第38話 オークキング
食料や酒樽を満載した荷車が、森の中を通る街道をゆっくりと進んでいた。
荷車を運んでいるのは、旅の商人に変装したフミタロウたちである。荷台には本物の食料や酒も積まれていたが、その下には大量の爆発物が隠されていた。
サンキチは荷車を押しながら、積み荷を不安そうに見た。
「これ、いきなり爆発したりしませんよね?」
「わからん。とりあえず、そーっと運ぼう」
フミタロウたちは足音まで気にしながら、慎重に荷車を進めていく。
爆発物を運んでいる以上、静かに進むのは当然だった。
しかし、しばらく歩いたところで、フミタロウが立ち止まる。
「とにかく、俺たちがオークに気づかれないと意味ないよな」
罠を成功させるには、オークに荷車を見つけてもらわなければならない。
安全のためには目立たず進みたい。だが、作戦のためには目立つ必要がある。
フミタロウは少し考え、ミルキーとクリフトスを振り返った。
「ミルキーちゃん、クリフトスさん。笛でも吹いてくれる?」
二人は顔を見合わせた。
やがて街道に、笛の音が流れ始める。
爆発物を満載した荷車を慎重に運びながら、にぎやかに笛を吹いて進む商人一行。
目立ちたいのか、目立ちたくないのか。
なんとも奇妙な光景だった。
その音に誘われるように、街道の向こうから数体のオークが姿を現した。
オークたちも荷車に気づき、武器を手に近づいてくる。
フミタロウたちは互いに目配せした。
ここからが、事前に打ち合わせていた芝居だった。
「わー、オークだー」
フミタロウが抑揚のない声を上げる。
「どうしよう、食料や酒がいっぱいなのに、にげるしかないなー」
サンキチも棒読みで続いた。
「きゃー、たすけてー」
ミルキーとクリフトスまで加わったが、誰一人として本気で怯えているようには見えない。
四人は荷車を街道へ残し、いかにも慌てているつもりの不自然な走り方で森へ逃げ込んだ。
あまりにも露骨な三文芝居だった。
それでもオークたちは、逃げた商人を追おうとはしなかった。荷車に積まれた食料と酒を見つけると、歓声を上げて群がっていく。
やがて荷車は、獲物を手に入れたオークたちによって砦へ運ばれていった。
森の中へ身を隠したフミタロウたちは、その様子を遠くから見届ける。
砦といっても、石造りの城ではない。太い丸太を組んだ柵と、いくつかの見張り台を組み合わせて造られた木造の拠点だった。
柵の向こうには無数のオークがひしめき、見張り台にも弓を持った兵が立っている。さらに、森で遭遇したトロールもいると考えた方がいいらしい。
ただし、砦の中に敵が何体いるのかまでは分かっていない。
フミタロウたちは茂みの中を移動し、待機していたダークエルフたちと合流した。
「うまくいきましたね」
サンキチが、砦の門前まで運ばれていく荷車を見ながら言う。
「せやろ。完璧な演技やったな」
「どこがですか」
ミルキーが即座に否定した。
「オークたちが食料しか見ていなかったから成功しただけだと思います」
クリフトスの冷静な指摘に、フミタロウは聞こえなかったふりをした。
門の近くまで荷車が運び込まれたことを確認すると、離れた場所に潜んでいたダークエルフの弓兵が弓を引く。
放たれた火矢は弧を描き、荷台へ突き刺さった。
これで門は吹き飛ぶ。
フミタロウたちは身を低くし、爆発に備えた。
ところが、何も起こらなかった。
火矢の刺さった場所から、プスプスと頼りない煙が上がっているだけだった。
「……あれ?」
フミタロウが茂みから顔を出す。
「なんか爆発せんな?」
「え、失敗ですか?」
サンキチも不安そうに荷車を見つめた。
門の周囲では、異変に気づいたオークたちが騒ぎ始めている。このまま火を消されれば、せっかくの作戦が台無しになってしまう。
「最悪、サンキチくんが特攻して燃やすしかないな」
「ええ!? いやですよ!」
「大丈夫や。骨は拾ったる」
「フミタロウさんが、たいまつ持って特攻したらいいじゃないですか!」
「はあ? この距離、たいまつ持って近づいたら集中攻撃されるわ!」
するとサンキチは、満面の笑みを浮かべた。
「聖火ランナーのふりしたら大丈夫ですよ!」
「大丈夫じゃないです」
後ろで聞いていたミルキーが、すぐに否定する。
「まったく大丈夫に聞こえません」
クリフトスも真顔で続いた。
フミタロウの頭に、短パンとTシャツ姿でたいまつを掲げ、オーク砦へ向かって全力疾走する自分の姿が浮かぶ。
沿道から声援を送る観客などいない。待ち構えているのは、弓や剣を持ったオークだけである。
「オークがオリンピックネタでごまかせるか!」
その直後、荷車が白く輝いた。
腹の底まで揺さぶる轟音とともに、巨大な爆炎が噴き上がる。
門が吹き飛び、丸太や木片が空高く舞った。衝撃波は茂みまで押し寄せ、頭上の枝葉を激しく揺らす。
「うわっ!?」
サンキチが頭を抱える。
フミタロウは爆発に驚きながらも、煙を上げる門を指さした。
「お! うけたんちゃうか? 爆発してるぞ」
「絶対違いますよ」
吹き飛んだ門の向こうで、オークたちが混乱している。
爆発を合図に、砦の四方へ配置されていたダークエルフの弓兵たちが、一斉に矢を放った。
矢はオークを直接倒すためのものではない。
丸太の柵や見張り台、砦内の地面へ突き刺さった矢から、大量の白煙が噴き出した。
煙は瞬く間に砦の中へ広がり、オークたちの視界を奪っていく。
何が起きているのか分からない敵兵たちは、互いにぶつかりながら怒鳴り合っていた。指揮を執る者の声も届かず、砦内の統率は完全に崩れている。
「今だ! 突入するぞ!」
ダークエルフの戦士が叫んだ。
フミタロウたちは茂みから飛び出し、破壊された門を抜けて砦へ駆け込む。
煙の中から現れたオークをダークエルフの矢が射抜き、サンキチの炎が別の一団を追い散らした。ミルキーとクリフトスも魔法を放ち、混乱する敵へ攻撃を重ねる。
奇襲は成功していた。
しかし、すべてが予定どおりに進むほど甘い相手ではない。
白煙の奥から、地面を揺らす重い足音が近づいてきた。
「グオオオオオッ!」
煙を突き破り、巨大な影が現れる。
トロールだった。
それも一体ではない。
ダークエルフたちは怯まず、トロールの顔や身体へ煙矢を撃ち込んだ。突き刺さった矢から新たな煙が噴き出し、巨体の視界を奪う。
何も見えなくなったトロールは、怒りに任せて太い腕を振り回した。その攻撃は味方のオークを巻き込み、砦の柵や建物まで破壊していく。
「今ならいけます!」
サンキチがマギアスロット杖を構えた。
炎がトロールの足元を走り、ミルキーの風の刃が膝を切り裂く。さらにクリフトスの雷が巨体へ突き刺さった。
トロールが苦痛の声を上げ、体勢を崩す。
倒れかけた巨体へフミタロウが駆け寄り、全体重を乗せた拳を叩き込んだ。
地響きとともに、トロールが地面へ倒れる。
相手が転倒すれば、巨大な身体も自由には動けない。フミタロウの打撃、サンキチたちの魔法、ダークエルフの弓撃を組み合わせ、一体ずつ確実に仕留めていった。
今のところ、パイルバンカーを使う必要はない。
この先に何がいるか分からない以上、切り札は温存しておきたかった。
残るトロールへ狙いを定め、攻撃を続けようとした時だった。
煙の中で何かが動く。
そう思った直後、フミタロウの身体へ強烈な衝撃が走った。
「ぐあっ!」
フミタロウは地面へ叩きつけられ、そのまま何度も転がった。ようやく勢いが止まった時には、サンキチたちの足元まで吹き飛ばされていた。
「フミタロウさん!」
「なんだ、なにがあった?」
身体を起こしながら、フミタロウは煙の向こうへ目を凝らした。
重い足音が、ゆっくりと近づいてくる。
白煙の中から現れたのは、それまで戦っていたオークとは明らかに違う部隊だった。
先頭に立つ兵士たちは、全身を統一された重装鎧で固めている。盾や武器の扱いにも乱れがなく、寄せ集めに見えた他のオークとは違って、明らかに訓練されていた。
その中央には、ひときわ巨大なオークが立っている。
通常のオークより二回り以上大きい。分厚い鎧で全身を覆い、巨大なアイアンメイスを握っていた。
オークキングは、フミタロウたちとダークエルフを見比べる。
「人間嫌いのダークエルフが、人族とともに戦うだと?」
理解できないとでも言うように眉をひそめたあと、巨大なアイアンメイスを肩へ担いだ。
「まあいい。まとめて叩き潰してやるわ!」
オークキングの怒声が、戦場へ響き渡る。
「なにをうろたえている! 相手は少数だ、囲め!」
その声を聞いたオークたちは、恐怖に震えながらも隊列を立て直し始めた。
「あれはオークキングです! 注意してください!」
ダークエルフの戦士が叫ぶ。
「なんか、えらい強そうなん来たぞ」
フミタロウはへこんだ肩当てを気にしながら立ち上がった。
サンキチはオークキングと精鋭部隊の動きを見比べ、マギアスロット杖を構える。
「とりあえず分断します」
杖に装填された魔石が、一斉に光を放った。
「ファイアーウォール!」
地面から巨大な炎の壁が立ち上がる。
サンキチは魔石に蓄えていた魔力を使い、続けて複数の炎の壁を作り出した。精鋭部隊の隊列が分断され、重装鎧を着たオークたちは炎に進路を阻まれる。
オークキングへ続く、一本の狭い通路ができた。
フミタロウは、その先に立つ巨体を見据える。
「とにかくいってみるか」
そう言うと、炎の壁の間へ駆け込んだ。
強烈な熱気に顔を焼かれながら、オークキングとの距離を一気に詰める。
奴の鎧は分厚い。正面から普通に殴ったところで、たいしたダメージは与えられないだろう。
「援護します!」
ミルキーが木製杖を振った。
「風の刃!」
二枚の風の刃が炎の上を駆け抜ける。
一枚は首元へ、もう一枚は脇の鎧の継ぎ目へ命中した。装甲の隙間を切り裂かれ、オークキングがわずかに体勢を崩す。
その懐へ、フミタロウが踏み込んだ。
しかし、オークキングの反応は予想以上に速かった。
巨大なアイアンメイスが横薙ぎに振るわれる。
フミタロウは頭への直撃を避けるため、肩の防具をメイスの軌道へ差し込んだ。
重い金属音が響く。
肩当てが大きくへこみ、フミタロウの身体は横へ弾き飛ばされた。地面を転がりながら受け身を取るものの、肩から腕にかけて激痛が走る。
「その程度か!」
オークキングが勝ち誇った声を上げた。
「いや、普通に痛いわ……」
フミタロウが左腕を見ると、パイルバンカーに組み込まれた熱吸収魔石が強く発光していた。
その色はオレンジ。
「オレンジ……あと一発が限界やな」
フミタロウの脳裏に、ミルドカンドの道具屋で説明を受けた時の光景がよみがえった。
熱吸収魔石は、装置に蓄積された熱量によって色が変わる。
青、緑、黄色、オレンジ、そして赤。
赤まで到達すれば使用禁止。魔石と装置が十分に冷えるまで、絶対に作動させてはならない。
「絶対に使うなよ。爆発するか、お前の腕がちぎれるぞ」
道具屋の親父は、念を押すようにそう言った。
「それはあかんな。こわ」
説明を聞いた時のフミタロウは、顔を引きつらせていた。
そして現在、左腕の魔石はすでに赤へ近いオレンジ色になっている。
安全に撃てるのは、あと一発だけだった。
「おい、人間」
近くにいた年長のダークエルフが、オークキングの鎧をにらんでいた。砦の門を破壊した爆発薬を扱う弓兵である。
「動きを止めろ。そうすれば、わしが爆発薬を矢につけて狙い撃つ」
年長の弓兵は一本の矢を取り出し、その先へ小型の爆発薬を固定した。
威力はあっても、あの分厚い鎧へ普通に当てれば弾かれる可能性が高い。
フミタロウは痛む肩を回し、もう一度オークキングへ向き直った。
「わかった。動きを止めたらええんやな」
「一瞬でいい」
「一瞬か。簡単に言うなあ」
オークキングは待ってくれない。
巨大なアイアンメイスを頭上まで持ち上げ、フミタロウへ向かって振り下ろした。
フミタロウは横へ踏み込み、ぎりぎりで回避する。
メイスが地面へ突き刺さり、轟音とともに土や石が飛び散った。あまりの威力に、その先端が深くめり込んでいる。
オークキングが引き抜こうとするが、すぐには動かない。
「ここや!」
フミタロウは正面から駆け込み、メイスを握る腕の下へ潜り込んだ。
そのまま姿勢を低くし、オークキングの脇を抜けるようにスライディングする。巨体の背後へ回り込み、起き上がりざまに身体を密着させた。
「なにっ!?」
オークキングが振り返ろうとする。
フミタロウは左肘を曲げ、左脇を締めた。
パイルバンカーは、腕を伸ばして殴る武器ではない。
左前腕の装置を相手へ直接押しつけ、脚と肩と体重を使って固定する。そうして初めて、射出される杭の衝撃を逃がさず対象へ叩き込める。
狙うのは、背面の腰鎧。
「よし!」
熱吸収魔石の光が、オレンジから赤へ近づいていく。
これが最後の一発だった。
「フ式パイルバンカー――」
フミタロウは身体ごと装置を押し当て、引き金を作動させる。
「これで打ち止めや!」
圧縮された蒸気が解放され、左腕の内部で轟音が鳴った。
次の瞬間、短い杭が高速で射出される。
ドゴンッ――!
杭の衝撃が腰鎧へ直撃した。
分厚い金属が大きくへこみ、亀裂が走る。オークキングの巨体が前へ崩れかけた。
攻撃を終えた杭は、すぐに装置の内部へ収納される。オークキングの身体に杭が残ることはない。
「よくやった!」
年長のダークエルフの声が飛んだ。
「すぐに離れろ!」
「はいよ!」
フミタロウはオークキングの背中を蹴るようにして飛び退いた。そのまま後転し、できる限り距離を取る。
サンキチ、ミルキー、クリフトスも爆発に巻き込まれない位置まで退避した。
全員が離れたことを確認すると、年長のダークエルフは弓を引き絞る。
弦が鳴った。
放たれた矢は空気を切り裂き、パイルバンカーによって損傷した腰鎧へ正確に突き刺さった。
次の瞬間、爆発薬が起爆する。
轟音とともに爆炎と黒煙が広がり、オークキングの巨体をのみ込んだ。周囲にいた精鋭兵たちも、衝撃に耐えきれず地面へ倒れる。
やがて炎が薄れ、煙の中に黒い影が浮かび上がった。
オークキングは、まだ立っていた。
「まだ倒れへんのか……」
フミタロウたちは武器を構え直す。
しかし、オークキングが次の一歩を踏み出すことはなかった。
巨大な身体がゆっくりと前へ傾き、そのまま地面へ倒れる。砦全体を揺らすほどの音が響き、戦場から声が消えた。
精鋭オークたちは、倒れた王を呆然と見つめている。
「王が……!」
「逃げろ!」
一体が叫ぶと、それまでの統率が嘘のように崩れた。
オークたちは武器や盾を投げ捨て、壊れた門や丸太柵の隙間へ殺到する。我先にと森へ逃げ込み、たちまち姿が見えなくなった。
追撃する者はいない。
フミタロウたちにも、その余力は残っていなかった。
逃げていくオークと、地面に倒れたオークキングを交互に見ながら、フミタロウは息を整える。
「勝ったのか……?」
パイルバンカーを連発した影響で、左腕にはまったく力が入らない。腕を持ち上げることすらできず、フミタロウは右手で装置ごと支えた。
「もう、左腕に力が入らん……」
サンキチもマギアスロット杖を地面へ突き、ようやく身体を支えている。装填されていた魔石は光を失い、事前に蓄えていた魔力をほぼ使い果たしていた。
「僕も……魔石の魔力を、ほとんど使い切りました……」
ミルキーは木製杖へ身体を預け、クリフトスも膝へ手をついて大きく息をしている。
二人とも、魔力と体力の限界だった。
一方、砦を取り戻したダークエルフたちは弓や拳を掲げ、勝利の歓声を上げる。
長い間、森と里を脅かしてきたオークたちを打ち破ったのだ。
しかし、その歓声を族長が制した。
「まだ終わりではない」
ダークエルフたちが静まり返る。
族長は、オークたちが築いた木造砦を見渡した。
「砦に火を放て」
戦士たちはすぐに動いた。
生き残った敵が潜んでいないかを確かめ、負傷者や必要な物資を砦の外へ運び出す。全員の退避が終わると、弓兵たちは矢の先へ油を染み込ませた布を巻きつけた。
松明から火を移し、一斉に弓を引く。
燃える矢が空を渡った。
火矢は丸太の柵や見張り台、木造の建物へ次々と突き刺さる。
初めは小さかった炎が、乾いた木材を伝って広がっていく。やがて炎は互いにつながり、砦全体を包み込んだ。
燃え上がる見張り台が傾き、火の粉をまき散らしながら崩れ落ちる。
黒煙が森の上へ高く立ち上った。
フミタロウたちとダークエルフは、少し離れた場所からその光景を見つめていた。
長くダークエルフたちを苦しめてきたオークの砦は、炎の中へ消えていく。
これで、ようやく戦いは終わった。
「帰ったら、まず左腕を冷やさなあかんな……」
「それより、治療が先です」
ミルキーに真顔で注意される。
「冷やしたら治るんちゃうの?」
「治りません」
戦いには勝った。
だが、フミタロウの左腕が再び動くまでには、もう少し時間がかかりそうだった。
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フミタロウたちが、実際にどんな顔でアホな会話をしているのか気になる方は、ぜひどうぞ(笑)
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