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漏洩の加護  作者: なつみかん
第十章 案内人との出会い
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第四十二話 おっさん、知らぬ間に捜索される

エルリーフの関所を抜けたフミタロウたちは、シルフィエの案内でエルフ王国を東へ進んでいた。


一行の前に伸びているのは、森の中とは思えないほど立派な道だった。二台の荷馬車がすれ違える幅があり、路面には石が敷かれ、両脇には雨水を逃がす溝まで設けられている。分かれ道には、東西の方向を示す道標も立っていた。


「思ってたより、ちゃんとした道やな」


フミタロウが感心して言うと、先頭を歩くシルフィエが振り返った。


「エルリーフと王国を結ぶ交易路だ。荷馬車が通れなければ道の意味がない」


「でも、だいぶ静かですね」


サンキチの言葉に、クリフトスも周囲を見回す。


「関所を出てから、荷馬車と一台もすれ違っていません」


道は広く、整備も行き届いている。それなのに、前にも後ろにも人影はなかった。


「以前は、商人や旅人がもっと往来していた」


「他種族との交流が減って、道まで寂れてきたってことか」


フミタロウの理解を、シルフィエは短いうなずきで肯定した。


しばらく進むと、街道沿いに建物が現れ始めた。旅籠を掲げた宿、食事処、旅道具を売る店。そのいくつかは営業していたが、扉を閉ざしたままの建物も多い。複数の看板が色あせ、雨風に削られて文字も読めなくなっている。


「閉まっているお店が多いですね」


ミルキーが寂しそうに言った。


「旅人が来なければ、商売にはならない。かつてはエルリーフから来た者たちで、もっとにぎわっていた」


「交流を避けようとする動きが、ここで暮らす人たちにも影響しているのでしょう」


クリフトスの声は静かだった。サンキチは足元の石畳を見下ろし、もったいなさそうにつぶやく。


「せっかく立派な道を作っても、使う人がいなければ寂れますよね」


営業中の店の前を通りかかると、戸口に立っていたエルフの男が一行に気づいた。フミタロウたち四人の人族を見た後、視線がシルフィエの複色の肌と長い耳に止まる。男は露骨に顔をこわばらせ、店の奥へ下がった。


「なんか、すごい警戒されてるな」


「気にするな。そのまま進め」


シルフィエは店には目も向けず、歩調を変えなかった。


街道脇の道標には、この先に少し大きな集落があることが記されていた。木々の間から、遠くに並ぶ屋根も見える。


シルフィエはそこで足を止めた。


「あの集落は通らない。この付近から迂回する」


「そやな。わざわざ揉めそうなところへ行く必要もないしな」


フミタロウが賛成すると、シルフィエは道標の手前で街道を外れた。


彼女の先にあったのは、森へ分け入る細い道だった。地面は草と落ち葉に覆われ、低い枝が頭上まで伸びている。教えられなければ、そこに道があるとは気づかないだろう。


「これ、本当に道なんですか?」


「荷馬車は通れないが、徒歩なら東へ抜けられる。古い迂回路だ」


シルフィエは迷いのない足取りで森へ入っていく。四人も慌てて後を追った。


「これ、シルフィエとはぐれたら終わりやな」


「今度こそ、絶対に離れないでくださいよ」


「俺は大人やぞ」


「大人はすぐにフラフラどこか行ったりしませんよ」


サンキチの指摘にフミタロウが反論しかけたその頃、エルリーフの関所では、一人の若い衛兵が人目を忍んで奥の部屋へ入っていた。


彼は後ろ手に扉を閉め、念入りに廊下の気配を確かめた。机の上に紙とインクを置き、椅子に腰を下ろす。


怪しい一行が森へ入りました。人族四名と、それを案内するダークエルフです。


羽ペンを走らせ、衛兵は一行の特徴を書き連ねた。自分は通行に反対したにもかかわらず、衛兵長がダークエルフの族長の紹介状を理由に通してしまったことも書き足す。


それは正式な報告書ではなかった。


そもそも、彼に直接上層部へ連絡する権限はない。それでも手を止めず、自分は平素から王国のために尽くしているのに、衛兵長から不当に低く評価されていると書き加えた。そのため、正規の報告では危機が上層部へ届かないと考え、直接報せることにしたのだと主張する。


規則を破る行為であることは承知しております。しかし、すべては王国を思えばこそ。どうかご容赦ください。


自分だけが王国の危機に気づいている。そう信じている顔には、ダークエルフや人族への偏見と、衛兵長への鬱屈が滲んでいた。


手紙を封じた彼は、正式な報告経路を通さず、王国の高官宛ての連絡便へ密かに紛れ込ませた。


数日後、封書はエルフ王国の高官が使う執務室へ届いた。


「エルリーフの関所から、直接お届けしたいと」


部下から封書を受け取った高官は、封に押された印を眺めた。


「正式な報告ではないのだな?」


「はい。差出人は若い衛兵のようです」


高官は封を切り、ゆっくりと内容を読み始めた。


人族四名。ダークエルフの案内人。族長の紹介状。


その三つを確認したところで、高官の口元に薄い笑みが浮かんだ。彼にとって、手紙の内容が真実かどうかは大した問題ではない。大切なのは、この一行を政治的に利用できるかどうかだった。


「犯罪者か、ドワーフの間者とでもしておけば、交流派の者どもの足元をすくえる」


「では、すぐに王都へ報告を」


「まだ早い」


高官は部下の提案を手で制した。


「証拠もなく騒ぎを大きくすれば、こちらが不利になる。まずは密かに身柄を押さえろ」


表向きは森の巡回任務とし、少人数の隊を編成する。王都にも、エルリーフの衛兵長にも知らせてはならない。高官は余計な者の耳へ入れないよう念を押し、指揮官にアランを指名した。


「アランは、他種族に寛容すぎると聞いておりますが」


「弓の腕と森の経験は確かだ。それに、命令を拒む男ではない」


その評価は間違っていなかった。


詰所へ呼び出されたアランは、旅慣れた軽装に身を包んだ中年のエルフだった。高官の部下から任務の概要を聞き、面倒そうに頭をかく。


「人族四人とダークエルフ一人を、秘密裏に探して捕らえよ、か。また面倒そうな仕事だな」


「命令です」


「分かってる。給料をもらってる以上、仕事はするさ」


アランは集められた部下たちを見回し、出発の準備を命じた。


捜索を始めたアランは、まず一般的な旅人の行動から考えた。国境から東へ向かうなら、街道沿いの宿や集落で食料を買い、夜には屋根のある場所を求めるはずだ。


街道の分岐で地図を広げ、部下たちへ指示を出す。


「手分けして情報を集める。目撃情報が入ったら、すぐその場所へ向かえ」


捜索隊は街道沿いの宿、道具屋、酒場を順に訪ねた。人族の四人組とダークエルフの女。そのような一行が食料や旅の道具を買い求めなかったかと尋ねて回る。


「見てないな。そんな目立つ組み合わせなら、来ていれば覚えている」


酒場の店主は、そう断言した。


夕方、分岐に戻ってきた隊員たちからも、得られた報告は同じだった。どの集落にも、一行が立ち寄った形跡はない。


「どこへ行った?」


アランは人のいない街道の先を見つめた。


その頃、フミタロウたちは街道から遠く離れた森の中を歩いていた。


古い迂回路は、ときどき木々の間から遠くの集落をのぞかせた。しかし、シルフィエは一度もそちらへ進もうとはしない。


「集落には立ち寄らず、このまま進む」


「わかった。また面倒事になるよりはいいからな」


サンキチとミルキーが荷物を確かめる。サリーの店で買った保存食はまだ十分に残っており、雨具や野営道具に不足もない。


「サリーさんから話を聞いていなければ、私たちはあの集落へ寄っていたでしょうね」


クリフトスの言葉に、シルフィエがうなずく。


「人目を避けるなら旧道が最善だ。今夜も森で野営する」


一行は単に争いを避け、旅を穏やかに進めようとしているだけだった。しかし、サリーの忠告と十分な補給が、結果としてアランたちの聞き込みから彼らを完全に外していた。


捃索の結果を報告するため、アランは高官の執務室へ戻った。


「ダークエルフと人族は見つかったか?」


「街道沿いの宿と店、周辺の集落を調べましたが、該当する一行を見た者はいませんでした」


高官は机を叩いて立ち上がった。


「馬鹿者! 見つからないはずがなかろう!」


関所を出たことは確認されている。すぐに見つけ出せと怒鳴られても、アランは表情を変えなかった。


「承知しました」


丁寧に頭を下げ、執務室を出る。扉が閉まったのを確かめた途端、アランの顔から職務上の平静さが消えた。


「自分で探せよな。こき使いやがって」


「アラン様、聞こえますよ」


後ろを歩く副官が小声で注意する。


「聞こえんように言ってる」


「私には聞こえています」


「お前はいいだろ。それにしても、本当に性格の悪い高官だな。ああ、面倒くさい」


副官は、いつものことだと言わんばかりに苦笑した。


しかし、詰所へ戻ったアランは、それ以上愚痴を引きずらなかった。


「よし、愚痴は終わりだ」


机の上に周辺の地図を広げる。街道沿いの宿や店、集落には、すでに調査済みの印が付いていた。


「街道沿いは、ほぼ調べ終わっています」


「なら、捃索範囲を広げる。明日は街道から少し離れたこの三つの集落と、周辺の宿や商店を調べよう」


地図の三か所を指で示すと、若い隊員が不思議そうに尋ねた。


「アラン様でも、あんな高官の命令に素直に従うんですか?」


「あの男への感情と、仕事は別だ。給料を受け取っている以上、やるべきことはやる」


「真面目なのか、適当なのか分かりませんね」


「分からなくていい。明日の準備は任せたぞ。働いた分は、きっちり休ませてもらう」


アランは椅子の背にもたれ、大きく息を吐いた。部下たちはあきれていたが、命令に反発する者はいない。愚痴を言いながらも、アランが仕事を投げ出さないことを、皆が知っていた。


翌朝、捜索隊は森の分かれ道で三組に分かれた。


「予定どおり、各方面を調べろ。何か見つけたら、すぐに知らせるんだ」


隊員たちは小さな集落を回り、街道脇に残る足跡を調べ、宿では宿帳まで確認した。


しかし、見つかるのは商人や住民の足跡、荷馬車の輪の跡ばかりだった。人族を含む五人組が泊まった記録もない。


夕方に合流した三組は、揃って手掛かりなしと報告した。


「これだけ探して、誰も見ていないなんて」


困惑する副官の横で、アランは夕暮れの街道を見つめた。


「まるで、途中で消えたみたいだな」


その夜、フミタロウたちは古い迂回路から少し外れた、森の開けた場所で野営の準備をしていた。


「今日も誰にも会わんかったな」


「人目を避けるための道だ。当然だろう」


シルフィエは荷物から取り出した食料を確かめた。すぐに集落へ寄る必要はない。


「まだしばらくは大丈夫ですけど、保存食ばっかりなのも寂しいですね」


「集落いっても迷惑がられそうやしな。魚がおったら、サンキチ君がまた全員分釣ったらええし」


「どこにでも魚がいると思わないでください」


シルフィエは近くの木に登り、高い枝から周囲を警戒した。森に人の気配はなく、聞こえるのは鳥の声と木の葉が擦れる音だけだった。


夜になり、五人は焚き火を囲んだ。温かい食事とはいえないが、行く手を阻むものもなく、道中は順調そのものだった。


「この調子なら楽勝やな」


フミタロウが気楽に言った途端、サンキチが顔をしかめた。


「そういうことを言うと、何か起きるから本当にやめてください」


「何も起きへんて」


ミルキーの顔まで不安そうに曇る。それを見たクリフトスは、すぐにフミタロウへ非難の目を向けた。


「ミルキー様、顔色が優れませんよ。これはフミタロウさんのせいですね」


「俺のせいなん??」


ひそかに自分たちを探す捜索隊が動いているなど、誰一人知らない。焚き火の届かない場所で、森は暗く静まり返っていた。


同じ頃、捜索隊の野営地では、アランが高官から渡された命令書を読み返していた。


「あの一行が、実際に何をしたのか聞いているか?」


問われた副官は首を横に振った。


「怪しい一行が王国へ入り込んだため、発見次第拘束せよとしか」


「怪しいから捕らえろ、か。雑な命令だな」


紹介状が正式なものであることも、アランは聞かされていた。王国が無視できない人物の署名と印があるにもかかわらず、発見すれば拘束しろという。


命令は命令だ。無視するつもりはない。それでも、言われるままに拘束するのは性急すぎると感じていた。


「まず見つける。それから本人たちに話を聞こう」


部下たちが眠った後も、アランは焚き火のそばで地図を眺めていた。街道沿いは調べ尽くした。それでも手掛かりはない。


「そもそも、あいつらは本当に街道を進んでいるのか……?」


翌朝、フミタロウたちは野営地を片づけ、出発の準備を進めていた。


フミタロウは焚き火に土をかけ、火種が残っていないことを念入りに確かめる。


「何も起きませんでしたね」


「平和や」


サンキチはほっとしたが、ミルキーの顔にはまだ少し不安が残っていた。


「本当によかったです」


「こんな場所まで、誰も来えへんって」


「分かりませんよ」


クリフトスに真顔で返され、フミタロウは左右の森を見回した。


「朝から怖いこと言うなぁ」


シルフィエは焚き火の跡を確かめ、忘れ物がないか荷物に目を走らせた。


「今日も集落へは近づかない。出発するぞ」


五人はシルフィエを先頭に、草木に隠れかけた細い道を歩き始めた。


「こんな道、案内なしでは絶対に分からんな」


「だから私が来ている」


「たすかる」


自分たちが捜索されているとも知らず、一行は街道と集落から離れた森の奥を東へ進んでいく。


遠く離れた街道では、アランたちの捜索隊が動いていた。だが、双方の間には深い森が横たわり、まだ互いの存在に気づいていない。


その夜、捜索隊の野営地で、各班がアランへ最終報告を行った。


「街道沿いの集落はすべて確認しました。目撃情報は一件もありません」


「宿や商店を利用した形跡もありませんでした」


アランは報告を聞きながら、確認されている事実を一つずつ頭の中で並べた。


一行が関所を出たことは間違いない。それなのに、その後は誰も彼らを見ていない。街道沿いで食料を買った形跡も、宿に泊まった記録もなかった。


「明日も、さらに探索範囲を広げますか?」


副官の問いに、アランは首を横に振った。


「いや。同じ探し方を続けても、結果は変わらん」


「では、どうします?」


「一度、最初から考え直す」


部下たちが休息の準備を始めても、アランだけは地図の前に残った。


関所から東へ伸びる交易街道。その周囲に広がる広大な森。


焚き火の揺れる光の中で、アランは二つを何度も見比べた。


「何かを見落としている」


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フミタロウたちが、実際にどんな顔でアホな会話をしているのか気になる方は、ぜひどうぞ(笑)




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