第四十話 おっさん、エルフの事情を知る
ダークエルフの村を出てから、半日ほどが過ぎた。
先頭を歩くシルフィエが、森の中にある少し開けた場所で足を止める。周囲を見回し、木々の間から差し込む日の傾きを確かめると、背負っていた弓を下ろした。
「今日はここで野営する。近くに水場もある」
「了解。暗くなる前に準備してまおか」
フミタロウたちは荷物を下ろし、それぞれ野営の準備に取りかかった。サンキチとクリフトスが寝床に使えそうな場所を整え、ミルキーは食料を確認する。フミタロウは地面に石を並べると、焚き火に使う薪を集め始めた。
「ミルキーちゃん、今日の晩飯は何がある?」
「ドワーフの皆さんからいただいた特製の燻製ソーセージがあります。それと、ダークエルフの村で持たせてもらったドライフルーツも」
「ほな、それ使おか」
献立が決まると、ミルキーは少し離れた場所へ目を向けた。
シルフィエは一行と距離を置き、倒木へ腰を下ろしていた。道案内を引き受けたとはいえ、まだ完全に打ち解けたわけではないらしい。
「シルフィエさん。夕食は燻製ソーセージとドライフルーツでいいですか?」
「私は何でもいい」
素っ気ない返事にも、ミルキーは気を悪くした様子を見せなかった。
「シルフィエさんは、どんな食べ物が好きなんですか?」
「好きなもの?」
思いがけない質問だったのか、シルフィエは少し考え込んだ。やがて視線をそらし、小さな声で答える。
「フルーツ……甘いものが好きだ」
「本当ですか? 私も甘いフルーツ、大好きです」
嬉しそうに顔を輝かせるミルキーとは対照的に、シルフィエは照れたように横を向いた。
「へえ」
二人の会話を聞いていたフミタロウが、面白そうに声を上げる。
「……何だ。文句でもあるのか」
「いや、いつも怖い顔してるから、甘いもんが好きとは思わんかったわ。案外、女の子らしいとこもあるんやな」
「好きなものを聞かれたから答えただけだ!」
「ふーん」
「うるさい!」
シルフィエの頬が赤くなり、声が大きくなる。フミタロウは薪を抱えたまま笑っていたが、二人の間へクリフトスが静かに入った。
「まあまあ。これから一緒に旅をする仲間なのですから、仲良くしましょう」
「私は仲間ではない。あくまで案内人だ」
「そうですか。それでも、仲良くしていきましょう」
クリフトスはシルフィエの言葉を否定せず、穏やかに微笑んだ。正面から言い返されるより調子が狂うのか、シルフィエの肩から力が抜ける。
「……言いすぎた。すまない」
「いや、俺も悪かったわ。ちょっと茶化しすぎた。ごめんな」
「気にするな」
ひとまず言い争いは収まり、野営地には再び薪を折る音が響き始めた。
焚き火へ火を移しながら、フミタロウはふと思い出したように呟く。
「そういや、久しぶりに魚食いたいな」
「いいですね。私も食べたいです」
ミルキーが賛成すると、シルフィエは森の奥へ視線を向けた。
「小さな川なら近くにある。だが、魚はそれほど多くないぞ」
「問題ない。うちには漁協がおるからな」
「漁協?」
シルフィエが眉をひそめる中、フミタロウは当然のようにサンキチを指さした。
「サンキチくん、出番やで」
「はいはい。釣ってきますよ」
釣り道具を持ったサンキチは、シルフィエの案内で小川へ向かった。
森の細い道を歩きながら、シルフィエが先ほどから気になっていた言葉を尋ねる。
「それで、漁協とは何だ?」
「漁業協同組合です」
サンキチは真面目な顔で答えた。
「……ぎょぎょう、きょうどう……何だ?」
「ですよね。気にしないでください」
説明を続けたところで、こちらの世界に存在しない仕組みを理解してもらえる気はしなかった。サンキチが早々に諦めると、シルフィエは納得できない顔のまま呟いた。
「お前たちは、変な奴らだな」
「それは否定できません」
しばらく歩くと、木々の間に細い水の流れが見えてきた。浅く澄んだ小川で、川幅もさほど広くない。
「見てのとおり小さな川だ。魚もあまりいない」
シルフィエはそう説明したが、サンキチは水面をしばらく眺めたあと、迷いなく釣り竿を用意した。
「これなら大丈夫です」
針を水へ投げ入れる。
その直後、竿が大きくしなった。
「もう来たのか?」
「はい」
サンキチが慣れた手つきで竿を引くと、水面を跳ねた魚が川岸へ飛び出した。一匹目を針から外し、餌をつけ直して投げ入れる。すると、またすぐに竿が曲がる。
二匹、三匹と釣り上げても勢いは止まらない。シルフィエが驚いている間にも、川岸へ並ぶ魚は増え続けた。
しばらくすると、その数は十匹をはるかに超えていた。
「……すごいな」
「僕の実力というより、加護の力ですけどね」
サンキチは照れたように笑い、魚を籠へ移していく。その途中、隣から熱い視線を感じて顔を上げた。
シルフィエが、並んだ魚をじっと見つめている。
「シルフィエさん、魚が好きなんですか?」
「……悪いか」
「いえ。好きなら、あとで好きなだけ食べてください。僕たちだけじゃ食べきれませんから」
籠いっぱいの魚を差し出され、シルフィエは少し戸惑いながら受け取った。
「……ありがとう」
その表情は、野営地を出たときよりわずかに柔らかくなっていた。
二人が戻ってくると、籠からはみ出すほど積まれた魚を見たフミタロウが、呆れた顔をした。
「だから~、釣りすぎやねんて」
「予想してたより魚がいたんですよ」
「あんな小さい川から、ようこれだけ釣ったな」
「たくさんありますね。さっそく焼きましょう!」
ミルキーはむしろ大喜びだった。
全員で魚を串へ刺し、焚き火の周囲へ並べていく。火に炙られた皮から脂が滴り、薪の上で弾けるたびに香ばしい匂いが広がった。シルフィエも一本の串を手に取り、焼き上がるのを待っている。
やがて夕食が始まると、サンキチ、ミルキー、クリフトスは自然とフミタロウの近くへ腰を下ろした。だが、シルフィエだけは焚き火を挟み、少し離れた場所に座っている。
フミタロウは以前から気になっていたその距離を確かめ、隣のサンキチへ声を潜めた。
「なあ。俺、シルフィエさんに避けられてる気がするんやけど」
「嫌われてるんじゃないですか?」
「なんでやねん。俺、まだ何もしてへんで」
「さっき、からかってたじゃないですか」
「あれはちゃんと謝ったやろ」
二人が小声で話していると、ミルキーがシルフィエへ顔を向けた。
「シルフィエさん。フミタロウさんのこと、嫌いなんですか?」
「ストレートすぎん!?」
フミタロウの声が森に響いた。
問われたシルフィエは、焼き魚を持ったまま首を横へ振る。
「本人が嫌いなわけではない」
「それなら、なんで離れてるん?」
「その左腕だ」
シルフィエが指さしたのは、フミタロウの左腕に装着されたフ式パイルバンカーだった。
「ドワーフ臭くて近づきたくない」
「ドワーフ臭いって……」
フミタロウは左腕を鼻へ寄せ、装置の匂いを嗅いだ。
「ああ、たしかに油と鉄の匂いするな」
「フ式っていう名前もダサいですしね」
「名前は関係ないやろ!」
余計な一言を加えたサンキチへ言い返し、フミタロウは左腕を抱えるようにして宣言した。
「俺は絶対にフ式を外さへんからな!」
「誰も外せとは言っていない。近づかないだけだ」
「それはそれで困るな……」
少し考えた末、フミタロウは荷物から布を取り出した。せめて匂いだけでも落とそうと、パイルバンカーの表面を念入りに拭き始める。
「そこまで気にするんですね」
「これからずっと一緒に旅すんのに、臭いから離れろ言われたら嫌やろ」
黙々と装置を磨くフミタロウを見て、サンキチとミルキーは顔を見合わせて笑った。
そのころには魚も十分に焼き上がっていた。
「シルフィエさん、どうぞ」
ミルキーから串を受け取ったシルフィエは、熱い身を慎重に口へ運ぶ。香ばしい皮と柔らかな白身を味わった瞬間、思わず声が漏れた。
「うまい」
「まだたくさんありますから、遠慮しないでくださいね」
サンキチに勧められ、シルフィエは素直に二匹目へ手を伸ばした。
甘いフルーツが好きで、魚も好き。無愛想で近寄りがたい印象だったが、分かりやすいところもあるらしい。嬉しそうに魚を食べる姿を眺めながら、フミタロウはそんなことを考えた。
焚き火を囲む空気も、先ほどまでよりいくらか柔らかくなっている。
そこでフミタロウは、以前から気になっていたことを口にした。
「なあ、シルフィエさん。ダークエルフとエルフって、何が違うんや?」
魚を食べていたシルフィエの手が止まる。
「どちらも同じエルフだ。ただ、考え方や性格はかなり違う」
燃える薪が小さく弾け、火の粉が夜空へ舞った。
「エルフも我々も、もともと社交的な種族ではない。他種族とはあまり関わらず、自分たちの中だけで暮らしている。だが、エルフの多くは他の種族を見下している。自分たちは特別で、優れた存在だとな」
「ずいぶん高慢ですね」
サンキチが顔をしかめると、シルフィエは冷たく笑った。
「実際、高慢な者たちだ。中には、エルフは大樹の葉から生まれ、ダークエルフは根から生まれたなどと言う者までいる」
「何や、それ」
「肌の色が違うだけだ。それでも奴らは、その違いを理由に我々を下の存在として扱う」
フミタロウの表情から笑みが消えた。
「優生思想みたいなもんか。嫌な考え方やな」
「だから、私はそういう考え方のエルフとは仲良くできない」
「そら、そうなるわな」
普段から人間にも強い警戒心を見せるシルフィエが、エルフの話になるとさらに険しい表情をする。その理由の一端を、フミタロウはようやく理解した。
だが、そうなると新たな疑問が生まれる。
「ん?ちょっとまって。そんなに仲悪いのに、族長さんの紹介状ってほんまに効くんか?」
「族長の紹介状を馬鹿にするな!」
シルフィエの声が鋭くなり、フミタロウは思わず身を引いた。
「いや、馬鹿にしたんちゃうって。ちょっと心配になっただけや」
シルフィエは不満そうに睨んだあと、手にしていた串を地面へ置いた。
「族長は、もともとエルフ王国の高官だった」
「えっ、そうなん?」
「およそ二百年前、エルフとドワーフの間で大きな紛争が起きた。族長は争いを収めるために尽力したが、他の高官たちは高慢で差別的な考えを捨てようとしなかった」
争いが長引けば、森も山も戦場となり、多くの命が失われる。それでも王国の高官たちは自分たちの優位を譲らず、ドワーフとの歩み寄りを拒み続けたという。
「族長は、そんな者たちに愛想を尽かした。そして自分を慕う一族を率い、エルフ王国を出た。我々の村は、その一族が築いたものだ」
「国を出るぐらい揉めたんか……」
「それでも族長は、争いを放置しなかった。国を離れたあとも両者の間を何度も行き来し、エルフとドワーフの双方を説得し続けた」
その働きによって、長く続いた紛争はようやく終結した。
だが、争いを止めただけでは、互いの不信は消えない。そこで両者が武器ではなく品物を持ち寄り、顔を合わせる場所として造られたのが、これから一行が向かうエルリーフだった。
「族長がいなければ、エルリーフという街は存在していない。エルフとドワーフも、今なお戦争を続けていたかもしれない」
「そんなすごい人やったんか……」
フミタロウは、焚き火の向こうに座るシルフィエを見つめた。
ダークエルフの村を束ねる族長というだけでも只者ではないと思っていたが、想像していた以上の人物だったらしい。国を捨てる覚悟をしながら、それでも敵対する二つの種族を見捨てず、争いを終わらせた。その功績があるからこそ、今も両者へ強い影響力を持っている。
「エルフもドワーフも、族長の紹介状を無視することはできない」
「なるほどな。俺が思ってたより、ずっと大事なもんやったんやな」
「ようやく理解したか。なら、絶対になくすなよ」
「もちろんや」
フミタロウは自信満々に胸を張った。
そして、動きを止めた。
「……あれ?」
腰の袋へ手を入れ、荷物の中を探り始める。布袋を開き、着替えを持ち上げ、もう一度腰の袋を確認した。
「ちょっと待って。どこ入れたっけ」
「おい」
シルフィエの声が低くなる。
不穏な様子に気づいた仲間たちも、次々とフミタロウの周囲へ集まった。
「紹介状、誰が持ってたんですか?」
「俺が受け取って……どっかにしまったはずやねんけど」
「どこかじゃ困りますよ!」
「フミタロウさん、紹介状ならここにありますよ」
ミルキーが荷物の中から、一通の書状を取り出した。
「おお、それや!」
「出発前に、フミタロウさんから預かりました。自分で持っているとなくしそうだからって」
「ああ、そうやった。ちゃんと対策してたわ」
先ほどまで必死に荷物を探していた男は、何事もなかったように胸を張る。
「俺の危機回避能力、さすがやろ?」
「預けたことまで忘れてる時点で、適当すぎますよ。もし本当になくしてたら最悪だったんですからね」
「そやな。気を付けよ」
「かるっ」
サンキチの呆れた声に、ミルキーとクリフトスが笑う。シルフィエだけは頭を抱え、先の旅を思いやるように深いため息をついた。
翌朝、一行は焚き火の跡を片づけ、再び東へ向かって歩き始めた。
森の先に待つ交易都市エルリーフへ。そして、エルフの国へ続く道を求めて。




