第四十三話 レンジャーのアラン
夜明け前、臨時捜索隊の野営地はまだ静まり返っていた。
隊員たちが眠る中、アランだけが焚き火のそばに座っていた。膝の上に広げた地図には、エルリーフから東へ伸びる交易路が描かれている。沿道の宿や集落には、捜索済みの印がすき間なく付けられていた。
アランは各班から集めた報告書へ目を落とし、もう一度、一行が関所を通過した時刻から追い直した。
「まだ起きていたのですか」
起き出してきた副隊長が、焚き火を挟んで腰を下ろした。
「人族四人とダークエルフ一人。関所を出た後、東へ向かったらしい」
アランは地図の上で指を滑らせた。
「それなのに、交易路沿いの集落には一度も現れていない。宿にも店にも立ち寄っておらず、目撃した者すらいない」
「森の中で迷っているのでは?」
「その可能性は低い」
アランは迷わず否定した。
「一行にはダークエルフの案内人がついている。この森で道に迷うような者を、案内役には選ばないはずだ」
それなら、なぜ誰にも見つからないのか。
報告書を見つめていたアランは、やがて地図へ視線を戻した。見つけられないのではない。自分たちが、探す場所を間違えているのではないか。
「街道にはいない、ということですか?」
「街道を通れば、沿道の宿や集落の前を完全に避けることはできない。それなのに、一人も見ていない」
つまり、一行は最初から交易路を通っていない。
「ですが、森の中に道など……」
「道がないのではない。俺たちの地図に載っていないだけだ」
この森には、昔使われていた古い道や、森で暮らす者だけが知る道が残っている。集落や他の旅人と接触したくないのなら、そのような道を使って東へ進んでいるはずだ。
「それほどまでに街道を避ける理由は何でしょう」
副隊長は声を潜めた。
「やはり、エルフ王国へ入り込んだ間者ではないですか?」
「可能性はある。ドワーフに雇われ、王国内を探っていることも考えられる」
しかし、そう口にしたアラン自身が、その推測に違和感を覚えていた。
「だが、誇り高いダークエルフが、ドワーフのために働いているとは考えにくい」
「では、彼らの目的は?」
「それはまだ分からん」
アランは、ほの暗い森へ目を向けた。
「本当に争いを避け、この国を通り抜けようとしているだけかもしれない」
「ただの旅人かもしれないのなら、捜索をやめますか?」
「それとこれとは別だ」
アランは地図を畳み、立ち上がった。
「命令を受けた以上、一行は見つける。ただし、何も分からないうちから罪人と決めつけるつもりもない。まず本人たちを見つけ、直接事情を聞く。判断はそれからだ」
眠っている隊員たちを起こすよう、副隊長へ指示する。集められた隊員たちは、朝もやに包まれた広大な森を見て戸惑った。
「この中を探すのですか?」
「そんな探し方をしていては追いつけん。行き先を絞る」
若い隊員が、不思議そうに地図を覗き込む。
「どうやって絞るんです?」
アランは、地図上のエルリーフから東へ指を滑らせた。
「五人が何日も森の中を進むなら、必ず必要になるものがある」
「水ですか」
「そうだ」
川沿いを進み続けるとは限らない。だが、手持ちの水だけで数日間移動することもできない。定期的に水を補給できる場所を通る必要がある。
街道や集落を避けながら東へ向かい、しかも水を確保できる道は多くない。アランは地図の三か所を指し示した。
「候補は、この三つだ」
「水場を順に調べましょう」
「全員で同じ場所を回っていては遅い。三班に分かれる」
森の入り口で、臨時捜索隊は三つの班に分かれた。
「第一班は北側の泉。第二班は南側の川を調べろ。俺たちは中央の水場へ向かう」
北側は斜面が険しく、五人分の荷物を持った一行には進みにくい。南側には湿地が広がっており、森の地理を知る案内人がわざわざ選ぶとは考えにくかった。
残された中央の沢は、東へ向かう古い道と重なっている。
「俺たちはそこを調べる」
地図を畳んだアランは、森へ入る前に隊員たちへ注意した。
「探すのは足跡だけではない。折れた枝、踏まれた草、焚き火の跡。人が通れば、必ず何かが変わる。小さな違いを見逃すな」
副隊長と数名の隊員を連れ、アランは中央の沢へ続く古い道を進んだ。
しばらくして、アランが突然片手を上げる。隊員たちはすぐに足を止めた。
アランは地面へしゃがみ、倒れた草を指でなぞった。草は同じ方向へ倒れ、葉の上には薄く泥が付着している。
「何かあるのですか?」
「ここを誰かが通っている」
そばにあった、腰ほどの高さの細い枝も折れていた。折れ口は新しく、倒れた草もまだ完全に起き上がっていない。
「例の一行でしょうか」
「まだ断定はできない。狩人や別の旅人が通った可能性もある」
それでも、痕跡は中央の沢がある東へ続いていた。
「跡を踏み荒らすな。ここからは一列で進む」
痕跡を追ったアランたちは、やがて木々の間にある小さな空間へ到着した。
「ここで休んでから……か」
「まだ沢にも着いていませんが」
戸惑う若い隊員の前で、アランは地面の一部を指した。自分たちが休むと言ったのではない。この場所で、誰かが休んだ痕跡を見つけたのだ。
地面の土を掘り返すと、下から灰と小さな炭が現れた。誰かがここで焚き火を使い、出発前に土をかけて完全に消していたのだ。
炭はすでに冷えている。灰の湿り方と土の状態を確かめたアランは、先客が昨日の朝にはここを出発していると推測した。
周囲には、荷物を置いた跡と、複数の者が腰を下ろした痕跡も残っている。数は五人。報告にあった一行と一致した。
アランは木々の向こうから聞こえる沢の音へ顔を向けた。
「一日ほど先を進んでいる。向かったのは、この先の沢だ」
ようやく、追うべき相手の姿が見え始めた。
その頃、フミタロウたちもまた、シルフィエの案内で森を進んでいた。
「もうすぐ沢へ出る。そこで一度、水を補給する」
「よかった。もうほとんど残ってないです」
サンキチが水筒を軽く振る。中からは、ごく小さな水音しか返ってこなかった。
「こっちも空に近いわ」
フミタロウも安心したように水筒を戻した。
木々の間を抜けると、岩の隙間を透き通った水が流れる、小さな沢が現れた。サンキチとミルキーはすぐに水筒を満たし、クリフトスは流れる水で顔を洗った。
「冷たくて気持ちいいですね」
「生き返りますね」
ミルキーとサンキチの声を聞きながら、フミタロウは沢の上流へ視線を向けた。
「この先も、沢に沿って進むのか?」
「途中までだ。この先で谷が狭くなっている。そこを抜ければ、東側へ早く出られる」
水を補給した一行は、沢の上流へ向かって歩き始めた。
「このまま、誰にも会わずに抜けられそうですね」
「まだ油断するな」
シルフィエの言葉どおり、まだ安心するには早かった。彼らが去った湿った岸辺には、五人分の足跡がはっきりと残っていた。
少し遅れて沢へ到着したアランは、岸辺の足跡を見た瞬間、それが探していた一行のものだと確信した。
足跡は五人分あり、沢の上流へ続いている。ひときわ深く沈んだ大きな靴跡のそばには、杖の先でついた小さな穴も残っていた。ほかにも細身の靴跡や軽い足跡があり、装備も歩幅もそれぞれ違っている。
「兵士だけで編成された一団ではないな」
「報告にあったとおり、普通の旅人に見えます」
アランは水がわずかに濁った浅瀬と、踏まれて折れたばかりの水草を確かめた。一行がここを通ってから、それほど時間は経っていない。昨日よりも距離は確実に縮まっていた。
「このまま足跡を追いますか?」
「後ろから追いかけるだけでは間に合わない」
一行が次に進む場所さえ分かれば、その後ろを追い続ける必要はない。
アランは沢辺で地図を広げた。上流には両側から山が迫り、一度谷が狭くなる場所がある。今の経路を使って東へ向かうなら、一行はその狭い谷を通る可能性が高い。
ただし、沢沿いの道は大きく曲がりながら谷へ続いている。
「こっちだ」
アランが示したのは、沢とは別に尾根を越える細い経路だった。昔、狩人たちが使っていた古い近道で、現在はほとんど知られていない。
「この近道を使えば、一行より短い距離で谷の出口へ行ける」
「先回りできるのですね」
「そうだ。ここから速度を上げるぞ」
フミタロウたちが沢沿いの緩やかな道を進んでいる頃、アランの班は木の根や岩をつかみ、急な斜面を登っていた。
道は細く、長く使われていないため、もはや獣道に近い。若い隊員が息を切らしながらアランの背中へ声を投げた。
「本当にこれが近道なんですか?」
「距離は短い」
「楽な道ではないですね」
「文句が多いぞ」
「そういうことは先に言ってくださいよ」
アランは足を止めず、尾根まで登り切った。木々の隙間から見下ろすと、岩壁に挟まれた狭い谷の出口が見える。まだ一行の姿はなかった。
「間に合った。谷へ下りて待つぞ」
アランたちは谷の出口へ下り、少し開けた場所で一行を待つことにした。両側には岩壁が迫り、後方の道も狭い。
「ここなら、相手に逃げ道はありません」
「追い詰めるためにここを選んだんじゃない」
アランは隊員たちを見回した。
「目的は一行を足止めし、話を聞くことだ。道を塞ぐだけでいい。弓は持っていても、矢をつがえるな」
「抵抗された場合は?」
「そのときは俺が指示を出す。勝手に射るな」
彼らが何者なのかは、まだ分かっていない。アランは、まず話を聞く必要があると考えていた。
隊員たちは谷の出口の左右へ分かれ、アランは道の中央に立った。
「本当にここへ来るでしょうか」
「案内人が森の地形を理解しているなら、必ずこの谷を通る」
その頃、フミタロウたちは、次第に岩壁が迫る狭い谷へ入っていた。
沢沿いの道を進んでいたシルフィエが、突然足を止める。右手を上げ、後ろの四人も制止した。
「どうした?」
「前に誰かいる」
シルフィエは地面に残る複数の足跡と、木の葉の隙間で動いた人影を確かめた。相手は一人ではない。
「待ち伏せされている」
「魔物ですか?」
「違う。エルフだ」
一行が警戒しながら谷の出口へ近づくと、道の中央にアランが立っていた。左右には、弓を持った複数のエルフが配置されている。ただし、まだ誰も矢をつがえてはいなかった。
「そこで止まれ」
谷の出口で、フミタロウたちとアランの班が向かい合う。
シルフィエは弓に手をかけたが、まだ構えてはいない。
「武器から手を離せ」
「先に道を塞いだのはそちらだ」
アランは片手を上げ、自分の隊員たちを制した。
「こちらから攻撃するつもりはない。見てのとおり、誰も矢をつがえていない。ただし、お前たちも勝手に動くな」
空気が張り詰める中、フミタロウがシルフィエの前へ少し出た。
「話を聞くくらいはできるだろ」
フミタロウの声は落ち着いていた。シルフィエは警戒を残しながらも、弓から手を離した。サンキチ、ミルキー、クリフトスも武器を構えず、相手の様子を見守る。
アランは弓を下げたまま、フミタロウと正面から向き合った。
「俺はレンジャーのアラン。エルフ王国に仕える者だ」
「エルフ王国に仕える者が、俺たちに何の用だ?」
「エルリーフから報告が届いている。人族四人とダークエルフ一人の一行が、王国へ入ったと」
シルフィエが一歩前へ出た。
「彼らはダークエルフの族長が認めた正式な客人だ。関所でも紹介状を見せている」
アランの眉がわずかに動いた。彼が受け取った報告には、その重要な事実が書かれていなかった。
「紹介状のことも含めて、直接事情を確認したい」
後方では、紹介状を預かっているミルキーが、それが入った荷物へ手を添えていた。
フミタロウは、ここへ来てようやく状況を理解した。
「あんたら、ずっと俺たちを探してたのか?」
「嫌な予感が当たった気がするんですけど」
サンキチが小さく口にした。
武器は構えられていない。それでも、谷の出口はアランたちによって完全に塞がれていた。
両者が緊張を残したまま向かい合う中、アランは静かに答えた。
「探していたのは、お前たちだ」




