第四十四話 おっさん、包囲される
狭い谷の出口を塞ぐように、エルフの捜索隊が展開していた。
左右には弓を持った隊員たちが並び、道の中央には隊長のアランが立っている。まだ誰も矢をつがえてはいないが、フミタロウたちの進路は完全に塞がれていた。
「探していたのは、お前たちだ」
アランはそう告げると、改めて五人を順に観察した。
ダークエルフの弓使いであるシルフィエ。細身の魔法使いサンキチ。長い木製のスタッフを持つ僧侶のミルキー。フルートを携えた魔楽士のクリフトス。そして、他の四人とは明らかに異質な金属製の装備を左腕に着けた武闘家のフミタロウ。
「ダークエルフに、魔法使い、僧侶、魔楽士、それに武闘家か……」
アランは少し疑わしそうに目を細めた。
「ずいぶん妙な組み合わせだな」
「そう言われてもな」
フミタロウが困ったように答える。
アランの視線は、そのままフミタロウの左腕へ移った。金属の盾に覆われた機構は、この世界の一般的な防具とはまるで形が違う。
「特にお前だ。その左腕の装備は何だ?」
フミタロウは左腕を軽く持ち上げた。
「フ式パイルバンカーや」
「フ式……?」
聞き慣れない名前に、アランが眉を上げる。手は触れず、盾の隙間からのぞく可動部や魔石を興味深そうに目で追った。
「俺もあちこち旅してきたが、そんな装備は見たことないぞ」
「そらそうや」
フミタロウの表情が、わずかに得意げなものへ変わった。
「世界にこれしかない、俺専用装備やからな」
「どう使うんだ?」
「見た方が早いな」
フミタロウは周囲を見回し、道脇にむき出している岩壁を見つけた。そこへ向かって歩き出すと、捜索隊の兵たちが反射的に弓を動かす。
「おい、何をする気だ」
シルフィエも警戒した声を上げた。
「ちょっと実演するだけや。離れといて」
フミタロウは岩壁の直前で足を止めた。左腕を曲げたまま、フ式パイルバンカーの先端を岩の表面へ押し当てる。腕の力だけではなく、足と肩と体重で装置を固定した。
ガチンッ、と機構がかみ合う。
次の瞬間、金属の杭が岩壁へ叩き込まれた。
ドゴンッ!!
重い衝撃音が谷へ響き、岩の表面が大きく破砕される。破片と粉じんが飛び散り、捜索隊の兵たちは思わず顔をそむけた。
やがて粉じんが薄れると、岩壁には大きな破砕痕が残っていた。攻撃を終えた杭はすでに装置内へ戻っており、岩には何も刺さっていない。
「おおっ! すげえな!」
アランは先ほどまでの警戒を忘れ、目を輝かせていた。
「やろ?」
少し得意げに振り返ったフミタロウをよそに、アランは破砕された岩壁へ近づいた。傷跡を確かめた後、自分の弓とフ式パイルバンカーを見比べる。
「俺は格闘戦が苦手だが……奥の手で持っていれば、意表を突けそうだな」
そして、真顔でフミタロウへ一歩近づいた。
「それ、俺に売ってくれ」
「嫌や」
即答だった。
「頼む」
「無理」
「そうか……」
アランは本気で残念そうに肩を落とした。しかし、すぐに顔を上げる。
「せめて、どこで作ったかぐらいは教えてくれ」
「ああ、そのぐらいは別にいいよ」
フミタロウが小声で製作した場所を伝える。アランは忘れないように何度かうなずいた。
サンキチとミルキーは、先ほどまで自分たちを包囲していた相手と楽しそうに話すフミタロウを呆れた顔で見ていた。シルフィエも、性急すぎる展開についていけない様子である。
やがてアランは姿勢を正し、再び隊長の顔へ戻った。
「……さて、装備の話はここまでだ」
つい先ほどまで緩んでいた空気が、また張りつめる。
アランはミルキーから紹介状を受け取り、族長の署名と印をもう一度確認した。紙自体も印も正式なもので、偽造を疑う余地はない。
「正式な手順を踏んでいるのは分かった」
紹介状をミルキーへ返し、アランは五人を見回した。
「だが、俺たちが受けた命令は、お前たちの捕縛だ」
アランの表情が険しくなる。
「一体何をした? いや、これから何かをしようとしているのか?」
「ただ通り抜けたいだけなんやけどな」
フミタロウには、それ以外に答えようがなかった。
「通り抜けて、どこへ向かう?」
「東の島だ」
シルフィエが答えると、アランは意外そうに目をしばたたかせた。
「東の島? あんなところに何かあったか?」
後方で聞いていた副官が、記憶をたどるように答える。
「たしか、人族の女性が治める小さな国があるぐらいしか……名前は……」
「ヤーナマトだ」
「そう、それです」
副官がうなずく。アランはますます訳が分からないといった顔で、フミタロウへ向き直った。
「そんなところに何があるんだ?」
「きちんと説明したら、行かせてくれるのか?」
逆に問われたアランは、しばらく考えた。
「内容によるな。ただ、エルフ王国に危害を及ぼさない話なら……俺としては、捕らえる必要を感じない」
フミタロウとシルフィエは顔を見合わせた。アランの言葉をどこまで信用すべきか、一瞬だけ視線で確かめ合う。
先にうなずいたのはフミタロウだった。
「分かった。最初から説明するわ」
フミタロウは、自分たちがここまで来た理由を話し始めた。
「俺らは、魔王を倒す方法を探して旅してる」
古い資料を調べ、賢者リースのもとでヤーナマトの歴史を知ったこと。かつて不夜の都と呼ばれた王国に、太陽の魔法が存在したこと。そしてその王国が大洪水によって海の向こうへ消えたことを、順を追って説明した。
「東の島にあったヤーナマト王国に、太陽の魔法が残ってるかもしれん。それを確かめるために、東の島へ向かってるんや」
サンキチ、ミルキー、クリフトスの表情も真剣だった。大げさな作り話ではないことが、その顔を見るだけで伝わる。
「紹介状を得た経緯も説明する」
今度はシルフィエが話を引き継いだ。
オークの集団によって、ダークエルフの村が危機にさらされていたこと。フミタロウたちが村の戦士と共にオーク砦を攻め、オークキングを倒したこと。その礼として、族長が正式な紹介状と案内役を一行へ与えたことを、過不足なく話した。
すべてを聞き終える頃には、アランの顔から警戒の色はほとんど消えていた。
「そうか……疑って悪かったな」
アランは素直に頭を下げた。
「ところで、なぜお前たちを捕縛するような命令が出たのか……何か心当たりはあるか?」
「全然分からんわ」
フミタロウは即答した。サンキチとミルキー、シルフィエも、まるで心当たりがないという顔をしている。
ただ一人、クリフトスだけが静かに考え込んでいた。
「もしかすると、我々をスパイに仕立て上げて、何かに利用するつもりなのではありませんか?」
その言葉に、アランとフミタロウが同時に目を見開いた。
「ああ、なるほど」
二人の声がきれいに重なった。アランとフミタロウは、ゆっくりと互いの顔を見る。
「真似するな」
「どっちがやねん」
サンキチとミルキーが呆れたように二人を見る。シルフィエと副官は互いの隊長を見比べ、クリフトスだけが穏やかに微笑んでいた。
張りつめていた空気が、ほんの少しだけ緩む。
アランは小さく息を吐き、話を切り上げるように手を叩いた。
「よし、事情聴取は終わった」
「それなら、行ってええんか?」
「そう簡単にはいかん」
フミタロウの期待を、アランは真面目な顔で退けた。
「俺も仕事をこなさないと、給料がなくなる」
そう言って、アランは背後で待つ部下たちを示した。長い捜索で疲れてはいるが、隊員たちは誰一人として不満を口にせず、隊長の判断を待っていた。
「部下たちまで路頭に迷わせるわけにはいかんからな」
フミタロウたちは、アランが何を言いたいのか分からず、顔を見合わせた。
「お前たちは逃げろ」
「え?」
フミタロウたち全員の表情が、ほぼ同時に固まった。
「俺たちは追跡するが、森の中で見失ったことにする」
フミタロウは一瞬、アランの言葉の意味を考え、すぐに実務上の問題へ気づいた。
「でも、すぐ報告されたら東の関所で捕まるんちゃうか?」
アランは小さく笑った。
「報告は遅らせる」
そして、森の先にある東の方角を指す。
「お前たちが東の関所を抜けるころまで、捜索を続けていることにする。紹介状を見せて普通に通れ。捕縛命令が届く前に抜けるんだ」
アランの方法なら、彼は与えられた仕事を放棄したことにはならない。部下たちも捜索と追跡の任務を果たせる。そのうえで、フミタロウたちを逃がすことができた。
フミタロウの口元がゆっくりと緩む。
アランはそれを見ると、部下たちにも聞こえる大きな声を上げた。
「話は終わりだ!」
目つきを変え、後ろの隊員たちへ手を振る。
「包囲を突破して、さっさと行け!」
シルフィエがまっさきに反応した。一行を先導し、アランの隊がわざと開けた隙間へ走り込む。フミタロウ、サンキチ、ミルキー、クリフトスも、すぐにその後を追った。
「逃がすな! 追え!」
アランの命令で、エルフの兵たちが弓を引く。矢は一行から外れた木々へ刺さり、いかにも激しい追跡であるかのような音を森へ響かせた。
走りながら振り返ったフミタロウが、アランへ叫ぶ。
「あんた、いいやつやな!」
「こんな馬鹿な命令に、まともに付き合う必要もない! さっさと行け!」
怒鳴り声を背中で聞きながら、五人は森の中を東へ走った。
数日後、フミタロウたちはエルフ王国の東端にある関所へ到着した。
門を守る衛兵たちのもとには、まだフミタロウたちの捕縛命令は届いていなかった。ミルキーが族長の紹介状を差し出すと、衛兵は署名と印を確認し、ほどなく重い門を開いた。
五人は振り返ることなく関所を抜け、エルフ王国の外へ足を踏み出した。
同じ頃、アランは森の中に設けた野営地で、一枚の報告書を副官へ差し出していた。
「よし。そろそろ報告を出せ」
「もう東の関所を抜けたころですね」
「ああ」
副官は報告書の文面へ目を落とした。
そこには、こう記されていた。
『懸命に追跡するも、対象を見失った』




