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漏洩の加護  作者: なつみかん
第十一章 リバーナの危機
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第四十五話 リバーナの危機

ナハルの戦いを終え、態勢を整えたユリウス隊は、すでにナハルを後にしていた。

目指しているのは、死霊侯デロスが現れたダンジョンだ。デロスを倒したとはいえ、そこが安全になったとは限らない。隊を率いて街道を進みながらも、ユリウスの胸から不安が消えることはなかった。

やがて、一行の前方に岩肌へ開いたダンジョンの入り口が見えてきた。ユリウスは険しい表情で、その奥に広がる暗闇を見つめた。

「デロスが倒れたからといって、あのダンジョンが安全になったとは限らない」

「ほかにも、何かが残っている可能性がありますね」

隣に立つ副官の言葉に、ユリウスはうなずいた。

あの場所から現れたデロス一人によって、部隊は壊滅寸前まで追い込まれた。ダンジョンの奥に何があるのか、すべてを確認できたわけではない。だからといって、まだ消耗の残る部隊を率いて、再び潜ることもできなかった。

ユリウスは周辺国から派遣された部隊の指揮官を呼び寄せた。

「あのダンジョンの封鎖を頼む。許可なく、誰も中へ入れるな」

「承知しました」

指揮官はすぐに兵を動かした。ダンジョンの入口には立ち入りを禁じる柵が設けられ、交代で見張りが置かれる。

「入口を封鎖しろ! 警戒を怠るな!」

命令を受けた兵士たちが、慌ただしく作業を進めていく。

封鎖の作業が進む間に、副官は今回の戦いについて報告書をまとめていた。ユリウスは書き上げられた内容へ目を通し、不足している部分を指摘する。

「魔導騎士団本部にも、今回の件を報告する。デロスの強さも、可能な限り詳しく書いておけ」

「はい」

完成した報告書には封蝋が施され、伝令の騎兵へ手渡された。

「これを本部へ。可能な限り急いでくれ」

「承知しました!」

伝令は馬へ飛び乗ると、蹄の音を響かせながらダンジョン前をあとにした。

しかし、この時点ではまだ、各地のダンジョンで起き始めた異変を誰も把握していなかった。

ひとまずの処置を終えたユリウスは、副官とともに携行用の地図を広げた。

「この近くで、ほかに古い巨大なダンジョンはどこだ?」

副官は地図を確認し、ナハルから少し離れた一点を指す。

「一番近いのは、リバーナの町の近くにあるレバレスのダンジョンですね」

「ここか……」

その名はユリウスも知っていた。古くから多くの冒険者が出入りしている、巨大なダンジョンである。

「騎馬隊なら、三日というところか」

「はい。街道を使えば、そのくらいです」

魔導騎士団本部からは、まだ次の命令が届いていない。ユリウスは少し考えたあと、地図を畳んだ。

「レバレスへ向かうと本部に報告する。ひとまず、あのダンジョンを調査するぞ」

そして部隊へ向き直り、よく通る声を上げた。

「全員、出発準備!」

「はっ!」

ほどなく、ユリウスを先頭に魔導騎士団がダンジョン前を出発した。封鎖を任された兵士たちに見送られ、騎馬隊は荒野を延びる街道へ入る。

行軍は予定どおりに進んだ。夜になると街道脇に野営地を設け、兵士たちは馬へ水と飼料を与える。ユリウスと副官は焚き火のそばで地図を広げ、現在地を確認した。

「予定どおり進んでいます。明日には到着できるでしょう」

「そうか。今のところ、異変らしいものはないな」

翌朝、再び進み始めた一行の前に、城壁に囲まれた町が見えてきた。

「隊長、リバーナです」

「あれか」

町の門を守る兵士は、近づいてくる一団が掲げる旗に気づくと、慌てて仲間へ声をかけた。

「魔導騎士団だ! 門を開けろ!」

三日後、ユリウス隊はリバーナへ到着した。

開かれた門の向こうでは、住民や商人が普段どおりに行き交っている。騎士団の姿に驚いて振り返る者はいたが、町に危険が迫っている様子はなかった。

「まずは、この町の責任者に話を聞く」

ユリウスたちは町の役所へ向かった。

知らせを受けた町の役人が、役所の前で一行を出迎える。

「これはこれは、魔導騎士団の皆様。遠いところを、ようこそお越しくださいました」

丁寧に頭を下げたあと、役人は少し不思議そうな顔になった。

「ですが、こちらから救援要請は出しておりません。いかなるご用でしょうか?」

「レバレスのダンジョンを調査する」

「調査……ですか?」

「最近、別の古いダンジョンで異変が起きた。念のため、内部を確認しておきたい」

デロスについて細かく話すつもりはなかったが、ユリウスの真剣な表情から、ただの巡回ではないことは伝わったらしい。役人の顔から営業用の笑みが消えた。

「なるほど……」

「ダンジョンに詳しい者を一人、できれば腕の立つ者に案内を頼みたい」

「分かりました。すぐに適任者を手配いたします」

「助かる」

二人が話していると、大通りの方から車輪の音が近づいてきた。

数人の冒険者が、大型の荷車を引いている。荷台に載せられていたのは、人間よりもはるかに大きな石像だった。古びた異形の怪物をかたどっており、長い間ダンジョンの中に置かれていたことが一目で分かる。

「あれは?」

ユリウスが尋ねると、役人は何でもないことのように答えた。

「レバレスのダンジョンから持ち帰られた戦利品です。古い石像は、高値で売れるそうですよ」

荷車はユリウスたちの前を、ゆっくりと横切っていく。冒険者も周囲の住民も、珍しい戦利品を見る程度の反応しか示していない。

「あんなものをありがたがるとは……悪趣味にしか思えんな」

「そうですね。夜に見たら、絶対に怖いですよ」

「高く売れるらしいが、理解できんな」

副官とそんな会話を交わしている間に、石像を載せた荷車は人混みの向こうへ消えていった。

「案内役が決まりましたら、すぐにお知らせします」

「頼む」

翌朝、ユリウスたちが町の門前へ集まると、役人が一人の男を連れてきた。

軽装の防具と剣を身につけ、探索に必要な道具を一通り背負っている。余計な装飾のない装備と落ち着いた態度から、経験を積んだ冒険者であることがうかがえた。

「こちらが、レバレスのダンジョンに詳しい者です」

「何度も内部へ入ったことがあります。中層までなら、迷わず案内できます」

「頼む。最近、ダンジョンで変わったことはなかったか?」

「特には。いつもどおり、冒険者が出入りしています」

町の様子と同じく、レバレスにも目立った異変はないらしい。

案内役へ馬を貸し与え、一行はリバーナを出発した。

「お気をつけて!」

役人の声を背に、騎馬隊はダンジョンへ続く街道を進む。

「町の様子は、平穏そのものでしたね」

「何もなければ、それでいい」

ユリウスはそう答えたが、警戒を緩めるつもりはなかった。前方には岩山と深い森が広がり、その奥にレバレスのダンジョンがある。

「警戒は怠るな。デロスのような相手がいる可能性もある」

「はっ!」

やがて周囲の木々が深くなり、岩肌が街道の近くまで迫り始めた。

「この先の岩山に、ダンジョンの入口があります」

「あと少しか」

案内役の言葉に答えた直後、ユリウスは片手を上げた。

「待て」

騎馬隊が一斉に止まる。馬たちは落ち着かない様子で頭を振り、耳を動かしていた。

遠くから、何かが聞こえる。

ザッ、ザッ、ザッ――。

大勢の足音に、武器や防具が触れ合う音が混じっている。地面の小石が、わずかに震えていた。

「大人数です……」

副官が声を潜める。

ユリウスはすぐに馬から下りた。

「何か来る。全員、街道を外れろ」

「馬も隠します!」

一行は岩陰や木々の間へ移動し、馬を奥へ引き入れた。姿勢を低くして街道をうかがうと、まだ姿の見えない軍勢が巻き上げた土煙が近づいてくる。

「声を出すな。通り過ぎるまで動くな」

「魔王軍……でしょうか?」

「分からん。だが、ただの旅人ではない」

やがて、土煙の中から槍と盾が現れた。

揃いの防具に身を包んだリザードマンの兵士たちが、隊列を組んで街道を進んでいる。槍兵と盾兵、その後ろには弓兵まで配置されていた。

「リザードマン……」

「数が多すぎます」

「ただの移動ではない。完全に軍隊だ」

兵士の列は途切れることなく続き、街道を埋めていく。訓練された足取りに乱れはなく、これまで遭遇した小規模な魔物の群れとは明らかに違っていた。

「まだ動くな。後ろにも何かいる」

リザードマンの軍勢の向こうで、土煙の中に巨大な四足獣の影が見えた。

馬ほどの大きさがある黒豹が、重い足音を響かせながら姿を現す。その背には、武器と防具を身につけた人型の魔族が乗っていた。

「あれは……魔族?」

副官の声が震える。

ユリウスは目を見開いた。

「デロスと同じ……」

脳裏に、ナハルでの戦いがよみがえる。

デロスが放った魔法によって、兵士たちはまとめて吹き飛ばされた。たった一人を相手に、部隊は壊滅寸前まで追い込まれたのだ。

黒豹に乗った魔族は、一人だけではなかった。

一人、二人と通り過ぎても、その後ろから別の黒豹が現れる。ユリウスは息を潜めたまま、必死に数を追った。

一人、二人……まだいる。

街道を通過する姿を数えただけでも、十人を超えていた。その周囲を、大量のリザードマンが護衛している。

ユリウスの顔から血の気が引いた。

デロスほどの力を持つ魔族が、十人以上いる。もし全員が同程度の力を備えているのなら、自分たちだけで止められる相手ではなかった。

そして、軍勢が進む方角に気づく。

「この進行方向は……」

レバレスのダンジョンから延びる街道。その先にあるのは、つい先ほどまで滞在していたリバーナの町だった。

「リバーナへ向かっている」

恐怖を押し殺し、ユリウスは最後尾の後衛が通り過ぎるのを待った。

「まだだ……完全に離れるまで待て」

敵軍が十分に遠ざかったところで、ようやく岩陰から立ち上がる。

「リバーナの町が危ない。調査は中止する」

「すぐに戻りましょう!」

「全速で引き返すぞ! 魔王軍より先に、町へ知らせる!」

「はっ!」

ユリウス隊は馬を街道へ出すと、先行する魔王軍を追うようにリバーナへ引き返した。

しかし、大軍とはいえ敵も歩みを止めない。土煙が前方に見える距離まで迫ったところで、副官が声を上げた。

「このままでは、追いついてしまいます!」

「町へ先回りしなければ意味がない!」

敵の後ろへ追いついたところで、突破できなければリバーナへ知らせることはできない。

そのとき、案内役が街道脇の森を指した。

「脇道があります! 狭いですが、騎馬なら通れます!」

「リバーナまで抜けられるのか?」

「町の北側へ出ます! 大軍では通れませんが、我々なら先回りできます!」

「よし、案内しろ!」

案内役が街道を外れ、木々の間へ入っていく。ユリウス隊も一列になり、その後へ続いた。

「全員、隊列を崩すな!」

森の道は狭く、低い枝が頭上へ張り出している。地面には木の根が浮き、激しい起伏が馬の速度を奪おうとする。それでも一行は手綱を握り、可能な限り速度を落とさずに進んだ。

「急げ! 町が襲われる前に知らせるんだ!」

長く感じられた森を抜けると、前方にリバーナの北門が見えた。町はまだ平穏で、城壁の兵士たちも敵軍の接近には気づいていない。

「リバーナです!」

「間に合った! 門を閉めろ! 魔王軍が来るぞ!」

ユリウス隊は勢いを緩めないまま北門へ駆け込んだ。

「魔王軍ですと!?」

「リザードマンを中心とした大部隊だ! すぐに町の責任者へ知らせろ!」

ユリウスは、敵が来る街道の方角を指す。

「黒豹に乗った魔族も十人以上確認した! 時間がない。門を閉めろ!」

「は、はい!」

城壁の上で警鐘が打ち鳴らされた。

カァン、カァン、カァン――。

「敵襲! 魔王軍が接近している!」

警告は瞬く間に町中へ広がった。商人たちは慌てて店を閉め、親は子どもの手を引いて家の中へ逃げ込む。

「家の中へ入れ! 城壁には近づくな!」

重い門扉が閉じられ、太い閂が固定された。守備兵たちは矢と盾を城壁へ運び、ユリウス率いる魔導騎士団も配置につく。

地平線に、巨大な土煙が見えた。

「来ます……!」

「迎撃準備! ここで食い止めるぞ!」

城壁の上から見下ろす街道を、多数のリザードマンが埋め尽くしていた。盾を構えた前衛の後ろに槍兵と弓兵が続き、さらに後方には黒豹に乗った魔族の姿が見える。

「敵軍、接近!」

弓兵と魔法使いたちが狙いを定める。魔導騎士団の団員も、いつでも術を発動できるよう構えた。

「まだ撃つな! 十分に引きつけろ!」

敵の盾が、ゆっくりと大きくなっていく。足音と防具の音が、城壁まで届き始めた。

ユリウスは右手を上げた。

「弓兵――構え!」

弓兵たちが一斉に弦を引く。

「放て!!」

振り下ろされた手を合図に、大量の矢と攻撃魔法が空へ放たれた。

矢はリザードマンの前衛へ降り注ぎ、火球や雷撃が隊列の中で炸裂する。守りを固めていた兵士たちが次々と倒れ、敵の進軍が一度止まった。

「効いています!」

「攻撃を止めるな! 城壁へ近づけさせるな!」

だが、魔王軍も黙って攻撃を受け続けてはいない。

リザードマンの弓兵と魔法部隊が前へ出ると、城壁へ向けて矢と攻撃魔法を放った。

「反撃が来るぞ!」

迫る攻撃を見たユリウスが、再び右手を上げる。

「魔導騎士団、障壁陣形! 魔導障壁を展開する!」

「はっ!」

属性の異なる二人の魔導騎士が、一組となって並んだ。

それぞれが魔力を練り、呼吸を合わせる。異なる属性の魔力が混ざり合い、術者たちの前面に巨大な長方形の盾が次々と現れた。

敵の矢と魔法が、魔導障壁へ激突する。

激しい衝撃音が連続して響いたが、直射された攻撃は一つも城壁へ届かなかった。

「す、すごい……! これが、魔導騎士団の魔法……!」

初めて目にした守備兵が、思わず感嘆の声を漏らす。

異なる属性の術者二人が魔力を合成し、強固な盾を作り出す魔導障壁。特殊な訓練と、術者同士の正確な連携がなければ維持できない。実戦で運用できるのは、魔導騎士団だけだった。

数多くの戦場で味方を守り続けてきたその力は、人々から『人類の盾』と呼ばれている。

「リザードマンの攻撃なら防げます」

「ああ……」

副官の言葉に答えながらも、ユリウスは喜ばなかった。

ナハルでデロスと戦ったとき、魔導障壁は破られた。後方に控える魔族たちが動けば、同じことが起きるかもしれない。

「魔導障壁、維持!」

複数の長方形障壁が、正面から飛来する矢と魔法を弾き続ける。

すると敵の弓兵が狙いを変えた。弓を上へ向け、城壁を越えるように矢を放つ。

弧を描いた矢が、正面の障壁の上を越えてきた。

「曲射が来ます!」

「盾を上げろ! 魔導騎士団の術者を守れ!」

守備兵たちは物理的な盾を頭上へ掲げ、隙間から落ちてくる矢を剣で払った。

魔導障壁は、術者の前面へ展開する盾である。頭上や背後まで覆う全周結界ではない。だが、正面を魔導騎士団が守り、頭上を町の守備兵が補えば、弱点を埋めることができる。

「これなら守り切れる!」

「連携が機能しています!」

守備側は敵の攻撃を防ぎながら、矢と魔法で反撃を続けた。

そのときだった。

町の中心部から、激しい破壊音が響いた。

ドゴォン――!

続いて、住民の悲鳴が上がる。

城壁上にいた兵士たちが一斉に振り返った。建物の間から黒煙が立ち上っている。

「な、何だ!?」

「町の中から……!?」

ユリウスの表情が凍りついた。

同じ頃、町の中心部では、一体の魔族が破壊された建物のそばに立っていた。

「まだ身体が、思うように動かぬか……」

魔族は片脚を引きずりながら、腕や指の動きを確かめている。身体はまだ完全ではなく、動作も鈍い。

住民たちは悲鳴を上げて逃げていた。町を守る兵士の大半は、迫る魔王軍に備えて城壁へ集められている。

魔族は遠くに見える大きな建物へ顔を向けた。

「この町の長は、確かあの建物にいると――人間どもが話していたな」

市長舎へ向かい、ゆっくりと歩き始める。その姿を目にした住民たちは、近づくこともできずに道を空けた。

途中、異変を聞きつけた数人の守備兵が、魔族の前へ立ちはだかった。

「止まれ!」

「それ以上、近づくな!」

守備兵が剣を抜き、一斉に斬りかかる。

魔族の動きは速くなかった。それでも、振るわれた一撃は兵士たちをまとめて弾き飛ばした。

「邪魔をするな」

倒れた者たちには目も向けず、再び市長舎へ歩き出す。

その頃、市長舎の執務室では、市長と役人たちが城壁の状況を確認しようとしていた。

突然、扉が内側へ吹き飛ぶ。

轟音とともに木片が散り、室内へ煙が流れ込んだ。

市長たちが声も出せずに立ち尽くすなか、煙の向こうから魔族が姿を現す。

「貴様が、この町の長か?」


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