わず指を鳴らした。


「日持ちする、持ち運びやすい、栄養もある。旅の食料にはちょうどええやん」


 サンキチも身を乗り出した。


「魚の干物に白いご飯と味噌汁があれば最高ですね」


「分かってるな、サンキチくん」


 フミタロウは深く頷いた。


「この世界に米と味噌があるか知らんけど、日本人としては譲れんところや」


 三人はしばらく、焼いた干物と白い飯について熱く語った。


 脂の乗った魚を炙って、熱い飯に乗せる。そこに味噌汁と漬物でもあれば完璧だ。


 完全に話が異世界から離れ始めた頃、ミルキーが首を傾げた。


「ところで、干物ってどうやって作るんですか?」


 三人の会話が止まった。


 フミタロウはサンキチを見る。


 サンキチもこちらを見る。


 最後に二人でミルキーを見た。


「……知らん」


「僕も知りません」


「私もです」


 企画は、始まって一分ほどで行き詰まった。


「誰も作り方知らんのかい」


 フミタロウは樽へ背中を預けた。


 干物なら何度も食べたことがある。味も知っているし、焼き方もなんとなく分かる。


 しかし、自分で作った経験など一度もない。


「魚を開いて塩振って、干すんじゃないですか?」


 サンキチが言う。


「たぶんそうやと思うけど、塩の量とか干す時間とか分からんやろ」


「適当にやったら腐りそうですね」


「怖いこと言うな」


 せっかく異世界へ召喚されたのに、食中毒で死ぬなどあまりにも情けない。


 困った末、フミタロウはナミアへ相談した。


「ナミアさん、魚の干物って知ってます?」


「干物、ですか?」


 ナミアは少し考えた。


「その名前は聞いたことがありませんね」


「やっぱり無理か」


「でも、保存食にするのでしたら、燻製にしてみてはどうでしょう?」


「燻製?」


 それは思いつかなかった。


 煙で燻して水分を抜き、保存しやすくする。詳しい仕組みまでは知らないが、フミタロウも酒のつまみとして何度か食べたことがある。


「魚でもできるん?」


「旅人向けの保存食として、肉を燻製にすることはよくあります。魚でも同じようにできると思いますよ」


 ナミアは樽の中を確認しながら答えた。


「よし、それにしよう」


 フミタロウの決断は早かった。


「ミルム着いたら、魚の燻製作りや」


「私にもできることがあれば、お手伝いします」


「お願いします、ナミア先生」


「先生だなんて」


 ナミアは楽しそうに笑った。


 こうして三人は、魔王討伐より先に、大量の魚をどう加工するかという問題へ取り組むことになった。


          *


 ミルムの町は、大きな聖堂を中心に広がっていた。


 町へ近づくにつれて、石造りの建物が少しずつ姿を現す。中でも目を引くのは町の中央に建つ聖堂だった。高い塔と丸みを帯びた大きな屋根を持ち、フミタロウが元の世界で見たヨーロッパの教会とは少し違う、どこか異国の神殿を思わせる姿をしている。


 その周囲には宿屋や食堂、商店、工房が集まり、旅装の者たちが絶えず行き交っていた。


「立派な建物ですね」


 ミルキーが聖堂を見上げる。


「あれが、旅人に有名な聖堂ですか?」


「そうです」


 ナミアが答えた。


「この町には、天使の笛にまつわる伝承があるんですよ」


「天使の笛?」


 ミルキーが反応した。


 荷馬車が町の門へ向かう間、ナミアはミルムに伝わる話を教えてくれた。


 まだこの地に町すらなかった遥かな昔、一人の旅人がこの辺りを通りかかった。


 旅人は道中で重い病に倒れたという。周囲には薬を求められる村もなければ、助けを求める相手もいない。体は高熱に侵され、とうとう男が死を覚悟した時、空から一人の天使が舞い降りた。


 天使は倒れた旅人の傍らへ座り、一本の笛を取り出した。


 そして、美しい音色を奏でた。


 その音を聞いているうちに旅人の熱は下がり、苦しんでいた病も嘘のように癒えていったという。


 やがて天使は、自らが使っていた笛を旅人へ差し出した。


「伝承では、その時に天使がこう言ったそうです」


 ナミアが少し声を落とす。


「この笛は、大いなる魔を祓う力を持つ。聖なる力を持つ者が現れるその時まで、受け継ぎ、守り続けなさい――と」


 命を救われた旅人はその言葉を守り、この地に小さな聖堂を建てた。


 その後も訪れる病人や傷ついた旅人を助け続け、やがて人々から聖クラウドと呼ばれるようになった。


 彼のもとには少しずつ人が集まり、聖堂の周囲には宿ができ、店ができ、いつしか一つの町になった。


 それがミルムの始まりだという。


「天使から授けられた笛は、今も聖クラウドの子孫によって守られているそうです」


「本物が残ってるんですか?」


 サンキチが驚いた。


「伝承が本当なら、ですが」


 ナミアは笑った。


「それに、この町には笛を作る職人もたくさんいます。天使の笛を模した楽器を作ろうと、昔から多くの職人が集まってきたんです」


 職人たちはギルドを作り、互いに腕を競い合っているという。


 ミルムで作られる上質な笛は『天使の吐息』と呼ばれ、遠い国の音楽家にも知られる高級品らしい。


「へえ」


 フミタロウは改めて聖堂を眺めた。


 天使の奏でた音楽。


 音楽の知識などほとんどないが、一度くらい聞いてみたいと思う。


「タイラーさんたちも、笛を売りに来たんですか?」


 サンキチが尋ねる。


「笛そのものではありませんよ」


 御者台のタイラーが振り返った。


「笛に使われる木材や金属部品を仕入れて、職人たちへ届けに来たんです」


「なるほどなあ」


 荷馬車が町へ入る。


 商人や旅人だけでなく、楽器を背負った者の姿も多かった。店先には大小さまざまな笛や弦楽器、太鼓などが並び、通りのあちこちから演奏する音が聞こえてくる。


「ここまで来れば、護衛の仕事も終わりですね」


 ミルキーが言った。


 タイラーは馬車を止め、ナミアや子供たちとともに荷台から降りた。


「無事にミルムまで来られました。本当にありがとうございました」


 夫婦が揃って三人へ頭を下げる。


「いやいや」


 フミタロウは照れくさそうに頭を掻いた。


「護衛言うても、最初のゴブリン以外なんも起きへんかったし。ほとんどタダで馬車に乗せてもろたようなもんやから」


「何も起きないことが、一番なんですよ」


 タイラーは穏やかに笑った。


「報酬は、積み荷の取引が終わってからお渡しします。二、三日かかると思いますので、その間の宿はこちらで手配しておきます」


「そこまでしてくれるんですか」


「もちろんです」


 ずいぶん気の利く男だった。


「取引、うまくいくといいですね」


 ミルキーが言う。


「ありがとうございます。皆さんも、魚の燻製がうまくできるといいですね」


「そっちも頑張ります」


 フミタロウたちは夫婦と握手を交わし、いったん別れることになった。


          *


「げほっ、げほっ!」


 フミタロウは目を押さえながら、煙の中から転がり出た。


「無理や。目ぇ開かん」


 その隣では、サンキチも涙と鼻水でひどい顔になっている。


「煙が全部こっちに来るんですけど!」


「風向き読めよ、魔法使いやろ!」


「火の魔法使いです!」


 二人が魚を燻しているのは、ミルムの町外れにある空き地だった。


 ナミアに教えてもらいながら木材で簡単な枠を作り、その上へ毛皮を被せて小さな燻製小屋を作った。中には開いた魚を何匹も吊るし、その下で香りのよい木をくすぶらせて煙を送っている。


 魚をさばき、内臓を取って、塩と香草で味をつける作業はナミアとミルキーが担当した。


 フミタロウとサンキチは火と煙の管理担当である。


 言葉だけなら簡単そうだった。


 だが実際にやってみると、煙が少なければ魚に香りがつかず、多くすれば目と喉がやられる。


「大丈夫ですか、二人とも?」


 少し離れた場所で魚を並べていたミルキーが声をかけた。


「もう駄目かも」


 フミタロウはそのまま地面へ仰向けに倒れた。


「ミルキーちゃん、膝枕して」


「目が痛いのと全然関係ないじゃないですか!」


「人生最後のお願いや」


「燻製作りぐらいで死なないでくださいよ、まったく」


 サンキチが目をこすりながら、呆れたように言った。


「軽い冗談やって」


 ミルキーとナミアは顔を見合わせ、困ったように笑っていた。


「しかし、燻製って結構大変なんやな」


 フミタロウは体を起こし、煙を吐き続ける小さな燻製小屋を見る。


「魚釣るより、こっちの方が時間かかってるやん」


「下ごしらえだけで一日半かかりましたからね」


 サンキチが言った。


 魚を開き、内臓を取り、洗う。


 塩と香草へ漬け込み、水分を抜く。そのあと風に当てて乾かし、ようやく今日になって燻す段階まで来た。


 ここからさらに半日ほどかかる予定だった。


「魔王もびっくりやろな」


「何がです?」


「自分倒すために召喚された連中が、町の外で二日がかりで魚燻してんねんで」


 サンキチは燻製小屋を見る。


「たしかに、想像はしていないでしょうね」


 そんな話をしていると、街道の方から一人の青年が歩いてきた。


 旅装の上から質のよいマントを羽織り、背中には細長い楽器入れを背負っている。腰にも、小さな笛を入れるためらしいケースが下がっていた。


「何を作っていらっしゃるんですか?」


 青年は、煙を上げる小さな小屋を興味深そうに眺めた。


「魚の燻製です」


 サンキチが答える。


「まあ、趣味みたいなもんですけど」


 フミタロウも肩をすくめた。


「魚の燻製ですか」


 青年は香りを確かめるように、わずかに鼻を動かした。


「この辺りには大きな川がありませんから、魚は珍しいんですよ」


「初めて作ってるから、味は保証できへんけど」


「それはそれで楽しみではありませんか」


 青年は穏やかに笑った。


「申し遅れました。私はクリフトス。旅の楽士をしています」


 胸へ手を当て、丁寧に一礼する。


「完成したら、少し譲っていただけませんか?」


「別にええけど、ほんま味分からんよ?」


「その点は、あまり心配していません」


 クリフトスは燻製小屋から漂う煙へ顔を向けた。


「先ほどから、とてもよい香りがしていますから」


「夕方くらいにはできると思うで」


「では、それまで町で笛を見てきます」


 クリフトスはミルムの聖堂がある方角へ視線を向けた。


「よい笛が売りに出されていると聞きまして」


「ほな、また後で」


「ええ。楽しみにしています」


 軽く頭を下げると、クリフトスは町へ向かって歩いていった。


          *


 魚の燻製は、思っていた以上の出来になった。


 表面はきれいな飴色に変わり、身には煙と香草の香りが染み込んでいる。


 ナミアが火で軽く炙り、一口大に切り分けた。


「では……」


 最初に手を伸ばしたのはミルキーだった。


 一切れ口に入れ、しばらく噛む。


「おいしい!」


 ぱっと表情が明るくなった。


「こんなおいしい魚、初めて食べました」


「ほんまに?」


 フミタロウも一切れ口へ入れる。


 ほどよい塩気の中に、魚の旨味がしっかり残っている。香草の香りと煙の風味が重なり、噛むほどに味が出てきた。


「うまいな、これ」


 そして非常に酒が欲しくなる味だった。


「よかったです」


 ナミアもほっとしたように息をついた。


「失敗したらどうしようかと思っていましたけど、これなら十分売れると思います」


「大成功やな」


 タイラーや子供たちにも好評だった。


 子供たちは炙った魚を少しずつちぎりながら、嬉しそうに食べている。


 そうして味見を続けているところへ、約束どおりクリフトスが戻ってきた。


「完成したようですね」


「ちょうどええところや。食べてみて」


 フミタロウは炙った燻製を一切れ差し出した。


「いただきます」


 クリフトスはそれを口へ運び、ゆっくり噛んだ。


 すぐに目を見開く。


「これは……」


「どう?」


「うまいですね」


 さらに一口。


 今度は確かめるように慎重に味わう。


「驚きました。煙の香りがしっかり付いているのに、魚そのものの味を邪魔していない」


「ナミアさんの味付けがええんです」


「これがミルムで売られていたら、旅人は放っておかないでしょう」


 クリフトスは約束どおり必要な分を買い取り、その場で代金を支払った。


 さらに鞄の中を探り、小さな酒瓶を取り出す。


「よいものを譲っていただいたお礼というわけではありませんが」


 酒瓶を軽く掲げた。


「一杯いかがです?」


「気が利くなあ」


 フミタロウの返事は早かった。


「飲もう飲もう」


          *


 日が沈む頃には、町の外れに小さな焚き火ができていた。


 焼いた燻製を囲みながら、フミタロウとクリフトスが酒を飲む。ナミアも少しだけ付き合い、ミルキーとサンキチは酒を断って香草茶を飲んでいた。


 焚き火の向こうでは、ミルムの町に少しずつ灯りがともっている。


 昼間まで旅人で騒がしかった街道も静かになり、時折、遠くから荷馬車の鈴が聞こえる程度だった。


「最高やな」


 フミタロウは酒を一口飲んだ。


 異世界へ召喚され、魔王を倒せと言われた。


 それなのに今やっていることは、魚の燻製をつまみに、知り合ったばかりの旅の楽士と酒を飲むことだった。


 何をしにこの世界へ来たのか、少し分からなくなる。


 それでも、悪い時間ではなかった。


「せっかくですから、一曲いかがですか」


 クリフトスが腰のケースから横笛を取り出した。


「お、ええね」


 クリフトスは姿勢を整え、静かに笛へ息を吹き込んだ。


 澄んだ音が、夜の空気へ伸びていく。


 知らない曲だった。派手な旋律ではないが、一日の疲れが少しずつほどけていくような穏やかな曲だった。


 焚き火の炎が揺れる。


 子供たちもいつの間にか話すのをやめ、笛の音へ耳を傾けている。


 なるほど。


 旅の楽士を名乗るだけのことはある。


 演奏が終わると、誰からともなく拍手が起きた。


「すごいですね」


 ミルキーは特に目を輝かせていた。


 しばらくクリフトスの笛を見つめていたが、やがて遠慮がちに声をかける。


「クリフトスさん」


「はい?」


「あの……少し、その笛をお借りしてもいいですか?」


 クリフトスは一瞬驚いたものの、すぐに笑顔を見せた。


「もちろんです」


 笛をミルキーへ渡し、簡単に指の位置や息の入れ方を説明する。


「ミルキーさん、笛を吹けるんですか?」


 サンキチが尋ねた。


「フルートなら、小さい頃から習っていました」


「へえ」


 フミタロウは感心した。


 話し方や雰囲気から育ちのよい子なのだろうとは思っていたが、楽器まで習っていたらしい。


 ミルキーは何度か試しに音を出した。


 この世界の笛は、彼女が知っているフルートとは少し形が違う。それでも指の位置と音の関係を一つずつ確かめるうちに、驚くほど早く扱い方を覚えていった。


 やがて姿勢を整え、笛を口元へ運ぶ。


 最初の一音が鳴った。


 フミタロウは何気なく酒を口へ運びながら聞いていた。


 曲そのものには聞き覚えがある。名前までは出てこないが、元の世界のクラシック音楽だということは分かった。


 ミルキーは上手かった。


 単に音を外さないというだけではない。強弱も滑らかで、旋律に自然な感情が乗っている。


 だが、少し聞いているうちにフミタロウは妙な感覚を覚えた。


 同じ笛だったはずだ。


 先ほどまでクリフトスが吹いていたものと、何も変わっていない。


 それなのにミルキーが吹き始めてから、周囲の空気までわずかに違って感じられる。


 風が止んだわけでもない。


 急に暖かくなったわけでもない。


 うまく説明できない。


 ただ、音が耳から入るだけではなく、そのまま体の中へ染み込んでくるような感覚があった。


 クリフトスだけは、もっとはっきりと何かに気づいたらしい。


 先ほどまで浮かべていた穏やかな笑みが消え、演奏するミルキーを真剣な表情で見つめている。


 やがて懐へ手を入れ、小さな透明の宝石を取り出した。


 それを、ミルキーの方へかざす。


「ん?」


 フミタロウは酒瓶を持ったまま目を細めた。


 宝石の内部に、小さな光が灯っている。


 最初は見間違いかと思うほど弱かった。


 しかしミルキーの演奏が続くにつれ、光は少しずつ強くなっていく。


「何や、あれ」


 サンキチも気づいた。


「光ってますね」


 淡い光は、笛の音へ合わせるように脈打っていた。


 やがて曲が終わる。


 最後の音が夜の中へ消え、ミルキーは静かに笛を下ろした。


「これは……?」


 自分の前で光っている宝石に気づき、不思議そうな顔をする。


 クリフトスはしばらく宝石を確認していた。


「驚きました」


 やがて静かに口を開く。


「あなたの演奏には、魔力が含まれています」


「魔力?」


「ええ」


 クリフトスは宝石をしまった。


「ただ上手に演奏しているだけではありません。音そのものが魔力を帯びています。それが人や、周囲に存在する魔力へ働きかけている」


 ミルキーは、自分が持っている笛を見つめた。


「私、何もしてません」


「だからこそ驚いているんです」


 クリフトスの表情には、先ほどまでの気さくな旅人とは違う、楽士としての強い関心が浮かんでいた。


「おそらく、あなた自身も今まで気づいていなかったのでしょう」


 音感の加護。


 判定された時には、音楽が得意になる程度のものだと思っていた。


 だが、どうやらそれだけではないらしい。


「皆さん」


 クリフトスは三人を見回した。


「明日、私と一緒にミルムの聖堂へ来ていただけませんか?」


「聖堂へ?」


「はい」


 そしてミルキーへ視線を戻した。


「そこなら、あなたの力について、もっと詳しく調べられると思います」


 フミタロウもミルキーを見る。


 当の本人が、一番戸惑っていた。


 戦力外と判断された三人。


 最初に役立つところを見せたのは、サンキチの魚釣りの加護だった。


 そして今度は、ミルキーの音感にも、判定された名前だけでは分からなかった力があるらしい。


 となると、残る一人は。


 フミタロウは自分の手を見る。


 漏洩の加護。


 こちらは相変わらず、何が漏れるのかすら分からない。


「……まあ、ええか」


 フミタロウは酒を一口飲んだ。


 今日は魚もうまかった。


 今すぐ考えたところで、答えが出るわけでもない。


 焚き火は静かに燃え続け、その向こうにはミルムの町の灯りが揺れていた。


 魚をどうするか考えるところから始まった一日は、思いがけず、ミルキーの新しい力へつながることになった


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