↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漏洩の加護  作者: なつみかん
第十四章 ノームの村と獣人族の街
PR
58/70

第五十七話 おっさん半額をかけて虎人店主と戦う  

魔物素材店「俺とお前の魔物素材」の裏手には、店先からは想像できないほど広い空き地があった。地面は固く踏み締められ、太い丸太や重り、打ち込み用の柱まで並んでいる。どうやら商品を置くための場所ではなく、店主が普段から身体を鍛えている専用のトレーニング場らしい。


 その中央で、虎人の店主は太い腕を回しながら準備運動をしていた。向かいに立つフミタロウは、改めてその大柄な身体を見上げる。先ほどの勢いで手合わせを引き受けることになったものの、どう考えても素手で向かいたい相手ではなかった。


「ルールは簡単や。どっちかがまいったと言うまで」


「……ほんまにやるん?」


「煮え切らんやつやな。軽いスキンシップや」


「獣人の世界って恐ろしいな……」


 店主にとっては軽いスキンシップらしいが、フミタロウには殴り合いにしか見えない。それでも、ここまで来て断るのも癪だった。


「分かったよ。やるよ」


「そうこなくっちゃな!」


 店主が嬉しそうに笑う。


 少し離れた場所では、ミルキーやクリフトスたちがすでに座って見物する態勢に入っていた。フィオもその中にいるのだが、その隣にはちゃっかりサンキチが座り、何やら楽しそうに話している。


 それに気づいたフミタロウは、思わずそちらへ目を向けた。


「……あいつ。俺がこんな状況なのにウキウキしてるやん」


 ちょうどその時、サンキチもこちらを見た。


「えへへ」


「!!」


 悪びれもしない笑顔を向けられ、フミタロウはしばらく絶句した。言いたいことはいくらでもあったが、今は目の前の虎人の方が問題だった。


「……まあええわ」


 店主へ向き直り、腰を落として構える。


「んじゃ、いくで!」


 その言葉が終わった直後、店主の巨体が一気に間合いを詰めた。


「――っ!」


 フミタロウが反応するより早く、拳が腹へ突き刺さる。


 ドゴッ!!


「ぐっ……!」


 身体がくの字に折れた。肺の中の空気を一気に吐き出しながらも、どうにか足を踏ん張り、数歩下がって距離を取る。


「はやっ!」


「お? 今ので立ってるか!」


 店主は少し意外そうな顔をしたあと、すぐに楽しそうな笑みに戻った。


「フミタロウさん!」


「いきなりですか!?」


 ミルキーとサンキチから声が飛ぶ。


「まだ軽く入れただけだぞ」


 フィオだけは平然としていた。


「……あれで?」


「速いな」


「ええ」


 シルフィエとクリフトスも、店主の動きを注意深く見ている。


 フミタロウは腹を押さえながら身体を起こした。


「軽いスキンシップの威力ちゃうやろ……!」


 拳の重さも十分脅威だったが、それ以上に厄介なのは速さだった。


「見た目からパワータイプかと思ったが……」


 太い腕に分厚い胸板、大柄な身体。どう見ても力で押すタイプにしか見えないのに、店主は軽快な足取りで間合いを測っている。


「めちゃくちゃ速いな。これは大変や」


 その姿を見ているうちに、以前バサルスから教えられた言葉がフミタロウの頭に蘇った。


『ほとんどの魔物は人間より速い』


 特訓の最中、バサルスはいつもの厳しい顔でそう言っていた。


『重装備の剣士じゃ防御してるだけで当てることすら難しい』


 魔物を相手にする以上、攻撃を受け止めることだけを考えていては、そもそも追いつけない相手がいる。


『だが武闘家は違う。軽装だがその分、スピードがある』


 そして、バサルスはいかにも簡単なことのように続けた。


『避けて当てる。だから武闘家は強いんだ』


 もっとも、その説明をした直後には、避ける訓練だと言ってフミタロウを容赦なく殴り倒していた。


「……と偉そうに言いながらボコボコにしてくる嫌なじじいや」


 思い出すと今でも腹が立つ。


 それでも、あの特訓が無駄ではなかったことも確かだった。


「まあ、確かに避けるのはうまくなったからな」


 店主が踏み込む。


 今度は拳が来る瞬間が見えた。フミタロウは紙一重で身体をずらし、続けて飛んできた蹴りにも付き合わず、後方へ跳んで距離を取る。


「お! やるやないか!」


「まあ、陰険なじじいにしごかれたからな」


「面白いな! いくで!」


 そこからの攻撃は、先ほどまでとは比べものにならなかった。


 拳、蹴り、肘が途切れることなく襲いかかる。まるで散弾銃のような連撃に、フミタロウは後退しながら必死に身体をずらしていった。


「くそっ! 速い……!」


 すべてを避け切ることはできない。肩や腕、脇腹には何発もの攻撃を受けた。それでも頭やみぞおちといった危険な場所だけは、どうにか外していく。


 店主が大きく拳を振った。


 フミタロウがそれをかわした瞬間、脇が開く。


「だが――ここだ!」


 蹴りが店主の胴へ直撃した。


 ドゴッ!!


「おお! いいの入れるじゃねーか!」


 手応えはあった。しかし店主は、多少身体を揺らしただけで平然としている。


「……効いてないよな~」


 そこからしばらく、攻撃と回避、反撃の応酬が続いた。


 最初は店主の速度に振り回されていたフミタロウだったが、少しずつその動きに慣れ始めていた。被弾する回数も、目に見えて減っている。


「全然ダメそうですね」


 外から見ていたサンキチには、まだ一方的に押されているように見えるらしい。


「いや」


「え?」


 フィオは二人から目を離さないまま言った。


「だんだんタイミングが取れてきている。あいつ、なかなかやるな」


「そうなんですか?」


「ああ」


 言われて改めて見れば、確かに先ほどまでとは違う。フミタロウはただ逃げ回っているのではなく、店主の攻撃を見ながら次の動きを探っていた。


 やがて、その視線が店主の足元で止まる。


 大振りの拳が来る直前、右足が一度だけ後ろへ下がった。


「……あれ?」


 もう一度、大きな拳が来る。


 やはり、その直前に右足が下がった。


「大振りのパンチが来る前、必ず右足が下がる癖があるな」


 癖が分かれば、次の攻撃も予測できる。


「そのタイミングでかまいたちを出せば……」


 フミタロウは間合いを測った。


 再び店主の右足が後ろへ下がる。


「スピードでいけるか?」


 さらに一度。


 右足が動いた。


「ここだ!」


「かまいたち!」


 鋭い風の刃が走り、店主の胴鎧を切り裂いた。


「おお! そんな技、隠してやがったのか!」


「別に隠してるわけやないけどな」


 普通なら警戒するところだが、店主はむしろ嬉しそうだった。


「面白いやんけ! 本気でいくぞ!」


 大きく腰を落とした、その瞬間だった。


 グキッ!


 妙に生々しい音が響く。


 店主の動きが止まった。


「…………」


 誰も動かない。


 やがて店主の顔が一気に苦痛へ歪んだ。


「いたたたたたた!!」


 腰を押さえ、そのまま固まる。


「なんや? 大丈夫か?」


「久しぶりに本気で回避しようとしたら……腰が……」


 一同が沈黙した。


 サンキチが恐る恐る口を開く。


「……ぎっくり腰?」


 フミタロウも、どうしていいのか分からないまま店主を見る。


「勝負、これで終わりなん?」


 しばらく静寂が続いた。


 次の瞬間。


「あははははは!!」


 特にフィオは腹を抱えて笑っていた。


「あはははは!」


「あんたの負け~!」


「あははははは!」


「うるさい! 笑うな!」


 店主は怒鳴ったが、腰を押さえたままでは迫力も半減している。


 フミタロウも苦笑しながら頭をかいた。


「まあ、勝ったわけではないけどな。全然、勝てる気せえへんわ」


 それでも店主は、約束をなかったことにはしなかった。


「男に二言はない。約束どおり半額だ」


「いいのか?」


「仕方ないやろ。これで約束守らんかったら俺が恥をかく」


「すでに恥ずかしいぞ」


「それを言うな!」


 フィオの一言に店主が即座に言い返し、フミタロウも思わず笑った。


「そうか。ありがとう」


「その代わり! 一人一点だけやからな!」


 そこだけは絶対に譲らないらしい。


 しばらく休んで腰の痛みが少し落ち着いた頃、店主は改めてフミタロウを見た。


「それにしても、お前、人間にしてはいい動きするな」


「人間にしては?」


 フミタロウは、その部分だけが妙に引っかかった。


「特に回避がうまい。最初より、どんどん俺の動きに合わせてきてたやろ」


「まあ、避けんと痛いからな」


「人間の戦士ってのは、やたら装備を付けて動きが遅いやつが多い。そのくせ妙に偉そうなやつも多いしな」


「なんか人間に恨みでもあるん?」


 するとフィオが横から笑いながら口を挟んだ。


「こいつな、高慢な人間の客が来たらこうやって叩きのめすのが趣味なんだ」


「酷い店やな」


「趣味と実益を兼ねた商売と言ってくれ」


「言い方変えても酷いけどな」


「それに、売り物はいいものばかりだ」


 店主は店の方を指した。


「嫌な奴に売りたくないしな」


「……そこはちょっと分かるわ」


「だからって毎回殴る必要はないんだぞ」


 フィオが呆れたように言う。


「分かりやすいやろ」


「やっぱ酷い店やな」


          *


 店内へ戻ると、今度こそ本来の目的だったエンチャントオイル選びが始まった。


 棚には色も濁り方も違う小瓶がびっしりと並んでいる。フミタロウには、何がどう違うのか見ただけではまったく分からなかった。


「さて、エンチャントオイルを選ばなあかんけど、何がいいのかさっぱり分からん」


「そうだな。魔法の属性を強化するか、攻撃への耐性をつけるか、特殊な効果をつけるか。そんなところだな」


 トルムが大まかな種類を説明すると、ミルキーが棚を見ながら尋ねた。


「回復魔法の効果を強くできるものとかありますか?」


 フィオは少し考えたあと、一本の瓶を手に取った。


「それならこれかな。ホーリーラビットのやつだな」


「ホーリーラビット?」


「ああ。白属性を持つ珍しい魔物だ」


 ミルキーが興味深そうに瓶を覗き込む。


「こいつから作ったオイルは白魔法との相性がいい」


 その説明を受け、トルムも頷いた。


「白魔法の能力を上げてくれるからな。重宝される素材だ」


「じゃあ、これにします!」


 ミルキーは迷わず決めた。


「ミルキーにはちょうどよさそうやな」


 続いてフミタロウは少し考えながら一同を見回した。


「次は」


 視線がシルフィエで止まる。


「シルフィエか」


 フィオはシルフィエの装備や身のこなしをしばらく眺めてから、棚から暗い色の小瓶を取った。


「お前ならこれが合いそうだな」


「これは?」


「ナイトフォックスのエンチャントオイルだ。気配を薄くして足音も抑えてくれる」


「ナイトフォックスってどんな魔物なんですか?」


「狩るのが、かなり面倒な奴だ」


 フィオは少し嫌そうな顔をした。


「警戒心が異常に強くてな。こっちが背中を見せるくらいしないとまず襲ってこない」


 サンキチは森の中でそんな魔物を探す場面を想像したのか、わずかに眉を寄せた。


「一度隠れられたらもう、どこに行ったか分からなくなる。レンジャー系の職業には人気のオイルだ」


「……それはいいな」


「めちゃくちゃシルフィエ向きやな」


 今回はシルフィエも反論しなかった。


 すると今度は、サンキチが待ってましたとばかりに身を乗り出した。


「フィオさん!」


「ん?」


「僕のも選んでください!」


「私が?」


「はい! こういうの全然分からないので」


「お前は魔法使いなんだろ?」


「はい。火の魔法を使います」


「火属性なら威力を上げる物もあるが……」


 いくつかの瓶へ視線を向けたフィオに、サンキチは自分の希望を伝える。


「魔力量はマギアスロットがありますから、できれば制御しやすくなるものがいいです」


「制御か」


 フィオは棚の奥まで目を走らせ、一本の瓶を取り出した。


「それならこれだな」


「これは?」


「リッチのエンチャントオイルだ」


 聞き慣れない素材に、サンキチが瓶を見つめる。


「高度な魔法を使う魔物でな。魔力の制御能力が異常に高い」


 フィオは瓶を軽く持ち上げた。


「魔法の威力そのものより、形や範囲を調整しやすくなる」


「それがいいです!」


 サンキチは即決した。今まで魔法の威力より制御に苦労する場面も多かっただけに、求めていた効果に近いのだろう。


 ところが、その横で店主が瓶を見たまま固まっている。


「お前それ……高いんやぞ」


「どれでも半額って言ったの、あんただろ」


「うう……」


 サンキチは少し申し訳なさそうな顔をした。


 次にフミタロウがクリフトスへ目を向ける。


「次はクリフトスやな」


「どんな魔法を使う?」


「雷魔法が中心ですが、防御や補助魔法も使います」


「補助魔法か」


 フィオはしばらく棚を眺め、一本の瓶を選んだ。


「なら、これだな」


「これは?」


「ハーモニーバード。歌声に魔力を乗せる珍しい鳥型の魔物だ」


 名前を聞いたクリフトスは、興味深そうに瓶へ目を向ける。


「歌を聞いた仲間の身体能力や魔法の効果を一時的に高める」


 仲間を支援する性質を持つ魔物らしい。


「このオイルも補助魔法の効果を強めてくれる」


「それは私に合いそうですね」


「しかも歌う鳥やろ? クリフトスにぴったりやん」


「では、これにしましょう」


 クリフトスも納得したように瓶を受け取った。


 残るはフミタロウだった。


「さて、俺は何がええんやろな」


「お前は俺が選んだる」


「お?」


 店主は腕を組み、先ほどの手合わせを思い返すようにフミタロウを見る。


「さっき手合わせしてだいたい分かった。お前、動きは速い」


 そこから、足元や構えを改めて確認する。


「避けるのもうまい。相手の動きを見て当てるのも悪くない」


「褒めるやん」


「でも、一発が軽い。貫通力が足りん」


 店主は自分の胴を指した。


「さっきの蹴りもちゃんと入ってた。だが俺みたいな硬いやつ相手じゃ表面で止まる。中まで通ってこん」


 フミタロウは先ほどの手応えを思い返した。いい位置へ蹴りを入れたはずなのに、店主の体勢を崩すことすらできなかった。


「当てても倒せんってことか」


「そういうことや」


 店主は棚から二本の瓶を取り出し、並べて置いた。


「これか、これだな」


「二つ?」


 まず一つ目を指す。


「一角牛。パワーと突進力、それに貫通力を上げる」


 続いて、もう一本。


「こっちはマスターコング。一撃の破壊力を上げる」


 どちらもフミタロウの弱点を補うものではあるが、方向性が少し違うようだった。


「好きな方選べ」


「じゃあ、マスターコングで」


 その瞬間、店主の表情がほんの少しだけ緩んだ。


 フィオがそれを見逃さなかった。


「一角牛じゃないのか?」


「いや、名前で決めたんやけど。こっちの方がいい?」


「性能の方向が違うだけだ」


 フィオは一拍置いた。


「一角牛の方が値段は倍くらい高いぞ」


「なに! ほんなら一角牛にする!」


「お前……」


 店主が恨めしそうにフィオを見る。


「いらんことを……」


「やっぱり安い方を選ばせるつもりだったんだな」


「半額なんやぞ! 少しくらい考えさせろ!」


 最後に店主がトルムへ向き直った。


「で、お前は何にする?」


「俺はこれだな」


 トルムは迷うことなく、注文を受けている商品に使うためのオイルを選んだ。


 それを見たフミタロウが不思議そうに尋ねる。


「もっと高いやつ買わんのか?」


 せっかく半額になるのだから、高価なものを選んだ方が得に思える。


「せっかく半額なんやから、高いやつ買った方が得ちゃうの?」


「そんなもん、使い道がなければただの在庫だ」


 トルムは選んだ瓶を確認した。


「いつまでも置いとける物でもないしな」


 そして、そのまま店主へ差し出す。


「これで十分。利益は出る」


「……ちゃんと商人やな」


「当たり前だ」


          *


 買い物を終えると、トルムは仕入れた品を確認してから店主へ礼を言った。


「いい買い物ができたな。ありがとう」


「おう」


 フミタロウは大きく伸びをしたところで、ふと思い出した。


「そうだ。せっかく来たんやし、この町で名物とかないの?」


 腹を押さえる。


「腹へったわ」


「確かに、お腹すきましたね」


 ミルキーも同意する。


 フィオは少し考えた。


「肉料理ならここにしかないって物でもないからな」


 しばらく考えてから、一つ思いついたように続ける。


「スパイス料理がいいかな」


「へー」


「食べると元気が出るぞ」


 フィオの案内で、一行は街の料理店へ向かうことになった。


 ラーナの通りを歩いていると、やがて風に乗って強い香辛料の香りが漂ってくる。


「……ん?」


 フミタロウが足を緩めた。


 サンキチも鼻を動かし、ミルキーも同じ匂いに気づく。店へ近づくほど、その香りははっきりしてきた。


 刺激の強い香辛料の匂い。それでいて、三人にとっては妙に馴染みがある。


 フミタロウが目を見開き、サンキチも同じ顔をした。


「これは!!!」


「まさか!!!」


「なんだ?」


 フィオだけは、二人がなぜそこまで驚いているのか分からない様子だった。


 料理店で出されたのは、肉や野菜が入った濃厚なスパイススープだった。とろりとした汁へパンを浸して食べるらしい。


 料理が卓上へ並んだ瞬間、フミタロウ、サンキチ、ミルキーの三人は揃って凝視した。


「カレーや……」


「カレーですね……」


「カレーです!」


 フィオが首をかしげる。


「カレー?」


 目の前の料理を指した。


「これはスパイススープだぞ」


 フミタロウはパンを浸し、そのまま一口食べた。


「うまっ!!!」


 一拍置いて、顔が変わる。


「辛っ!!!」


 サンキチも続けて口へ運ぶ。


「辛い!」


 それでも、すぐにもう一口食べた。


「でも美味い!」


 ミルキーも負けずに食べる。


「おいしいです! でも辛いです!!」


 そこから三人は、大騒ぎしながら食べ続けた。


「辛い! でも美味い!!」


「止まらないですね、これ!」


「口が痛いです! でも、もう一口!」


「ははは! 気に入ったみたいだな!」


 フィオは三人の様子を見ながら楽しそうに笑っている。


「いつものことですね」


 クリフトスは慣れた様子で食事を続けていた。


「……騒がしい」


 シルフィエだけは、相変わらず呆れた顔をしていた。


 しばらくして食事も落ち着いた頃、サンキチはまだ上機嫌だった。


「フィオさん、すごく美味しいです」


「そうか。よかった」


 フィオも素直に笑う。


 その様子を向かい側から見ていたフミタロウは、にやにやしていた。


「ほんま、分かりやすいやつやな〜」


 そして何気なくフィオへ顔を向ける。


「ところでフィオさん、可愛らしいけど」


 サンキチが一瞬固まった。


「恋人とかいるの?」


「ん?」


 フィオは特に気にした様子もなく答えた。


「旦那も子どももいるぞ」


「え! そうなんか」


 フミタロウは素直に驚いた。


「どうりで、しっかりしてるなと思ったわ」


 そう言って横を見る。


 サンキチが完全に停止していた。


 先ほどまでの笑顔も消え、何も言わずに固まっている。


 ミルキーが心配そうに顔を覗き込んだ。


「サンキチさん……」


 フミタロウはそんなサンキチを見て、またにやにやし始めた。


「恋やぶれて、山河ありやな」


 サンキチは真顔で返した。


「それ、国破れて山河ありです」


 一拍置いてから、どうでもよさそうな顔で付け加える。


「いや、別にどうでもいいですけど」


フミタロウは何も言わず、ただ楽しそうにサンキチを見ていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。