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漏洩の加護  作者: なつみかん
第十二章 乾燥平野の旅
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第四十八話 草原のベヒーモス  

湖の街を出てしばらくすると、景色は少しずつ変わり始めた。


 どこまでも乾いた大地が続いていた土地にも緑が増え、やがて視界いっぱいに草原が広がるようになる。風に揺れる草の向こうには羊の群れが見え、別の場所では山羊や牛、それに何十頭もの馬が放牧されていた。


 家畜を追う人々も、ほとんどが馬に乗っている。


 広い草原を自在に駆け、離れた羊を群れへ戻したかと思えば、今度は馬上から声をかけて牛の進む方向を変える。ところどころには大きな布を張った移動式のテントもあり、これまで通ってきた土地とは暮らしそのものが違っていた。


 フミタロウは大型馬の背から周囲を眺めた。


「なんか俺、騎馬王国って聞いて勝手に騎士とか想像してたけど……」


 甲冑姿の騎士が槍を構えて並ぶような光景を想像していたのだが、実際に見えているのは家畜の群れと、それを追う馬上の人々である。


「もしかして、遊牧民みたいな感じなんかな?」


「そうだ」


 前を行くシルフィエが答えた。


「この辺りは牧畜をしながら暮らしている者が多い」


「へえ」


「それに、騎馬王国連合は小国が多くてややこしい。国同士の関係も複雑だから、あまり深入りしないほうが得策だ」


 少しだけ真面目な声になったシルフィエとは対照的に、フミタロウはさほど気にしていなかった。


「まあ、俺らは通り過ぎるだけやからな。大丈夫やろ」


 隣を進んでいたサンキチが嫌そうな顔をする。


「……また、嫌なフラグ立てました?」


「なんでやねん!」


          *


 昼を少し過ぎたころ、一行は草原に立つ大きな木の下で休むことにした。


 馬たちは少し離れた場所につなぎ、思い思いに草を食ませている。


 木陰へ入ると、草原を渡ってきた風が心地よかった。長時間馬に揺られていた身体から、ようやく力が抜けていく。


「ええ風やなぁ……」


 フミタロウは木の幹にもたれ、脚を伸ばした。


「ずっと馬に乗ってたんで、休憩ありがたいです」


 サンキチも水を飲みながら腰を下ろす。


 ミルキーは風に長い髪をなびかせながら、気持ちよさそうに草原を眺めていた。


 少し離れたところでは、クリフトスが布を使って自分のフルートを丁寧に磨いている。


 それを見ていたトルムが、興味深そうに身を乗り出した。


「そのフルート、かなり良いものだな?」


 クリフトスが手を止める。


「良いものかどうかは分かりませんが、友人が私のために作ってくれたもので、大切にしています」


「ほー。その友人はノームなのか?」


「いえ、人間ですよ。ミルムの街の工房で腕を振るっています」


 トルムは大きな目をさらに丸くした。


「人族にも、そのようなものを作れる職人がいるのだな」


 しばらくフルートを眺め、それから素直にうなずく。


「勉強になった」


「ミルムの工房には、腕のいい職人がたくさんいますよ」


「ミルムというのはどこにあるんだ? 一度行ってみたいな」


「北の大陸です」


 クリフトスは少し考えたあと、荷物へ手を伸ばした。


「よければ、地図を書き写しましょうか?」


「おお! 助かる!」


 トルムの目が輝いた。


 そして、すぐに商人の顔へ戻る。


「それほどの笛がたくさん作られてるなら、仕入れたら一儲けできそうだしな」


 少し離れたところで聞いていたフミタロウが呆れる。


「ほんま、ちゃっかりしてんな」


「商人だからな」


 悪びれもしないところが、いかにもトルムらしかった。


 フミタロウはもう一度クリフトスへ目を向ける。


「そのミルムの職人って、女の人やろ?」


「ええ」


 クリフトスが不思議そうに振り返った。


「なんで分かったんですか?」


「なんとなくな……」


 フミタロウは遠い目になった。


 それから、隣に座っていたサンキチを見る。


「世界って不公平やな。なあ、サンキチくん」


 サンキチも同じような目をした。


「ほんとですね」


「……?」


 クリフトスだけが意味を理解できず、首を傾げている。


 顔がよくて、楽器もできて、魔法も使えて、そのうえ女性の職人から自分専用のフルートまで作ってもらう。


 世の中というものは、どこへ行っても平等ではないらしい。


 フミタロウは少し考えたあと、気を取り直すように言った。


「まあ、俺にはあいつがおるからな」


 視線の先には、少し離れた場所でのんびり草を食べている大型馬がいた。


 ただし、そのちょうど中間にシルフィエが座っていた。


「……え?」


 シルフィエの肩がびくりと動く。


 ゆっくりとフミタロウへ振り返ると、見る見る顔が赤くなった。


「な、なんだ突然!」


「え?」


「気持ち悪い!」


「なんで!?」


 本気で意味が分からず、フミタロウは目を丸くした。


 それから、シルフィエの向こうを指さす。


「馬の話やで」


「…………」


 シルフィエが、はっとして後ろを見る。


 大型馬は何も知らず、のんびり草を食べていた。


 再びフミタロウへ向き直り、にらみつける。


「まぎらわしい!!」


「なんで怒られんねん!」


 横でサンキチが必死に笑いをこらえている。


          *


 しばらくすると、フミタロウは草原を眺めながら何気なく口笛を吹き始めた。


 広い大地と風に合いそうな曲を、ふと思い出したのだ。


 懐かしい旋律が、草原の中へ流れていく。


 それに最初に気づいたのはミルキーだった。


「フミタロウさん、その曲なんですか?」


 フミタロウは口笛を止めた。


「知らんの?」


「はい。初めて聞きました」


「『コンドルは飛んでゆく』って曲や。アンデスの民謡のはずやで」


「へえ……」


 ミルキーは興味を示した。


 フミタロウはサンキチを見る。


「サンキチくんは知ってるやろ?」


「いや、僕も知らないです」


「……世代か」


 思っていたより深いところから衝撃を受けた。


 ミルキーがくすくす笑う。


「もう一回、吹いてもらってもいいですか?」


「ええけど?」


 フミタロウはもう一度、最初から口笛を吹いた。


 ミルキーは何も言わず、じっと耳を澄ませている。


 一通り吹き終えると、今度はミルキー自身が同じ旋律を天使の笛で吹き始めた。


 フミタロウとサンキチが同時に振り返る。


「……え?」


 ほとんど間違っていない。


「一回で覚えたん?」


「はい」


 ミルキーは笛を下ろし、楽しそうに笑った。


「すごく綺麗な曲ですね」


 サンキチが感心する。


「相変わらず耳おかしいですよね、ミルキーさん」


 ミルキーが少しむっとした。


「褒めてます?」


「褒めてます、褒めてます」


 草原を吹き抜ける風の中へ、遠い故郷の旋律が流れていった。


          *


 休憩を終え、一行は再び馬を進めた。


 しばらくすると、草原の先にいくつものテントが見えてくる。


 その周囲では羊や山羊、牛や馬がのんびりと草を食み、人々が家畜の世話をしていた。


「集落か?」


「ああ。遊牧をしている者たちの拠点の一つだろう」


 シルフィエが答える。


 すると、トルムが突然馬上から大きく手を振った。


「おーい!」


 家畜の世話をしていた男がこちらを見る。


 少し目を細めたあと、顔がほころんだ。


「トルムさんか~?」


「久しぶり~!」


「久しぶりだな!」


 トルムは嬉しそうに馬を進めた。


 どうやら顔なじみらしい。


「この前頼んでた物、できてるぞ」


「おお! 出来たのか!」


 トルムは荷物の中から、丁寧に包まれた革のマントを取り出した。


「ほら。この前頼まれてた革のマントだ」


 男が受け取り、広げる。


 表面には細かな模様が施されていた。


「ありがとう! 待ってたんだ」


 嬉しそうに品物を確認してから、男はトルムの後ろにいるフミタロウたちへ目を向けた。


「今日は大人数だな」


「ははは。向かう方向が一緒なので、同行させてもらっている」


「そうか」


 男は気さくに笑った。


「まあ、ちょっとゆっくりしていけ」


 急ぐ旅ではあるが、まだ日も高い。


 一行はその好意に甘えることにした。


          *


 テントの中へ案内されると、先ほど納品された革のマントが改めて広げられた。


 近くで見ると、その細工はかなり見事だった。


「これ、トルムが作ったん?」


 フミタロウが尋ねる。


「いや、俺が作ったわけじゃない」


 トルムは首を振った。


「ここの人たちから革を預かってな。村へ持ち帰って、染色や細工をしてもらう。それをまた客のところへ届けるんだ」


「へえ、そんな商売もしてるんやな」


「ああ。こういう仕事は信頼が第一だからな」


 トルムの表情が少し真面目になった。


「材料を安定して仕入れるには、地道な付き合いが大切なんだ」


「なるほどなあ」


 フミタロウは素直に感心した。


 金勘定には抜け目がないが、それだけで行商を続けられるわけではないらしい。


 フミタロウは納品されたマントへ手を伸ばした。


「うわ、細かっ!」


 革なのに驚くほど柔らかい。


「これ革やのに、めっちゃ柔らかいな」


「ノームの加工技術だ」


 トルムが少し得意そうに胸を張った。


「表面には、うちの村で作った特殊なオイルを何層も塗ってある。雨もかなり弾くぞ」


「防水で柔らかくて、この細工か……」


 フミタロウはじっくりとマントを見る。


「ええなあ、それ。俺も欲しいわ」


「あいにく、今あるのはこれだけだ」


「そうか~、残念」


「注文なら受けるぞ」


 フミタロウの顔が一気に明るくなった。


「ほんま?」


「ああ」


 トルムは平然と言った。


「納期は一年後だ」


「一年!?」


「少し安くしてやるが、千五百Gだな」


「千五百……」


 フミタロウは腕を組んだ。


 物自体はかなり気に入った。


 しかし、一年後に自分たちがどこで何をしているのかなど、まったく分からない。


「一年か~……」


 しばらく考えた末、残念そうに首を振った。


「今回は諦めるわ」


 そして、妙に真面目な表情になる。


「魔王を待たせてるはずやからな」


 サンキチが即座に返した。


「絶対、待ってませんよ」


「眼中にないでしょ」


「わからんで」


 フミタロウは少し不満そうに言う。


「なんかこう、水晶玉みたいなんで俺らのこと見てるかもしれんで」


「ええ~! 嫌です!」


 ミルキーが本気で嫌そうな顔をした。


 シルフィエまで、思わず背中をさする。


「私も……なんか考えたら背中がゾクッとして嫌だ……」


「ほら、シルフィエの後ろに目が」


「やめろ!」


 そのやり取りを聞いていた集落の男が笑った。


「にぎやかな一行だな」


「よく言われるわ」


「まあ、急ぎでなければゆっくりしていってくれ。旅の話なんか、みんな聞きたがると思うしな」


「ありがとう、助かるわ」


          *


 その後は、遊牧民たちと食事を囲むことになった。


 旅の話を聞きたいという者が少しずつ集まり、テントの中はいつの間にか賑やかになっていた。


 トルムは古くからの客たちと商売の話をし、クリフトスも聞かれれば北の大陸について答えている。ミルキーは子どもたちに囲まれ、シルフィエも最初こそ少し距離を取っていたものの、いつの間にか自然に会話へ加わっていた。


 フミタロウも旅先であった出来事を話していたのだが、気がつけば二人ほどの子どもが膝の上を占領していた。


「お前ら、そこ椅子ちゃうぞ」


 そう言いながらも、下ろす気はまったくない。


 子どもの一人が面白そうにフミタロウの腕防具を触る。


「これ、重い?」


「まあまあ重いで。指挟んだら痛いから気いつけや」


 もう一人はフミタロウにもたれたまま、サンキチの杖を眺めている。


 穏やかな時間だった。


 広い草原の片隅にある小さな集落で、旅人と遊牧民が同じ食事を囲み、笑っている。


 そんな空気を壊したのは、突然開いたテントの入口だった。


「すまん!」


 一人の男が飛び込んできた。


 軽装の鎧を身につけている。かなり急いできたらしく、肩で大きく息をしていた。


「加勢できる者はいないか?」


 それまで笑っていた人々が、一斉に男を見る。


「この先でワーウルフの討伐中に、ベヒーモスが出た! 我々だけでは抑えきれん!」


「ベヒーモス!」


 先ほどまでフミタロウたちと話していた男が立ち上がった。


「それは人数がいるな。分かった、男たちを集める!」


 そして、フミタロウたちへ振り返る。


「すまんな、客人。ゆっくりしていってくれ」


 そう言った直後には、集落の男たちはすでに動き始めていた。


 武器を取る者。


 軽装の鎧を身につける者。


 弓と矢筒を準備する者。


 外では次々と馬へ鞍が乗せられている。


 ついさっきまで笑いながら食事をしていた人々とは思えないほど、動きが速かった。


「……大丈夫なんか?」


 フミタロウが尋ねると、シルフィエが外の様子を見ながら答えた。


「ああ。騎馬王国の男は、戦いになれば戦士として従軍するからな」


「普段は牧畜してる人らが?」


「そうだ」


 だが、その表情は少し険しい。


「ただ……ベヒーモスは強敵だ」


「ベヒーモス?」


「牛頭の魔獣だ。力が強いうえに動きも速い。ブレスも吐く」


「なんか危なそうやな……」


「かなりな」


 そこへ、トルムがフミタロウたちを見た。


「あんたら、腕が立つんだろ?」


「まあ、それなりには」


「すまんが、加勢してもらえないか?」


 トルムの声から、いつもの商売っ気は消えていた。


「この辺りは大事な客も多い。ベヒーモスなんか逃がすと大変なんだ。もちろん礼はする」


 一瞬だけ、場が静かになった。


 ミルキーが口を開く。


「行きましょう」


 しかし、その言葉が出たときには、フミタロウはすでに膝の上にいた子どもたちを下ろしていた。


「ほら、ちょっと降りてな」


 サンキチも杖を手にしている。


 クリフトスも立ち上がり、磨いていたフルートをしまって戦闘の準備を始めていた。


 それを見たミルキーが、少しだけ笑った。


 シルフィエだけが三人を見て、ぽかんとしている。


「……お前ら」


「ん?」


「もうちょっと考えたりしないのか?」


 フミタロウは本気で質問の意味が分からなかった。


「見過ごせんやろ」


 特別な決意を口にしたつもりはない。


 困っている人間がいて、自分たちにできることがある。


 それだけだった。


 シルフィエは一瞬黙り、すでに準備を始めている四人を見た。


「……そうか」


 小さく息を吐き、自分の弓を手に取る。


「分かった。私も行く」


          *


 遊牧民の戦士たちとともに、一行は集落を飛び出した。


 何騎もの馬が草原を駆ける。


 シルフィエとクリフトスは慣れた様子で馬を操り、ミルキーもそれに続く。サンキチは少しぎこちなさを残しながらも、前回よりはずっと安定していた。


 トルムも自分の馬を走らせている。


 ただし。


「頑張れ! もうちょいや!」


 フミタロウの大型馬だけは、やはり少しずつ遅れていた。


 馬自身もさぼっているわけではない。


 首を伸ばし、太い脚で懸命に地面を蹴っている。


 その姿を見ると、さすがのフミタロウも文句を言う気にはならなかった。


「そうや、その調子! 頑張れ!」


 主人に励まされながら、大型馬は必死に仲間を追いかけた。


          *


 しばらく走ると、草原の向こうに巨大な影が見えてきた。


 牛の頭を持つ、巨大な魔獣。


 ベヒーモス。


 その周囲には、狼に似た魔物――ワーウルフが何体も群れている。


 さらにその外側を、何騎もの騎兵が円を描くように走っていた。


 馬を走らせながら弓を引き、矢を放つ。


 ベヒーモスが突進すれば、一斉に距離を取って包囲を広げる。


 逆に魔物が逃げようとすれば、騎兵たちは円を縮めて進路を塞ぎ、再び矢を浴びせる。


 フミタロウは思わず見入った。


「騎兵の連携ってすごいな」


「彼らは生まれた時から馬に乗っているからな」


 シルフィエが答える。


 確かに上手い。


 一人一人が勝手に動いているように見えて、全体としては一つの円を保っている。


 だが、騎兵たちが優勢というわけではなかった。


 ベヒーモスにはすでに何本もの矢が刺さっている。それでも倒れる気配がない。


 巨体が大きく息を吸った。


「離れろ!」


 誰かの声と同時に、騎兵が一斉に散る。


 ベヒーモスの口から吐き出されたブレスが草原を薙いだ。


 騎兵たちは避けたものの、その隙を狙ってワーウルフたちが襲いかかる。


 騎兵は巧みに馬を操ってそれもかわし、包囲を立て直す。


「ですが……」


 戦場を見ていたクリフトスが言う。


「決め手に欠けるようですね」


 確かに、逃走は防げている。


 だが、ベヒーモスを倒し切る火力がない。


 こちらの接近に気づいた騎兵の一人が合図を送り、やがて一人の若い男が馬を走らせてきた。


 軽装の鎧を身につけている。


 まだ若いが、騎乗姿勢に隙がなく、周囲の戦況へ向ける視線も落ち着いていた。


「加勢か! すまないな」


「ああ、気にするな」


 シルフィエが答える。


「状況は?」


 若い指揮官は戦場を振り返った。


「ベヒーモスがボスだ。だが、周りのワーウルフがうるさくて近づけん」


 その視線が、サンキチとミルキーの杖へ向いた。


「魔法使いがいるなら、分断してくれると助かる!」


「分かりました!」


 サンキチが即答した。


 一行は馬から降りる。


 サンキチがミルキーを見る。


「ミルキーさん。この前話してた魔法、試してみましょう」


「はい」


 フミタロウが二人を見る。


「なにそれ? なんか考えたの?」


「ええ」


 サンキチは戦場を見ながら答えた。


「ミルキーさんと、いつもフミタロウさんが特攻してばかりなので」


 少しだけ得意そうな顔になる。


「ちょっと考えてみました」


「特攻って言うな」


 サンキチは聞き流し、騎兵たちへ向かって声を張った。


「騎兵のみなさん! 少し距離を取ってください! 危ないですよ!」


 若い指揮官は理由を尋ねることもなく、すぐに剣を掲げた。


「分かった! 包囲を広げろ!」


 号令一つで、騎兵たちが一斉に馬を操る。


 円形の包囲が大きく広がり、中央にはベヒーモスとワーウルフだけが残った。


 サンキチが杖を構える。


「いきます!」


 魔力が集まる。


「ファイアーウォール!」


 轟音とともに、魔物たちの正面へ巨大な炎の壁が立ち上がった。


 ワーウルフたちが警戒して足を止める。


 ベヒーモスも炎の向こうを睨んだ。


「ミルキーさん、今です!」


「はい!」


 ミルキーが杖を大きく振る。


「風よ、押し流せ!」


 強烈な風圧が、炎の壁へ叩きつけられた。


 炎が大きく揺らぐ。


 次の瞬間、壁だった炎が前へ動き始めた。


「うおっ……!」


 フミタロウが目を見開く。


 巨大な炎の壁は形を崩しながらも消えず、そのまま草原を這うような炎の波となって魔物たちへ押し寄せていく。


 ワーウルフたちが逃げようとした。


 しかし、範囲が広すぎる。


 炎の波が群れを一気に飲み込んだ。


 熱気が離れた場所にいるフミタロウたちのところまで届く。


 周囲の騎兵たちも、一瞬言葉を失っていた。


 炎が通り過ぎたあと、ワーウルフの大半が地面へ倒れている。


「おおおっ!」


「すげえ!」


 騎兵たちから歓声が上がった。


「おお! すげー!」


 フミタロウも興奮して声を上げる。


 サンキチは少し得意そうに杖を構え直した。


「合成魔法――ファイアーウェーブです!」


「いつの間にそんなもん考えてたん?」


「だから言ったでしょう。フミタロウさんが突っ込んでばっかりだからですよ」


「そこはもうええねん」


 だが、戦いはまだ終わっていなかった。


 炎の中から、低い咆哮が響く。


「グオオオオッ!!」


 ベヒーモスが立っていた。


 全身に炎を浴び、大きな傷を負っている。それでも倒れてはいない。


「やっぱ、あいつは残るか」


 フミタロウは左腕の装備を確認した。


「よし!」


 地面を蹴る。


 その瞬間、背後からフルートの音が響いた。


 クリフトスの強化魔法が身体を包み、脚へ力が満ちる。


「行ってください!」


「おう!」


 速度が一段上がった。


 ベヒーモスがフミタロウを捉え、太い腕を振り上げる。


 そのとき、横から一本の矢が飛んだ。


「そこだ!」


 シルフィエの矢がベヒーモスの腕へ深く突き刺さった。


 巨体の動きが一瞬鈍る。


 その隙を逃さず、フミタロウは懐へ飛び込んだ。


 右手を振り抜く。


「カマイタチ!」


 鋭い一撃がベヒーモスの脇腹を切り裂いた。


 開いた傷を確認した瞬間、フミタロウはその勢いのまま身体を回転させる。


 左半身を前へ。


 左腕に装着されたフ式パイルバンカーを、カマイタチで開いた傷口へ密着させた。


「いけーーーっ!!」


 杭が射出される。


 腹の底へ響くような衝撃音が草原に鳴り響いた。


 ベヒーモスの巨体が、くの字に折れ曲がる。


 一瞬、動きが止まった。


 やがて膝が崩れる。


 フミタロウはすぐに距離を取った。


 巨大な身体がゆっくりと傾き、草原へ倒れる。


 地面が揺れ、土煙が舞い上がった。


 一瞬だけ、静寂が訪れる。


 次の瞬間。


「うおおーーー!!」


 周囲の騎兵たちから、大歓声が上がった。


ベヒーモスの討伐は完了した。


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