第五十八話 おっさん異世界で神社を見つける
ノームの村に滞在して数日。トルムの父親の工房では、一行が待っていた新しい装備がようやく完成していた。
作業台の上には、ベヒモスの革を使った軽量防具と、人数分の揃いの外套が並んでいる。見た目にはしっかりとした厚みがあるが、実際に手に取ると驚くほど軽い。
「できたぞ」
トルムの父が声をかけると、ミルキーはさっそく新しい防具を身につけた。僧侶服の下に着込む形で、以前トルムから購入した手甲とすね当てはそのまま使えるようになっている。
肩を回し、身体をひねってみたミルキーが目を輝かせた。
「軽いです!」
隣ではシルフィエも新しいベヒモス革の鎧を身につけ、腕や腰を動かして感触を確かめている。
「これなら動きを邪魔しないな」
さらに、余った革からは全員分の外套が仕立てられていた。
フミタロウも一着を受け取り、その場で羽織ってみる。並んでみると、素材が同じだけにこれまでより一行らしさが増した気がした。
「おお、なんか一気にお揃い感出たな」
装備の確認を終えると、今度はシルフィエとトルムが工房の一角に地図を広げた。
「次はヤーナマトだ」
シルフィエが東を指す。
「問題はどうやって海を渡るかだな」
トルムの言葉に、フミタロウも地図を覗き込んだ。
「東まで行けば、でかい港くらいあるんちゃう?」
「それがないんだ」
「ないん?」
思っていた答えと違い、フミタロウが顔を上げる。
「東海岸には大きな港町がほとんどない」
「じゃあ、船はどうするんです?」
サンキチも地図へ身を乗り出した。
「ヤーナマトから来る交易船を探すしかないな」
「向こうから来る船に乗るんか」
ヤーナマトへ行くのだから、こちらから船を探すものだと思っていたフミタロウには少し意外な話だった。
トルムはそのまま東海岸を指でなぞる。
「カザンパースの商人たちが東海岸の漁村を交易港にしようとしてる」
「お、そこ行ったらええやん」
「まだ無理だ。完成するのは十年単位で先だろうな」
「壮大すぎるわ」
さすがにそこまで待つわけにはいかない。
「昔からある小さな港なら、ヤーナマトの交易船が立ち寄る場所がある」
「まずそこを目指すか」
シルフィエの言葉に、一行の方針が決まった。
*
詳しい話を聞くため、一行は村にいる商人を訪ねた。
東海岸方面へ何度も足を運んだことがあるらしく、トルムとも顔見知りだった。
「ヤーナマトの船について聞きたい」
「ヤーナマトとの交易か。俺も何度かやったことがあるぞ」
商人は快く応じてくれた。
「向こうから来るのは、絹が有名だな」
見せてもらった絹織物は、ノームの村で作られている布とはまた違った光沢があり、手触りも滑らかだった。
「綺麗ですね」
ミルキーが感心し、シルフィエも興味深そうに眺めている。
「こっちからは革製品や毛織物なんかを持っていく」
「ノームの商品とも相性がいいんだ」
トルムが補足する。
商人はさらに続けた。
「向こうから来る物なら、絹の他には――」
少し考え、何気ない調子で言った。
「米だな」
三人の反応は早かった。
「米!?」
フミタロウ、サンキチ、ミルキーが同時に身を乗り出した。
「なんだ? そんなに珍しいのか?」
突然の食いつき方に、今度は商人の方が驚く。
「カレーできる!!」
「できますね!!」
「カレーライスです!」
三人の中では、先日のスパイススープが完全にカレーとして定着しているらしい。
「目的変わってないか?」
シルフィエが冷静に突っ込んだ。
だが、フミタロウはもう立ち上がっていた。
「よし!」
妙に勇ましい顔をする。
「いざゆかん!」
さらに拳を握りしめる。
「魔王を倒すために!」
そこまではよかった。
フミタロウはさらに力強く続けた。
「米を手に入れるのだ!」
「おお!」
サンキチがガッツポーズで答える。
「ええ?!」
ミルキーが驚いた声を上げた。
「いや、おかしいだろ」
シルフィエが即座に突っ込む。
「また話がおかしな方に進んでますね」
クリフトスも苦笑した。
「魔王と米、どう繋がってるんだ?」
トルムには完全に意味が分からないようだった。
商人も呆れたように三人を見る。
「……米がそんなに珍しいのか?」
「珍しいというか、重要なんです」
フミタロウが妙に真面目な顔で答え、サンキチも隣で頷いた。
「米はもういい。肝心の船はどうなんだ?」
シルフィエが話を戻す。
「米は大切やぞ」
「黙ってろ」
フミタロウはあっさり封じられた。
商人は地図を広げ、東海岸の一点を指す。
「交易船が来るのは東海岸の小さな町だ。昔からある小さな港だ」
「ヤーナマトの船は定期的に来るのか?」
「いや。天候や積荷にも左右される。きっちり決まってるわけじゃない」
それでは、港へ着いた時に都合よく船がいるとは限らない。
だが商人は続けた。
「ただ――そろそろ次の交易船が来る時期だ」
「なら、早めに向かった方がいいな」
「ああ」
シルフィエとトルムが頷いた。
「船を逃したら米が遠のく」
「それは困りますね」
「お前らの目的は米じゃない」
シルフィエの突っ込みにも、二人はまるで悪びれなかった。
「港までなら交易街道が通ってる。こっちから東へ抜ければいい」
「馬ならどれくらいだ?」
「五日くらい見ておけばいいだろう」
道筋も決まり、一行は出発の準備を整えた。
「よし、米への道や」
「ヤーナマトへの道だ」
最後まで訂正するシルフィエを連れ、一行は東への交易街道へ入った。
*
村を離れて東へ進むにつれて、景色は少しずつ変わっていった。
乾燥していた土地にも草木が増え始め、やがて林や森が目につくようになる。
街道の脇には、ところどころ古びた石像や崩れた石壁が残されていた。
「この古そうな遺跡は?」
馬上から眺めていたフミタロウが尋ねる。
「海に沈んだ国の遺跡だとか聞いたことはあるが、ほんとかどうかは知らん」
トルムの答えに、サンキチが反応した。
「それって古代ヤーナマト王国のことじゃ?」
「話がつながりますね」
クリフトスも森の中に残る石造物へ目を向ける。
木々に呑み込まれ、わずかに形だけを残しているものもあれば、長い年月を経てもなお街道の脇に立ち続けているものもあった。
「へえ……ロマンあるな」
フミタロウは、しばらく遺跡を眺めながら馬を進めた。
さらに東へ進むと、遺跡の数は少しずつ増えていった。
「昔はこの辺にも結構人が住んでたんかな」
「どこに行っちゃったんでしょうね」
ミルキーの言葉に、フミタロウも周囲を見回す。
「今はこの辺、人住んでないん?」
「街道沿いに小さな村はいくつかあるぞ」
トルムがそう答えた時だった。
フミタロウが鼻を動かした。
「……なんか、焦げ臭くない?」
シルフィエの表情がすぐに変わった。
「少し警戒しよう」
一行は速度を落とし、周囲を警戒しながら進んだ。
やがて街道の先に、小さな村が見えてくる。
だが、そこに人の姿はなかった。
*
村は焼け落ちていた。
家々の多くは黒く焦げ、屋根は落ち、壁だけが残っている。火事からはかなり時間が経っているらしく、煙や炎はもうどこにも見当たらなかった。
「……誰もいません」
ミルキーが周囲を見回す。
「何があったんや?」
フミタロウも馬を降りた。
シルフィエは地面や焼けた家々の周辺を確認しながら、やがて眉を寄せる。
「妙だな」
「確かに」
クリフトスも何かに気づいたようだった。
「?」
フミタロウにはまだ分からない。
「襲われたのなら、遺体が残っていてもおかしくない」
その言葉を聞いた瞬間、トルムの顔色が変わった。
「……まさか!」
一行を振り返る。
「すぐにここを離れるぞ! 急げ!」
声に緊張が走っている。
理由を聞くよりも先に、一行は村を離れた。
*
トルムは地図を確認しながら街道を外れ、林の中へ入っていく。
「こっちだ」
しばらく進むと、小さな滝と清流が現れた。
「ここ?」
フミタロウが尋ねる。
「全員、水浴びだ」
「はい?」
あまりに唐突で、思わず間の抜けた声が出る。
「あの村が流行り病で放棄された可能性がある。念のため身体も服も洗っておこう」
そこでようやく、トルムが慌てた理由が分かった。
村に何があったのかは分からない。だが病気が原因で捨てられたのなら、知らずに何かを持ち出している可能性もある。
誰も反対はしなかった。
身体と衣服を洗い終え、しばらく清流のそばで休んだところで、トルムはようやく表情を緩めた。
「よし、ひとまず安心だろう」
「流行り病とか怖いな。よくあることなん?」
「村を放棄するほどの病は珍しい。今回は念のためだ」
「病とは限らない」
シルフィエはまだ周囲を警戒している。
「何か危険な魔物が現れて、村を捨てた可能性もある」
「それも嫌やな」
「結局、何があったかは分からんな」
トルムの言う通り、今の段階では判断できる材料がなかった。
一行が滝のそばで休んでいると、不意に背後から声がした。
「旅の者か?」
一斉に振り返る。
シルフィエは反射的に弓へ手をかけたが、トルムがそれを制した。
一人の人物が、少し離れた場所に立っていた。
「私はこの近くにある祠の守り人だ」
「われわれは東へ旅をしている者です」
トルムが代表して答える。
「東へ……」
守り人は一行の姿をしばらく眺めた。
「ここで夜を明かすつもりなら、やめておいた方がいい。夜になると魔物が出る」
すでに日は傾き始めていた。
「よろしければ、祠へ来られるがよい」
「ええんですか?」
「ええ、もちろん」
守り人は滝へ目を向けた。
「私も身を清めてから、ご案内いたしましょう」
*
守り人に案内され、森の中を進む。
しばらくすると木々の間から、一棟の木造建築が見えてきた。その横には岩肌に開いた洞窟もある。
ところが、フミタロウ、サンキチ、ミルキーの三人は、建物そのものよりも入口付近の意匠に目を奪われていた。
三人揃って足を止める。
「……神社やな」
「神社です」
「しめ縄です」
シルフィエ、クリフトス、トルムの三人には、何を言っているのか分からない。
「……何の話だ?」
「いや、こっちの話」
フミタロウ自身も、どう説明すればいいのか分からなかった。
祠へ着くと、守り人が一人の女性を紹介した。
「カレン様。こちらは旅の方々です」
「ようこそ。ここは安全です。どうぞお休みください」
穏やかな笑みを浮かべるカレンへ礼を言いながらも、三人の視線はまだ建物の意匠へ向いていた。
「ここは……神社なんですか?」
サンキチが尋ねる。
「はい?」
カレンが首をかしげた。
「神社?」
三人の方が困惑した。
ミルキーが入口を指す。
「じゃあ、あの縄は何ていうんですか?」
「しめ縄です」
三人が再び固まった。
「やっぱり神社ですやん」
「???」
カレンには何が不思議なのか分からないらしい。
「えーっと……」
フミタロウは別の言葉を探した。
「社ですか?」
その瞬間、カレンの表情が変わった。
「……なぜ、その言葉を?」
「え?」
「今では使われていませんが、『社』という呼び名は古い言葉として伝わっています」
今度はフミタロウたちが顔を見合わせた。
偶然にしては、あまりにも似すぎている。
*
祠の中へ通されたあと、フミタロウたちは自分たちの事情をカレンへ説明した。
「俺ら、この世界の人間じゃないんです」
カレンは驚きながらも、黙って話を聞いている。
「魔王を倒すために太陽の魔法を探しています」
サンキチが続けた。
「その手がかりを探して、ヤーナマトへ向かっているんです」
ミルキーの言葉を聞き、カレンはしばらく考え込んだ。
「そうですか。太陽の力を探して、ヤーナマトへ……」
やがて、しめ縄へ目を向ける。
「私たちは古代ヤーナマト王国の民の末裔だと言われています」
一行が静かになる。
「あなた方の世界にも、しめ縄や社というものがある……何か繋がりがあるのでしょうか」
フミタロウたちにも答えはなかった。
ただ、無関係だと言い切るには似ているものが多すぎる。
「古代ヤーナマト王国について、教えてもらえませんか?」
サンキチが尋ねた。
「私たちに伝わっている話でよければ」
カレンはゆっくりと話し始めた。
「かつて、この地には巨大な王国がありました」
今では伝承の中にしか残っていない古代の国。
「太陽の力を操り、夜でさえ昼のように明るい、不夜の都だったといいます」
それはフミタロウたちがこれまで聞いてきた、古代ヤーナマト王国の話とも一致していた。
「しかし、大きな災いによって、王国の大半は海へ沈んだと伝えられています」
一行は黙って聞いていた。
トルムが地図を広げる。そこには、巨大な海と、その周囲に点在する島々が描かれている。
「もしかして、この巨大な海の部分が……?」
「伝承では、かつてそこにも大地があったとされています」
カレンは地図の島々へ指を移した。
「現在残っている島々は、当時の高地だった場所だとも言われています」
「こんなに大きな国だったんですか……」
ミルキーが地図を見つめる。
「ほとんど全部沈んだってことですよね」
「想像以上ですね」
サンキチとクリフトスも、地図から目を離さない。
フミタロウはしばらく考えてから尋ねた。
「じゃあ、今のヤーナマトにも昔のことが残ってるんですか?」
「古い伝承を守っている者たちはおります」
カレンが頷く。
「神官や巫女の中には、古代ヤーナマト王国について多くの伝承を受け継ぐ者もいるでしょう」
「なら、太陽の魔法についても何か分かるかもしれんな」
「ええ。ヤーナマトへ向かわれる意味はあると思います」
「やっぱり行くしかないですね」
サンキチが言う。
「米もあるしな」
「それはもういい」
シルフィエの突っ込みが、静かになっていた場を少しだけ和らげた。
*
話が一段落したところで、カレンが立ち上がった。
「せっかくですから、祠の泉にお参りされてはいかがですか?」
「はい、ぜひ」
一行はカレンに案内され、建物の横にある洞窟へ入った。
奥へ進むにつれて、暗いはずの洞窟に淡い光が混じり始める。
やがて開けた場所へ出ると、その理由が分かった。
泉そのものが淡く光っていた。
「うお……すげえ」
フミタロウが思わず声を漏らす。
「水が光ってます」
「綺麗……」
サンキチとミルキーも、泉から目を離せない。
「これはすごいな」
シルフィエも素直に感嘆した。
「話には聞いていたが、本当に光ってるんだな」
トルムも初めて見るらしい。
ミルキーが光る泉の前へ立つと、その淡い光が僧侶服や髪に反射した。
「これは美しい……」
クリフトスが感動したように息を吐く。
「光る泉の前に立つミルキー様が、もはや神々しいです」
「お前だけなんかちゃうぞ」
フミタロウがすぐに返した。
カレンは泉へ目を向ける。
「この水には、太陽の力が宿ると言われています」
一行の表情が変わった。
「古い伝承では、夜を照らした天照魔法にも、この水が触媒として使われたとされています」
太陽の魔法を探してここまで来た一行にとって、聞き流せる話ではなかった。
「ですが、その魔法の知識は王国とともに失われました」
カレンはそう言うと、小さな瓶を差し出した。
「この水をお持ちになれば、何かの役に立つやもしれません。どうぞお持ち帰りください」
「え? いいんですか?」
「ええ」
カレンは静かに微笑んだ。
「あなた方を、お守りしてくださるはずです」
一行は小瓶へ泉の水を汲んだ。泉から離れても、水は瓶の中で淡い光を失わない。
それを見ていたミルキーは、何か思いついたように小さな瓶を人数分用意した。それぞれに水を分け、紐を通して首から下げられるようにする。
「これ」
出来上がった小瓶を手に取り、みんなを見回す。
「みんなで持ちませんか?」
瓶の中では、今も淡い光が揺れていた。
「お守りにしましょう!」
やがて一行全員の胸元に、小さく光る泉の水が下がった。
その水にどのような力があるのか、今はまだ誰にも分からない。




