第五十七話 おっさん半額をかけて虎人店主と戦う
魔物素材店「俺とお前の魔物素材」の裏手には、店先からは想像できないほど広い空き地があった。地面は固く踏み締められ、太い丸太や重り、打ち込み用の柱まで並んでいる。どうやら商品を置くための場所ではなく、店主が普段から身体を鍛えている専用のトレーニング場らしい。
その中央で、虎人の店主は太い腕を回しながら準備運動をしていた。向かいに立つフミタロウは、改めてその大柄な身体を見上げる。先ほどの勢いで手合わせを引き受けることになったものの、どう考えても素手で向かいたい相手ではなかった。
「ルールは簡単や。どっちかがまいったと言うまで」
「……ほんまにやるん?」
「煮え切らんやつやな。軽いスキンシップや」
「獣人の世界って恐ろしいな……」
店主にとっては軽いスキンシップらしいが、フミタロウには殴り合いにしか見えない。それでも、ここまで来て断るのも癪だった。
「分かったよ。やるよ」
「そうこなくっちゃな!」
店主が嬉しそうに笑う。
少し離れた場所では、ミルキーやクリフトスたちがすでに座って見物する態勢に入っていた。フィオもその中にいるのだが、その隣にはちゃっかりサンキチが座り、何やら楽しそうに話している。
それに気づいたフミタロウは、思わずそちらへ目を向けた。
「……あいつ。俺がこんな状況なのにウキウキしてるやん」
ちょうどその時、サンキチもこちらを見た。
「えへへ」
「!!」
悪びれもしない笑顔を向けられ、フミタロウはしばらく絶句した。言いたいことはいくらでもあったが、今は目の前の虎人の方が問題だった。
「……まあええわ」
店主へ向き直り、腰を落として構える。
「んじゃ、いくで!」
その言葉が終わった直後、店主の巨体が一気に間合いを詰めた。
「――っ!」
フミタロウが反応するより早く、拳が腹へ突き刺さる。
ドゴッ!!
「ぐっ……!」
身体がくの字に折れた。肺の中の空気を一気に吐き出しながらも、どうにか足を踏ん張り、数歩下がって距離を取る。
「はやっ!」
「お? 今ので立ってるか!」
店主は少し意外そうな顔をしたあと、すぐに楽しそうな笑みに戻った。
「フミタロウさん!」
「いきなりですか!?」
ミルキーとサンキチから声が飛ぶ。
「まだ軽く入れただけだぞ」
フィオだけは平然としていた。
「……あれで?」
「速いな」
「ええ」
シルフィエとクリフトスも、店主の動きを注意深く見ている。
フミタロウは腹を押さえながら身体を起こした。
「軽いスキンシップの威力ちゃうやろ……!」
拳の重さも十分脅威だったが、それ以上に厄介なのは速さだった。
「見た目からパワータイプかと思ったが……」
太い腕に分厚い胸板、大柄な身体。どう見ても力で押すタイプにしか見えないのに、店主は軽快な足取りで間合いを測っている。
「めちゃくちゃ速いな。これは大変や」
その姿を見ているうちに、以前バサルスから教えられた言葉がフミタロウの頭に蘇った。
『ほとんどの魔物は人間より速い』
特訓の最中、バサルスはいつもの厳しい顔でそう言っていた。
『重装備の剣士じゃ防御してるだけで当てることすら難しい』
魔物を相手にする以上、攻撃を受け止めることだけを考えていては、そもそも追いつけない相手がいる。
『だが武闘家は違う。軽装だがその分、スピードがある』
そして、バサルスはいかにも簡単なことのように続けた。
『避けて当てる。だから武闘家は強いんだ』
もっとも、その説明をした直後には、避ける訓練だと言ってフミタロウを容赦なく殴り倒していた。
「……と偉そうに言いながらボコボコにしてくる嫌なじじいや」
思い出すと今でも腹が立つ。
それでも、あの特訓が無駄ではなかったことも確かだった。
「まあ、確かに避けるのはうまくなったからな」
店主が踏み込む。
今度は拳が来る瞬間が見えた。フミタロウは紙一重で身体をずらし、続けて飛んできた蹴りにも付き合わず、後方へ跳んで距離を取る。
「お! やるやないか!」
「まあ、陰険なじじいにしごかれたからな」
「面白いな! いくで!」
そこからの攻撃は、先ほどまでとは比べものにならなかった。
拳、蹴り、肘が途切れることなく襲いかかる。まるで散弾銃のような連撃に、フミタロウは後退しながら必死に身体をずらしていった。
「くそっ! 速い……!」
すべてを避け切ることはできない。肩や腕、脇腹には何発もの攻撃を受けた。それでも頭やみぞおちといった危険な場所だけは、どうにか外していく。
店主が大きく拳を振った。
フミタロウがそれをかわした瞬間、脇が開く。
「だが――ここだ!」
蹴りが店主の胴へ直撃した。
ドゴッ!!
「おお! いいの入れるじゃねーか!」
手応えはあった。しかし店主は、多少身体を揺らしただけで平然としている。
「……効いてないよな~」
そこからしばらく、攻撃と回避、反撃の応酬が続いた。
最初は店主の速度に振り回されていたフミタロウだったが、少しずつその動きに慣れ始めていた。被弾する回数も、目に見えて減っている。
「全然ダメそうですね」
外から見ていたサンキチには、まだ一方的に押されているように見えるらしい。
「いや」
「え?」
フィオは二人から目を離さないまま言った。
「だんだんタイミングが取れてきている。あいつ、なかなかやるな」
「そうなんですか?」
「ああ」
言われて改めて見れば、確かに先ほどまでとは違う。フミタロウはただ逃げ回っているのではなく、店主の攻撃を見ながら次の動きを探っていた。
やがて、その視線が店主の足元で止まる。
大振りの拳が来る直前、右足が一度だけ後ろへ下がった。
「……あれ?」
もう一度、大きな拳が来る。
やはり、その直前に右足が下がった。
「大振りのパンチが来る前、必ず右足が下がる癖があるな」
癖が分かれば、次の攻撃も予測できる。
「そのタイミングでかまいたちを出せば……」
フミタロウは間合いを測った。
再び店主の右足が後ろへ下がる。
「スピードでいけるか?」
さらに一度。
右足が動いた。
「ここだ!」
「かまいたち!」
鋭い風の刃が走り、店主の胴鎧を切り裂いた。
「おお! そんな技、隠してやがったのか!」
「別に隠してるわけやないけどな」
普通なら警戒するところだが、店主はむしろ嬉しそうだった。
「面白いやんけ! 本気でいくぞ!」
大きく腰を落とした、その瞬間だった。
グキッ!
妙に生々しい音が響く。
店主の動きが止まった。
「…………」
誰も動かない。
やがて店主の顔が一気に苦痛へ歪んだ。
「いたたたたたた!!」
腰を押さえ、そのまま固まる。
「なんや? 大丈夫か?」
「久しぶりに本気で回避しようとしたら……腰が……」
一同が沈黙した。
サンキチが恐る恐る口を開く。
「……ぎっくり腰?」
フミタロウも、どうしていいのか分からないまま店主を見る。
「勝負、これで終わりなん?」
しばらく静寂が続いた。
次の瞬間。
「あははははは!!」
特にフィオは腹を抱えて笑っていた。
「あはははは!」
「あんたの負け~!」
「あははははは!」
「うるさい! 笑うな!」
店主は怒鳴ったが、腰を押さえたままでは迫力も半減している。
フミタロウも苦笑しながら頭をかいた。
「まあ、勝ったわけではないけどな。全然、勝てる気せえへんわ」
それでも店主は、約束をなかったことにはしなかった。
「男に二言はない。約束どおり半額だ」
「いいのか?」
「仕方ないやろ。これで約束守らんかったら俺が恥をかく」
「すでに恥ずかしいぞ」
「それを言うな!」
フィオの一言に店主が即座に言い返し、フミタロウも思わず笑った。
「そうか。ありがとう」
「その代わり! 一人一点だけやからな!」
そこだけは絶対に譲らないらしい。
しばらく休んで腰の痛みが少し落ち着いた頃、店主は改めてフミタロウを見た。
「それにしても、お前、人間にしてはいい動きするな」
「人間にしては?」
フミタロウは、その部分だけが妙に引っかかった。
「特に回避がうまい。最初より、どんどん俺の動きに合わせてきてたやろ」
「まあ、避けんと痛いからな」
「人間の戦士ってのは、やたら装備を付けて動きが遅いやつが多い。そのくせ妙に偉そうなやつも多いしな」
「なんか人間に恨みでもあるん?」
するとフィオが横から笑いながら口を挟んだ。
「こいつな、高慢な人間の客が来たらこうやって叩きのめすのが趣味なんだ」
「酷い店やな」
「趣味と実益を兼ねた商売と言ってくれ」
「言い方変えても酷いけどな」
「それに、売り物はいいものばかりだ」
店主は店の方を指した。
「嫌な奴に売りたくないしな」
「……そこはちょっと分かるわ」
「だからって毎回殴る必要はないんだぞ」
フィオが呆れたように言う。
「分かりやすいやろ」
「やっぱ酷い店やな」
*
店内へ戻ると、今度こそ本来の目的だったエンチャントオイル選びが始まった。
棚には色も濁り方も違う小瓶がびっしりと並んでいる。フミタロウには、何がどう違うのか見ただけではまったく分からなかった。
「さて、エンチャントオイルを選ばなあかんけど、何がいいのかさっぱり分からん」
「そうだな。魔法の属性を強化するか、攻撃への耐性をつけるか、特殊な効果をつけるか。そんなところだな」
トルムが大まかな種類を説明すると、ミルキーが棚を見ながら尋ねた。
「回復魔法の効果を強くできるものとかありますか?」
フィオは少し考えたあと、一本の瓶を手に取った。
「それならこれかな。ホーリーラビットのやつだな」
「ホーリーラビット?」
「ああ。白属性を持つ珍しい魔物だ」
ミルキーが興味深そうに瓶を覗き込む。
「こいつから作ったオイルは白魔法との相性がいい」
その説明を受け、トルムも頷いた。
「白魔法の能力を上げてくれるからな。重宝される素材だ」
「じゃあ、これにします!」
ミルキーは迷わず決めた。
「ミルキーにはちょうどよさそうやな」
続いてフミタロウは少し考えながら一同を見回した。
「次は」
視線がシルフィエで止まる。
「シルフィエか」
フィオはシルフィエの装備や身のこなしをしばらく眺めてから、棚から暗い色の小瓶を取った。
「お前ならこれが合いそうだな」
「これは?」
「ナイトフォックスのエンチャントオイルだ。気配を薄くして足音も抑えてくれる」
「ナイトフォックスってどんな魔物なんですか?」
「狩るのが、かなり面倒な奴だ」
フィオは少し嫌そうな顔をした。
「警戒心が異常に強くてな。こっちが背中を見せるくらいしないとまず襲ってこない」
サンキチは森の中でそんな魔物を探す場面を想像したのか、わずかに眉を寄せた。
「一度隠れられたらもう、どこに行ったか分からなくなる。レンジャー系の職業には人気のオイルだ」
「……それはいいな」
「めちゃくちゃシルフィエ向きやな」
今回はシルフィエも反論しなかった。
すると今度は、サンキチが待ってましたとばかりに身を乗り出した。
「フィオさん!」
「ん?」
「僕のも選んでください!」
「私が?」
「はい! こういうの全然分からないので」
「お前は魔法使いなんだろ?」
「はい。火の魔法を使います」
「火属性なら威力を上げる物もあるが……」
いくつかの瓶へ視線を向けたフィオに、サンキチは自分の希望を伝える。
「魔力量はマギアスロットがありますから、できれば制御しやすくなるものがいいです」
「制御か」
フィオは棚の奥まで目を走らせ、一本の瓶を取り出した。
「それならこれだな」
「これは?」
「リッチのエンチャントオイルだ」
聞き慣れない素材に、サンキチが瓶を見つめる。
「高度な魔法を使う魔物でな。魔力の制御能力が異常に高い」
フィオは瓶を軽く持ち上げた。
「魔法の威力そのものより、形や範囲を調整しやすくなる」
「それがいいです!」
サンキチは即決した。今まで魔法の威力より制御に苦労する場面も多かっただけに、求めていた効果に近いのだろう。
ところが、その横で店主が瓶を見たまま固まっている。
「お前それ……高いんやぞ」
「どれでも半額って言ったの、あんただろ」
「うう……」
サンキチは少し申し訳なさそうな顔をした。
次にフミタロウがクリフトスへ目を向ける。
「次はクリフトスやな」
「どんな魔法を使う?」
「雷魔法が中心ですが、防御や補助魔法も使います」
「補助魔法か」
フィオはしばらく棚を眺め、一本の瓶を選んだ。
「なら、これだな」
「これは?」
「ハーモニーバード。歌声に魔力を乗せる珍しい鳥型の魔物だ」
名前を聞いたクリフトスは、興味深そうに瓶へ目を向ける。
「歌を聞いた仲間の身体能力や魔法の効果を一時的に高める」
仲間を支援する性質を持つ魔物らしい。
「このオイルも補助魔法の効果を強めてくれる」
「それは私に合いそうですね」
「しかも歌う鳥やろ? クリフトスにぴったりやん」
「では、これにしましょう」
クリフトスも納得したように瓶を受け取った。
残るはフミタロウだった。
「さて、俺は何がええんやろな」
「お前は俺が選んだる」
「お?」
店主は腕を組み、先ほどの手合わせを思い返すようにフミタロウを見る。
「さっき手合わせしてだいたい分かった。お前、動きは速い」
そこから、足元や構えを改めて確認する。
「避けるのもうまい。相手の動きを見て当てるのも悪くない」
「褒めるやん」
「でも、一発が軽い。貫通力が足りん」
店主は自分の胴を指した。
「さっきの蹴りもちゃんと入ってた。だが俺みたいな硬いやつ相手じゃ表面で止まる。中まで通ってこん」
フミタロウは先ほどの手応えを思い返した。いい位置へ蹴りを入れたはずなのに、店主の体勢を崩すことすらできなかった。
「当てても倒せんってことか」
「そういうことや」
店主は棚から二本の瓶を取り出し、並べて置いた。
「これか、これだな」
「二つ?」
まず一つ目を指す。
「一角牛。パワーと突進力、それに貫通力を上げる」
続いて、もう一本。
「こっちはマスターコング。一撃の破壊力を上げる」
どちらもフミタロウの弱点を補うものではあるが、方向性が少し違うようだった。
「好きな方選べ」
「じゃあ、マスターコングで」
その瞬間、店主の表情がほんの少しだけ緩んだ。
フィオがそれを見逃さなかった。
「一角牛じゃないのか?」
「いや、名前で決めたんやけど。こっちの方がいい?」
「性能の方向が違うだけだ」
フィオは一拍置いた。
「一角牛の方が値段は倍くらい高いぞ」
「なに! ほんなら一角牛にする!」
「お前……」
店主が恨めしそうにフィオを見る。
「いらんことを……」
「やっぱり安い方を選ばせるつもりだったんだな」
「半額なんやぞ! 少しくらい考えさせろ!」
最後に店主がトルムへ向き直った。
「で、お前は何にする?」
「俺はこれだな」
トルムは迷うことなく、注文を受けている商品に使うためのオイルを選んだ。
それを見たフミタロウが不思議そうに尋ねる。
「もっと高いやつ買わんのか?」
せっかく半額になるのだから、高価なものを選んだ方が得に思える。
「せっかく半額なんやから、高いやつ買った方が得ちゃうの?」
「そんなもん、使い道がなければただの在庫だ」
トルムは選んだ瓶を確認した。
「いつまでも置いとける物でもないしな」
そして、そのまま店主へ差し出す。
「これで十分。利益は出る」
「……ちゃんと商人やな」
「当たり前だ」
*
買い物を終えると、トルムは仕入れた品を確認してから店主へ礼を言った。
「いい買い物ができたな。ありがとう」
「おう」
フミタロウは大きく伸びをしたところで、ふと思い出した。
「そうだ。せっかく来たんやし、この町で名物とかないの?」
腹を押さえる。
「腹へったわ」
「確かに、お腹すきましたね」
ミルキーも同意する。
フィオは少し考えた。
「肉料理ならここにしかないって物でもないからな」
しばらく考えてから、一つ思いついたように続ける。
「スパイス料理がいいかな」
「へー」
「食べると元気が出るぞ」
フィオの案内で、一行は街の料理店へ向かうことになった。
ラーナの通りを歩いていると、やがて風に乗って強い香辛料の香りが漂ってくる。
「……ん?」
フミタロウが足を緩めた。
サンキチも鼻を動かし、ミルキーも同じ匂いに気づく。店へ近づくほど、その香りははっきりしてきた。
刺激の強い香辛料の匂い。それでいて、三人にとっては妙に馴染みがある。
フミタロウが目を見開き、サンキチも同じ顔をした。
「これは!!!」
「まさか!!!」
「なんだ?」
フィオだけは、二人がなぜそこまで驚いているのか分からない様子だった。
料理店で出されたのは、肉や野菜が入った濃厚なスパイススープだった。とろりとした汁へパンを浸して食べるらしい。
料理が卓上へ並んだ瞬間、フミタロウ、サンキチ、ミルキーの三人は揃って凝視した。
「カレーや……」
「カレーですね……」
「カレーです!」
フィオが首をかしげる。
「カレー?」
目の前の料理を指した。
「これはスパイススープだぞ」
フミタロウはパンを浸し、そのまま一口食べた。
「うまっ!!!」
一拍置いて、顔が変わる。
「辛っ!!!」
サンキチも続けて口へ運ぶ。
「辛い!」
それでも、すぐにもう一口食べた。
「でも美味い!」
ミルキーも負けずに食べる。
「おいしいです! でも辛いです!!」
そこから三人は、大騒ぎしながら食べ続けた。
「辛い! でも美味い!!」
「止まらないですね、これ!」
「口が痛いです! でも、もう一口!」
「ははは! 気に入ったみたいだな!」
フィオは三人の様子を見ながら楽しそうに笑っている。
「いつものことですね」
クリフトスは慣れた様子で食事を続けていた。
「……騒がしい」
シルフィエだけは、相変わらず呆れた顔をしていた。
しばらくして食事も落ち着いた頃、サンキチはまだ上機嫌だった。
「フィオさん、すごく美味しいです」
「そうか。よかった」
フィオも素直に笑う。
その様子を向かい側から見ていたフミタロウは、にやにやしていた。
「ほんま、分かりやすいやつやな〜」
そして何気なくフィオへ顔を向ける。
「ところでフィオさん、可愛らしいけど」
サンキチが一瞬固まった。
「恋人とかいるの?」
「ん?」
フィオは特に気にした様子もなく答えた。
「旦那も子どももいるぞ」
「え! そうなんか」
フミタロウは素直に驚いた。
「どうりで、しっかりしてるなと思ったわ」
そう言って横を見る。
サンキチが完全に停止していた。
先ほどまでの笑顔も消え、何も言わずに固まっている。
ミルキーが心配そうに顔を覗き込んだ。
「サンキチさん……」
フミタロウはそんなサンキチを見て、またにやにやし始めた。
「恋やぶれて、山河ありやな」
サンキチは真顔で返した。
「それ、国破れて山河ありです」
一拍置いてから、どうでもよさそうな顔で付け加える。
「いや、別にどうでもいいですけど」
フミタロウは何も言わず、ただ楽しそうにサンキチを見ていた。




