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漏洩の加護  作者: なつみかん
第十二章 乾燥平野の旅
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第四十九話 騎馬王国の姫  

ベヒーモスが草原へ倒れてから、しばらくの間、騎兵たちの歓声は止まなかった。


 やがて戦いの興奮が落ち着くと、彼らはすぐに次の仕事へ移った。倒したワーウルフやベヒーモスの周囲へ集まり、革や角など、使える素材を手際よく回収し始める。


 その様子を眺めていたフミタロウたちのところへ、先ほど騎馬隊を指揮していた若い男が馬を下りて近づいてきた。


「助かった! 本当にありがとう!」


「いや、別にええけどな」


 フミタロウがいつもの調子で答えると、若い指揮官はサンキチとミルキーへ視線を向けた。


「さっきの魔法もすごかったな」


「ミルキーさんと二人で考えたんです」


 サンキチが答える。隣ではミルキーも少し嬉しそうにしていた。


 周囲では、騎兵たちが大きな刃物を使ってベヒーモスの解体を進めている。


「魔獣は革も角も使える」


 若い指揮官の言葉を聞いて、フミタロウは巨大なベヒーモスの革へ目を向けた。


 そして、少し考える。


「なあ」


「ん?」


「この革って、マントに使える?」


 若い指揮官はすぐにうなずいた。


「かなり丈夫なのができるぞ」


「ほんま?」


 フミタロウの顔が明るくなる。


 ちょうど少し前、トルムが納品した革のマントを見て欲しくなったばかりだった。


 フミタロウは今度はトルムを見る。


「これ、ノームの村で加工できる?」


 トルムは切り分けられている革へ近づき、状態を確かめた。


「これならノームの村で加工できる」


「いいね!」


 フミタロウは完全に乗り気になった。


「これなら一年待たんでええ?」


「加工には、それなりに時間がかかるけどな」


「まあ、一年よりはええやろ」


 そんなやり取りを聞いていた若い指揮官が笑う。


「今回の礼だ。必要なだけ持っていけ」


「ほんま? 助かるわ」


 騎兵たちはベヒーモスの革を切り分け、その一部をこちらへ回してくれた。


 トルムが量を確認してうなずく。


「これだけあれば十分だ」


「遠慮するな」


 若い指揮官はそう言ったあと、東の方角へ目を向けた。


「お前たちは、このまま東へ行くのか?」


「ああ」


「なら途中で俺たちの町を通る」


 指揮官は笑った。


「よかったら寄ってくれ。歓迎するぞ」


「ありがとう」


 フミタロウも素直に礼を返した。


 討伐隊とはそこで別れ、一行はまず遊牧民の集落へ戻ることにした。


          *


 集落が見えてくると、残っていた家族たちが次々に外へ出てきた。


 出発した男たちが無事に戻ってきたのを確認し、あちこちから安堵の声が上がる。


 その中から、子どもたちがフミタロウを見つけた。


「おっちゃん帰ってきた!」


「誰がおっちゃんや」


 言い返す間もなく、子どもたちが走ってきて抱きつく。


 横でミルキーが笑っていた。


「はいはい、ただいま」


 結局、フミタロウも子どもたちをそのまま受け止めた。


 急な出撃だったため、旅の荷物の多くは集落へ置いたままだった。


 一行はそれぞれ自分の荷物をまとめ直し、トルムも商品を確認していく。中でも特に慎重に扱っていたのは、婚礼用として運んできた織物の生地だった。


 そしてフミタロウの荷物には、今までなかったものが一つ増えていた。


 ベヒーモスの革である。


「……なんか俺だけ荷物多くない?」


 サンキチが大型馬を見る。


「フミタロウさんの馬、大きいですからね」


 その言葉どおり、荷物の多くは大型馬へ積まれていく。


 フミタロウは、どんどん荷物を背負わされていく愛馬を見つめた。


「こんなん、さらに遅なるやん……」


 大型馬は特に気にした様子もなく、のんびりしている。


 出発の準備が整うと、集落の主人が改めてフミタロウたちのところへやってきた。


「本当に助かった」


「こっちも飯食わせてもろたし。気にせんでええよ」


 ベヒーモスを倒したのは自分たちだけではない。そもそも討伐隊も遊牧民たちも、それぞれが戦っていた。


 フミタロウとしては、それ以上大げさに礼を言われるようなことでもなかった。


 やがて一行が馬へ乗る。


「もう行くの?」


 子どもの一人が寂しそうに尋ねた。


「また来てね!」


 別の子どもも手を振る。


「ほな、またな」


 フミタロウも手を振り返した。


 トルムも長く付き合ってきた客たちへ別れを告げ、一行は再び草原へ出た。


 集落が少しずつ遠ざかっていく。


 そして、出発してそれほど経たないうちに――。


「……やっぱ遅なってるやん」


 大量の荷物を積んだ大型馬は、以前にも増して歩みが遅かった。


 前方からサンキチの声が飛んでくる。


「頑張ってください!」


「俺が頑張ってどうなんねん!」


          *


 しばらく草原を進んだところで、トルムがフミタロウへ馬を寄せてきた。


「ちょっと頼みがあるんだけど」


「ん?」


「婚礼用の衣装の生地を納品したいんだ」


 トルムは荷物の一つを軽く叩いた。


「少し道をそれることになるが、街に寄ってくれないか?」


 フミタロウは特に迷わなかった。


「ああ、いいよ。どうせ急ぐ旅でもないしな」


「助かる!」


 進路を少し変え、トルムの案内で草原を進む。


 やがて遠くに、小さな町が見えてきた。


 その町へ近づいていた時だった。


 前方から、二騎の馬がこちらへ向かってくる。


 一騎には若い女性。もう一騎には護衛らしい男が乗っていた。


 それを見たトルムが目を細める。


「あれ……」


 向こうでも、護衛が隣を走る若い女性へ呆れたように声をかけていた。


「姫様。今日も旅人を見に来られたのですか」


「だって、そろそろ来てもいい頃でしょ!」


「ここ数日、毎日ではありませんか」


「待ってられないのよ!」


 そう言った女性が、こちらを見た。


 そして――トルムを発見した。


 顔が一気に輝く。


「トルム~~~!」


「……」


 呼ばれたトルムの表情に、少しだけ嫌な予感が浮かんだ。


 若い女性は馬を前へ出し、一行のところまで来ると勢いよく止まった。


「おそい!!!」


 開口一番だった。


「何をしてたの!!」


「いや、いろいろあってね……」


 後ろで聞いていたフミタロウが小さくつぶやく。


「えらい怒られてんな……」


 女性はそんなことには構わず、トルムへさらに詰め寄った。


「早く見せて!」


「ここで?」


「ここでいいじゃない!」


「姫様」


 護衛が割って入る。


「お館に戻ってからにしてください」


「え~! なんでよ! こんなに待ってたのに!」


 そこでようやく、フミタロウたちは引っかかった。


「……姫様?」


 サンキチも小声で続ける。


「王女様なんですか?」


 若い女性は、そこで初めてフミタロウたちの存在へ気づいたらしい。


「ところで、この人たちは?」


 トルムが答える。


「東へ向かってる旅人だよ。同行させてもらっている」


「そうなのね!」


 女性はすぐに笑顔になった。


「私はリュナ! よろしくね!」


 あまりにも気軽な挨拶だったため、今度はフミタロウたちの方が固まった。


 フミタロウは小声でクリフトスへ聞く。


「こういう時って、頭下げるん?」


「どうでしょう……」


 クリフトスも困っていた。


 そんな二人をよそに、リュナはミルキーとシルフィエを見つける。


「女の子の旅人って珍しいわ!」


 そして、いきなり嬉しそうに言った。


「あとでお話聞かせてね!」


「はい!」


 ミルキーは素直に返事をした。


「……ああ」


 シルフィエは少し戸惑いながらも応じる。


「じゃあ、行きましょう!」


 リュナは当然のように先頭へ馬を向けた。


 その後ろを進みながら、フミタロウがサンキチへ小声で言う。


「なんか想像してた王女様とちゃうな」


「ですね」


 それを聞いた護衛が笑った。


「いや。リュナ様は特別だ」


          *


 町へ入った途端、その意味が分かった。


「姫様、お帰りなさい!」


「ただいまー!」


 通りにいた町人が声をかけると、リュナは普通に手を振り返す。


「今日もお元気ですね!」


「元気よ!」


 少し先の果物屋からも声が飛んだ。


「姫様! 新鮮な果物が入りましたよ!」


「ほんと? あとで見に行く!」


 今度は子どもたちが手を振る。


「リュナ様ー!」


 リュナも馬上から大きく手を振り返した。


 王女というより、町じゅうの顔なじみといった方が近い。


 少し後ろを歩きながら、フミタロウはその光景を眺めていた。


「なんか、ええな~」


「何がです?」


 サンキチが聞く。


「いや、王族ってもっと偉そうなんかと思ってた」


 近くにいた護衛が再び笑った。


「リュナ様は特別だ。皆に愛されてる」


 その言葉に、フミタロウも納得した。


          *


 町の中心には、周囲の建物よりひと回り大きな館があった。


 王族が暮らしているとはいえ、豪華絢爛というほどではない。町全体とよく馴染んだ建物だった。


 リュナは中へ入るなり、奥へ向かって声を上げた。


「お父様、ただいま戻りました! トルムが来ましたよ!」


 家臣と話していた王が顔を上げる。


「おお、トルム。遠路ご苦労だったな」


「お久しぶりです」


 トルムはきちんと礼をした。


「無事に婚礼用の生地をお持ちいたしました」


「うむ」


 王がうなずく。


 その横でリュナが待ちきれない様子で身を乗り出した。


「早く見せて!!!」


「リュナ、ちょっと待て」


「え~!」


 周囲の家臣たちが笑った。


 どうやら、これもいつものことらしい。


 やがてトルムは包みを丁寧に開いた。


 リュナが横から覗き込む。


 中から現れたのは、婚礼用の衣装を仕立てるための生地だった。


 赤を基調に、金の刺繍が細かく施され、白や淡い色の意匠も織り込まれている。


「わあ……」


 ミルキーが思わず声を漏らした。


 シルフィエも目を細める。


「すごいな……」


 リュナだけは、しばらく何も言わなかった。


「…………」


 トルムが少しだけ不安そうに見る。


 次の瞬間。


「すごいわ!!」


 リュナの顔が一気に輝いた。


「ありがとう、トルム!」


「喜んでもらえてよかったよ」


 そこからは、すっかり女性三人の時間になった。


「見て! この色!」


「ほんとに綺麗ですね!」


「これを衣装にしたら、かなり映えそうだな」


「でしょ!」


 リュナは嬉しそうに生地を広げながら、ミルキーとシルフィエへ話しかける。


 そして、ふと思いついたように顔を上げた。


「そうだ!」


 一行の方を見る。


「あなたたちも婚礼に参加してよ!」


「え?」


「この生地で作った衣装、見てみたいでしょ?」


 フミタロウは少し困った。


「いや、でも王族の婚礼やろ? 俺らみたいなん参加してええん?」


「問題ない」


 答えたのは王だった。


「この町の婚礼は、町の者たちも皆で祝う。特に今回はリュナの婚礼だ。町中が楽しみにしておる」


 王は穏やかに笑う。


「旅の予定が急ぎでないのなら、ぜひ一緒に祝ってやってほしい」


 それを聞いたリュナが、ミルキーとシルフィエの間で嬉しそうに笑った。


「ね! 決まり!」


「楽しみですね!」


 ミルキーもすっかり乗り気だった。


 フミタロウは肩をすくめる。


「まあ、そこまで言ってもらえるなら、お邪魔させてもらおか」


          *


 翌朝。


 一行が泊まっている宿で朝食を取っていると、入口が勢いよく開いた。


「ミルキー! シルフィエ!」


 リュナだった。


「リュナさん、おはようございます」


「朝から元気だな……」


 シルフィエが少し呆れたように言う。


「行くわよ!」


「今日はどこですか?」


「仕立て屋さん!」


 ミルキーが嬉しそうに立ち上がる。


 シルフィエも結局一緒についていくことになった。


 三人が宿を出ていったあと、残されたフミタロウ、サンキチ、クリフトスの間に少しだけ沈黙が落ちた。


「……俺らは?」


「たぶん、お呼びじゃないですね」


          *


 町の仕立て屋では、婚礼衣装の仮縫いが進んでいた。


 リュナは仮の形まで仕上げられた衣装を身につけ、鏡の前に立っている。


「裾は、このくらいでいかがでしょう?」


 仕立て屋が確認する。


「もう少し長い方がいいかしら?」


「もう少し長くても綺麗だと思います」


 ミルキーが答える。


 シルフィエは別の角度から衣装を見た。


「でも長すぎると歩きにくいぞ」


「それもそうね……」


「こちらは、もう少し詰めますか?」


 仕立て屋が腰回りを確認する。


「どう思う?」


 今度は二人へ尋ねる。


「もう少しだけ詰めてもいいかもしれません」


「袖は今くらいの方が動きやすそうだな」


「じゃあ、裾は少しだけ長くして……」


 三人で鏡を見ながら相談が続く。


          *


「……暇やな」


「暇ですね」


 フミタロウとサンキチ、それにクリフトスの三人は、町をぶらぶら歩いていた。


「皆さん楽しそうですし、いいのではないでしょうか」


 クリフトスは特に気にしていない。


 すると、どこからか肉の焼ける香りが漂ってきた。


「ん?」


 フミタロウが足を止める。


「なんや、ええ匂いやな」


 匂いを追っていくと、店先で肉を焼いている店があった。


「これ、何の肉?」


「馬肉だよ」


「馬!?」


 三人が一瞬止まった。


 すでに自分たちも馬に乗って旅をしている身である。


 少しだけ複雑な気分になったものの――。


「うまっ!」


 食べてみると、フミタロウはすぐにそんなことを忘れた。


「思ったよりクセないですね」


 サンキチも普通に食べている。


「せっかく騎馬王国まで来たんや。珍しいもん食わんとな!」


 結局、三人ともきれいに食べた。


          *


 仕立て屋では、ひと段落したところで休憩に入っていた。


「そういえば」


 ミルキーがリュナへ尋ねる。


「婚礼のお相手って、どんな方なんですか?」


 リュナが少しだけ照れた。


「隣の国の三男よ。名前はユリク」


「ユリクさん……」


「優しくて、強くて……小さい頃から知ってる人なの」


「幼なじみなんですね」


 ミルキーが言うと、リュナは頬を赤くした。


「うん……」


 少しだけ間を置く。


「実は、昔から好きだったの」


「素敵です!」


 ミルキーが嬉しそうに言った。


 シルフィエも穏やかに笑う。


「それはよかったな」


「うん」


 リュナは照れながら、それでも本当に嬉しそうに笑っていた。


          *


 婚礼の日が近づくにつれ、町全体の空気も変わっていった。


 通りには布や花の飾りが増え、あちこちで町人たちが準備に追われている。


「こっちの飾り、もう少し上だ!」


「料理は明日の朝から仕上げるぞ!」


 果物や肉が運ばれ、子どもたちまで大人に混じって手伝っている。


 仕立て屋から出てきたリュナも、町の様子を見て嬉しそうだった。


「もうすぐね!」


「楽しみですね」


 ミルキーも笑う。


「姫様、いよいよですね!」


 通りの町人が声をかける。


「うん!」


 夕方になっても、町の熱気はなかなか収まらなかった。


 飾りつけられた通りを眺めながら、フミタロウが言う。


「なんか町じゅう祭りみたいやな」


「ほんとにみんな楽しみにしてるんですね」


 サンキチの視線の先では、リュナが子どもたちと笑っていた。


 誰もが婚礼の日を待ち望んでいる。


 そんな時間が、このまま続くように見えた。


          *


 婚礼を目前に控えた日。


 リュナはいつものように、ミルキーとシルフィエと楽しそうに話していた。


「ミルキー、これ見て!」


 手にしていた小物を見せようとした、その時だった。


「……あれ?」


 リュナの表情が止まった。


 手から小物が落ちる。


 乾いた音が床へ響いた。


「リュナさん?」


 ミルキーが顔を覗き込む。


 リュナの身体がふらついた。


 シルフィエの表情が変わる。


「リュナ!」


 崩れ落ちる身体を、シルフィエが咄嗟に支えた。


「リュナさん!!」


 ミルキーが駆け寄る。


 周囲が一気に騒然となった。


「姫様!?」


「誰か! 医師を呼べ!」


「姫様!!!」


 祝いの日を目前にした町へ、悲鳴にも似た声が響いた。


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